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あなたを名前で呼ぶこと

 僕の家の祖父は祖母の事を名前で呼んでいる。
幼い頃は、それが不思議でたまらなかった。

「どうして、おじいちゃんは、おばあちゃんの事をおばあちゃんと
呼ばないの?友達のおじいちゃんは、おばあちゃんをおばあちゃんと呼んでるよ」
祖父は幼い僕の不思議そうな顔を覗き込んで優しく微笑んで、その大きく温かい
皺だらけの掌を僕の頭に乗せた。

「それはね、慎二郎がもう少し大きくなったら意味が分かるよ」
「そうなの?でも、おばあちゃんは、おばあちゃんだよ」と僕は
やはり不思議で納得がいかなかった事を覚えている。

 僕が小学生の低学年の頃には、既に僕の両親はこの世界から遠い世界に
行ってしまっていたけれど、僕には祖父と祖母がいてまるで両親のように
面倒を見てくれた。


 ある日、祖母が眠るようにこの世界から居なくなった。
僕が就職をして3年目の事だった。僕は25歳で彼女も何もいなかった。
多少の恋愛はしたけれども、どれも遊びのようなものだった。

 僕は祖父からその知らせを受けて、身内に不幸があったという旨を
上司に伝え休みをもらって久しぶりに祖父と祖母が育ててくれた実家へ
一年振りに帰省した。

 祖父は思ったほどに気落ちはしておらず穏やかだった。
深夜に僕は久しぶりに祖父とゆっくりとした時間を過ごした。
僕の地方では、お骨になるまでは線香の煙も蝋燭の火も絶やさない
という風習があったからだ。
 祖父も最後だからということで、その番をしていた。

「こうして喋るのも久しぶりだな」と祖父は言った。
少し寂しそうだけれども、いつもの祖父だった。それは幼い時の
優しい祖父と同じであった。変わったのは随分と祖父が小さくなって
しまったということだ。昔はあんなに大きかった掌も随分と小さく
なってしまった。

「なあ、慎二郎。お前小さい頃、どうしておばあちゃんって呼ばないのと
よく不思議そうに聞いてきたっけな」と言って祖父はお茶をすすった。
「覚えてるよ。どうしても子ども心に不思議だったから」と僕もお茶を啜った。
「慎二郎、好きな女性はいるか」と祖父は唐突に言った。
「じいちゃん、ばあちゃんが居るところで、こんな日にそんなこと」と僕は
濁そうとした。
「ははん。さては彼女の一人もいないのか」と祖父はにやりとした。

 そして祖父が祖母の事を名前で呼んでいた理由を話してくれた。
祖父は、祖母を愛していたのだ。それは子ども以上に。つまり、今は亡き
僕の父のことだ。父が死んだ時には一人息子が死んでしまってどうしようかと
思ったが、そんな心配は僕がいたからすぐに無くなったそうだ。
 しかしながら、もっと大きいのは祖母の存在であったそうだ。
祖父は祖母のことが愛しくて愛しくてたまらなかったのだそうだ。
名前で呼んでいたのは、祖母一人の大切な女性として、いつも
心にその気持ちを刻んでおきたかったからだそうだ。
 祖父にとって祖母は恋人であり愛しい唯一の一人の女性だったのだ。

 僕は、なんて素敵な人達に育てられたのだろうと思った。
そして、悲しいという涙ではないけれど、胸から何か温かい感情が
込み上げぽろぽろと涙が零れ落ちた。

「おい。慎二郎、お前がないてどうするんだ」と祖父は少し笑いながら言った。
「だって、じいちゃん」僕はかすれた声で言った。
「まったく、お前はまだまだ俺の前では子どもだな」と言って嬉しそうに
僕の頭をその小さくなってしまった掌で幼いときにしてくれたように
撫でてくれた。

 祖父は、話が終わると目がとろんとしていて机に顔を伏せて
眠ってしまった。そして、小さな声で祖母の名前を何度も何度も
呼んでいた。嬉しそうに、楽しそうに、祖母の名前を読んでいた。

 言葉では説明できないけれど、僕はこんな温かい人達に
深い愛を持って結ばれていた、祖父と祖母に育てられたのだと
誇らしく思った。そして、二人の温かい心の入った遺伝子が僕の
中にもあることを、とても心強く思った。

 愛というのは、そういうことなんだ。
僕は幼い頃の疑問が解けてすっきりとした。

 祖父が祖母を名前で呼ぶ理由。
いつまでも、変わらず祖父にとっての女性とは祖母だけ
だったのだ。それだけ深い想いを持って祖母が天寿を
全うするまで愛し続けたのだ。

 誇らしい。僕はこんなに温かい想いを持った
遺伝子を受け継いでいるのだ。
 葬式だけれど、悲しい葬式ではなかった。
大切なことを知り、学んだ、そんな気がした。
 そして、それから半年して祖父も他界した。
 
 また、二人が空の世界で愛し合えますようにと
僕は青空を見上げて、祖父と祖母がデートをしているところ
思い浮かべるのだった。
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2010-12-03 : 短編集 : コメント : 6 : トラックバック : 0 :
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非公開コメント

時間も場所も超えられたのかもしれないですね。
お互いどこにいてもこころはひとつ。
祖母様もきっと同じ想いだったような気がします。
おふたりのような最期を迎えられるように
大切な人とこころを重ねられたらいいですね。
あたたかな大切な繋がりに触れられて、こちらまで
あたたかな気持ちになれました。
素敵なお話をありがとうございます。
2010-12-03 02:43 : Hiro URL : 編集
とっても素敵なご夫婦でしたのですね!
なかなか相手の名前をずっと呼び続けることって難しいです。
そう言えば、私もいつからか、名前で呼んでないな・・・
お互いが、相手の事を大事に大事にしていけるような夫婦でいたいです(*^_^*)
大切な事を教えて頂き、ありがとうございました~(^^♪
2010-12-03 11:48 : アリ母ちゃん URL : 編集
Hiroさんへ
Hiroさん、ご訪問にコメント誠にありがとうございます☆☆☆
時間も越えて、場所も越えて愛し合ったこの物語の
二人の恋人、夫婦は、きっと温かい穏やかな
愛に満たされていたのでしょう。

 Hiroさんの仰るとおりこのように
人と心を重ねて、幸福な最後を迎えたいものです。
こちらこそ、素敵なコメントを誠にありがとう
ございます☆☆☆

 また遊びに来てください☆☆☆
楽しみにお待ち致しております☆☆☆
2010-12-03 20:43 : NORI URL : 編集
アリ母ちゃんさんへ
 アリ母ちゃんさん、ご訪問にコメント誠にありがとう
ございます☆☆☆
 僕は専門ではないですが社会学が好きで、学術書を
読んでいるときに、「固有の名前がなくなる女性」という項目を
読んで、ずっと名前で呼ぶことが大切だなと思いまして、
久しぶりにそれを思い出したので、物語に重ねました☆☆☆

 お互い個人であるということを忘れずに、温かい
結婚生活に憧れる僕は、まだまだそういう機会はなさそう
ですが、このように年齢を重ねられたらと思います☆☆☆

 こちらこそ、コメントを頂き本当に嬉しいです☆☆☆
ありがとうございます☆☆☆
 また遊びに来てください☆☆☆
楽しみにお待ち致しております☆☆☆
2010-12-03 20:48 : NORI URL : 編集
素敵な話しですね。
そこまで愛した女性の他界に
遺体の前でトロンと眠るのは到底私には出来ませんね。
49日まで終わっても難しいかも…。
愛しこだわるからこそ名前を呼んだ。
私は
結婚して30数年経った今もお互い名前で呼びますが…。

もし真実なら私の情感を超える世界ですね。
できれば、かくありたいとは思いますが…。
2010-12-03 22:13 : クメゼミ塾長 URL : 編集
クメゼミ塾長さんへ
 クメゼミ塾長さん、ご訪問にコメント誠にありがとう
ございます☆☆☆
 これは、実際に自分が目の当たりにした話ではないの
ですが、僕はこのように穏やかに生きていきたいと
感じます。

 しかしながら、天寿を全うした方ならば
僕はなるべく悲しくても、笑って送り出したいと
思うのです。でも自分の好きな女性がさきに
他界したら、このように思えるかは分かりません。

 でも、僕はこうありたいと思うのです。
ところでクメゼミ塾長さんは奥様を名前で呼ぶのですね。
素敵なことだと思います。
 僕もまずは、そこに至れるように自分の目的を
見失わずに、その上に温かい人間関係を築いていきたいと
思う次第なのです。

 クメゼミ塾長さん、ご訪問にコメント誠にありがとう
ございます☆☆☆
 また、遊びに来てください。楽しみにお待ち致しております☆☆☆
2010-12-03 23:32 : NORI URL : 編集
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