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償い

 夜が溢れて世界を蒼く染めたら、溢れる涙が見えなくなって
きっと辛いことはなくなるから、夜が溢れてくるまで静かに部屋の
中で待とう。僕はそう思った。

 興味もないラジオのニュースが部屋の中に響いていた。
「本日、男性の死体が見つかり、警察では捜査をしています」と
虚しく響いていた。僕はそのラジオのニュースが聞こえると、怖くなり
ラジオを消した。

 もう、人を殺す事など思い出したくないのだ。何も知りたくないし、
もう何も見たくないんだ。どれくらいの人を僕は銃で撃っただろうか。
富国強兵の時代で仕方なかった。非国民と言われたくなかったのだ。

 そう人を撃たなければ、非国民だったのだ。
僕は非国民にはなりたくなかったのだ。でも、人をそれで
殺してもよかったのか。民間人に銃を向け、食料を奪った。
同じ国民にさえも牙を向いて、食料を無理やりに奪った。
僕はどれだけの非道を繰り返したのだろう。

 夜になると、ようやく街は静まり外に出ることが出来る。
僕は90歳になった。若い兵隊のまま、心はそのままで老人となった。
終戦からこの年齢になるまでに色々な出会いがあったが、それが
どうしたというのだろう。僕は犯罪者ではないか。倫理も道徳も何もない。

 正しい判断を出来なかった愚かな自分に嫌気がさして
狂いそうな心をここまで背負って生きてきたのだ。いつまでも
癒えることない戦場の記憶を抱いて、年齢を重ねるごとに、その記憶は
膨らむばかりで自責の念に押し潰されそうになりながら、それでも
ここまで生きてきた。だからと言って僕に誇れる過去があるのかと言えば
そんな事は全くないのだ。

 僕の人生に何の意味があったのだろうか。
老人になったというのに、僕はまだ震えているではないか。
恐ろしい戦争も終わったというのに僕はまだ震えているではないか。

 コンビニに行く途中、そんな事ばかりを考えていた。
思春期の若者のように、僕は老人になっても一緒の事を繰り返し繰り返し
考えているのだ。若い頃と違うのはカラダが快活に動かないことだ。
自身のよたよたした足取りに苛立ちを覚えるばかりなのだ。
心はあの頃のままだと言うのに。

 僕は、よたよたといつもの公園を横切ってコンビニに行こうとした。
ふといつもの公園と違う事に気づいた。いつもは誰もいない公園に人いるのだ。
ブランコに座っている若い女の子が寂しそうに、いや不自然にそこに座って
夜空を見上げていた。

 こんな真夜中に若い女の子が一人で危ないと思い僕は少女に近づき
「家に帰りなさい」と言うつもりでブランコに向かって歩いていった。

 少女は僕に気付いたようで、不思議そうに僕を見つめていた。
「君、こんな夜だから、危ないよ。家に帰りなさい」と僕は言った。
「おじいちゃんこそ、こんな夜に危ないよ」と少女は微笑んだ。
「僕はいいんだ。もうこんな年齢だから、いつ何が起こってもかまわないから」
いうと少女はこちらを向いて、険しい表情になった。
「おじいちゃん。そんな事を言ってはいけないよ」と口調は柔らかかったが、その
中に厳しさがあることを感じずにはいられなかった。少女はゆっくり喋り続けた。
「おじいちゃん、ごめんなさい。あたしね今日人を殺めてしまったの」とそれを
聞いた瞬間に僕は過去に戦場で人を殺めたその瞬間を思い出した。

 地面に転がっている戦意を喪失した、まだ若い敵兵に近づき狂ったように
銃剣の先についている矛先で何度も何度も何度も内臓を抉った。それが
ただの肉の塊になっても尚も、僕に襲い掛かってくるような気がして僕は
怖くて何度も何度も、それが形を失ってしまうくらいに矛先を肉の塊に向かって
突き刺し、そして抉り続けた。僕は相手の鮮血を浴び血だらけだった。

 「ねえ、おじいちゃん。あたしの手は殺してしまった人の血がついてね、
何度も何度も石鹸で洗ったのだけれど、でもいつまでもその血が落ちない気が
して怖くて、怖くて・・・」と少女は言った。
「君は本当に人を殺めてしまったのかい」と僕は小さく聞いた。
「本当」と言って少女は俯いた。
「どうして、そんな事をしてしまったんだい」と僕が言う前に少女は
ぽつりぽつりと喋りはじめた。

 「あたし、今日レイプされそうになったの。歩いていたらね、突然教われて
茂みに無理やり連れていかれて。あたしは抵抗した。夢中で怖くて。そしたら
近くに掌くらいの石があった。それを掴んで、気付いたらあたしは思いっきり
その人の頭に石をぶつけたの。そうしたら、地面に転がって、あたしは怖くて
その石で何度も何度も頭を石で叩いたの。それから、あたしはどれくらいそう
したのか覚えていないけれど、気付いたらその人は死んでいた。だからあたしは
怖くなって、それで逃げたの。警察に知らせることもできなくて逃げたの。そうしたら
事件になった。殺人事件として警察が捜査をしているの」

 僕はその時、思い出した。今日のニュースで殺人事件があったという報道が
されていたことを。もしかして、それはこの少女が殺めてしまった男性なのだろうか。
「君の言っているのは、今日のニュースになっていたものかい」と僕は戸惑いながら
も聞いた。
「ええ。おじいちゃんの聞いたそのニュースの男の人を殺したのはあたし」と少女は
俯いた。

 決して目の前にいる少女が悪かったのではないのにも関わらず少女は怯えて
いる。こんなに若い未来のある少女が、あまりの残酷な現実を抱えているのだ。
「君は悪くないだろう。それなら警察にしっかりと言うべきではないだろうか」
「おじいちゃん。そんな事、信じて貰えないよ、絶対に信じてもらえない。だって
その男の人、警察官だったんだよ。目撃者もいない。警察は国家権力だよ。
政府機関の汚名になるようなことにはしないよ」と少女は言った。

 国家からの圧力によって潰されてしまう。そんな事が僕と重なった。
過去の僕と重なった。何の罪もない、未来のある少女が怯えている。
僕は人生の最後に神から罪を償う機会を与えられたのだとそう思った。

 「君は何も悪くない。僕はね、戦争に行って何人もの人を殺してきた。
無抵抗な民間の武装もしていない人も、軍人も、たくさんの命をあやめて
この手は血に染まったんだ。そして戦争が終わって、僕はこの年齢まで
罪を問われずに生きてきた。戦争で罪のない民間人を数え切れない程に
僕の前で怯える人びとに銃口を向けて、そして殺したんだ。でも、君は
そうじゃない。君は悪くない。僕に償いをさせてくれないか。君が警察に
怯えなくてもいいように、僕に過去を償わせてくれないか。今日のそれは
君の罪じゃない。僕の罪だ。だからお願いだ。償わせてくれないか」
 僕は少女に懇願した。僕に少女の代わりをさせてくれと。そうすれば
君は怯えることもないと、僕は少女に懇願をした。

 人生の最後に与えられた、最後の最後のチャンスだったのだ。
僕の意味は、この何の罪もない「少女の未来を守る」ことだと思ったのだ。
それが、少女自身の為になるかは分からない。しかし、僕はこれが自分に
出来る過去の行為の償いであると思ったのだ。最後の最後の、人生でもう
最後のチャンスであるとそう思ったのだ。

 だから僕は、少女が、それを拒否をしても何度も懇願した。
僕は少女の前で土下座をし、皺くちゃになった手に顔を押し付けて涙を流し
少女に懇願した。

「お願いだ。僕は君の未来を守りたい。君が悪いわけじゃなかった不合理な
そんな事実から、僕は君を逃がしてあげたい。そして、それが僕の償いにも
なるのだ。君は君で辛いと思う。だが、それで君の未来を棒に振ってしまうこと
もない。僕にお願いだ、僕を助けてくれないか」と僕は懇願した。

 そして、僕は罪を償う事になった。
ようやく、過去の重圧から解放され、罪を償う事が出来たのだ。そして一つ
何の罪もない少女の未来を守る事が出来たのだ。

 少女からは手紙が毎日、毎日届いた。
それは、僕の命が刑務所で果てるまで毎日届いた。
僕は最後の瞬間に、少女に出会えた事に心から感謝を穏やかだった。
そして、少女の未来が幸福になるようにと、少女が本当に心から笑顔で
幸福である姿を想像しながら意識を失った。
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2011-09-02 : 短編集 : コメント : 4 : トラックバック : 0 :
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非公開コメント

おはようございます
NORI様   不躾ですが、これは小説ですか? あなたの文章ってドキュメント作家さんみたいな迫力がありますね。少女が人を殺めてしまって血に染まった手を洗う件は読者を頷かせる説得力があります。
人が人を殺めたら絶対にその負い目は消えないという処ですか――
あなたって本当に多才な方ですよね!
2011-09-03 08:35 : DE・波瑠間 URL : 編集
何だか切ないですよね。
私は彼女がきちんと罪を償うべきだったと思います。
2011-09-03 11:13 : キャサリン URL : 編集
DE・波瑠間さんへ
 DE・波瑠間さん、ご訪問にコメント誠にありがとうございます☆☆☆
これは、小説です(;^ω^)取材をしたわけでもなく、自分の知っている範囲の
中で組み立てたものです。なんだか勿体無いようなお褒めのお言葉を頂いた
ような気がして、大変に恐縮です。

 しかしながら、そのように感じて頂けるような文章を書けたという事を
大変に嬉しく思います☆☆☆本当にありがとうございます☆☆☆

 DE・波瑠間さんも皆さんに絵を提供するという事は並大抵の事では
ございません!!素晴らしいの一言です。しかも上手ですから。

 DE・波瑠間さん、ご訪問にコメント誠にありがとうございます☆☆☆
また、遊びに来てください☆☆☆楽しみにお待ち致しております☆☆☆
2011-09-04 21:02 : NORI URL : 編集
キャサリンさんへ
 キャサリンさん、ご訪問にコメント誠にありがとうございます☆☆☆
とても切ないです。

 でも、彼女が罪を犯したのか?僕には分かりません。
ただ、第三者的に見ると、ある意味この少女は大きな救いを
老人に与えたような気もします。

 老人にとっては、それが最後の償いで、満足できたという
事がそこにありました。一応のところ負の感情というものが
一定の割合で中和されて秩序を取戻したのではないかと
僕はそう想うのです。

 キャサリンさん、ご訪問にコメント誠にありがとうございます☆☆☆
また、遊びに来てください☆☆☆
 楽しみにお待ち致しております☆☆☆
2011-09-04 21:05 : NORI URL : 編集
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