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アセンションなど起こらない ~ 地球が人類に怒っているの嘘

 オカルトは言いません。しかしながら、新しい時代へ向かって
転換期を迎えています。事実そのようになってきました。

 ここで重要なのは、個人が持つ思考能力です。
インターネットの普及によって感情の爆発が大きく
大多数の形成が以前よりも速いです。

 もっと色々な事が検討されるべきであっても
感情論の流れのスピードが速くなっています。
その感情論による世論の形成が最も恐れなければ
ならない事です。

 ここでしっかりとした個人の形成と、知性を得なければ、
ただ情報に流されるだけの愚者になってしまいます。

 スピリチュアルを否定はしませんが、しかしながら
神秘的なアセンションなど起きません。物理を超越した
何かが起こり、それを越えることなどありません。

 ただ、今のスピリチュアルをそのまま鵜呑みにして
「地球が怒っている」「光に包まれ幸福になる」など
そのように話をして、それを否定されると怒る様な
スピリチュアル、アセンション論者の言葉はあまりに
おかしいです。

 百歩譲ってアセンションが起きるとしても、例え
そのアセンションが本当であったとしても、アセンション
論者として、それを否定されたら激怒し他者排除をする
ような精神構造の論者が救われるはずがありません。

 既に他者排除を含み、残忍な精神構造であることに
気付かない論者が何故救われますか?
アセンションと言われる高尚な、理想を掲げても
そのような精神構造で救われるとは到底思えません。

 アセンションは起こりえません。地球が滅びる事が
あったとしても、アセンションは起こりえません。

 地球は物理的に科学的に絶対的に滅びます。
文明であれ、人類であれ、絶滅することは自然の
流れの中であり得ます。
 滅ぶときには、否応なく滅びるのです。

 よくよく考えて下さい。
例えば、「人間が勝手な事をしているから滅びる」と
よく言われます。 しかしながら、それならば何故恐竜は
滅びましたか。恐竜は自分勝手に開発をしましたか?
してませんよね?

 でも、滅びました。絶滅しました。
なぜアンモナイトはいなくなったのですか?
なぜ三葉虫は絶滅したのですか?

 自然に逆らって核開発でもしたのでしょうか。
していませんよね。自然にも逆らっていません。
自然の成り行きで絶滅したのです。

 人間だってそうです。自然の一部だと主張する
のであれば、人間が自然のままに暮らそうとも
そうでなかろうとも、滅びる時には滅びるのです。

 それを神秘性で誤魔化してはいけません。
それは、あまりにもおかしいです。
そろそろ目を覚ましましょう。

 僕は神秘主義を否定はしません。しかしながら
それを科学で解き明かす事が出来るという事を
疑う余地はありません。時間がかかっても解き明かせる
ものであるのです。

 もともと科学というのは神の所業を知るという行為であった
のですから、神と科学は同一視しても良いと言えるものです。
僕は根幹にある思想を見ずに神秘主義を主張する人々を肯定
出来ません。

 「科学では解き明かせない」と言って、「神へ祈る」だけで
科学を否定する事を肯定出来ません。昔は治せなかった病気を
治せるようになったのは研究の結果です。科学的データに基づいて
検証に検証を重ねて開発されていくのです。

 それを忘れて、神秘主義を肯定し、否定されると怒り出す人々に
アセンションなどと説かれて誰が信じますか?

 専門家、研究者が人生を費やしてきた研究の結果を否定して
ただ、神秘主義に走る人々のいう事が正しく聞こえるのは、ただの
神秘主義の権威付けと、実際に科学ではまだ説明が出来ない事実が
あるからであるだけです。

 それが、神秘主義者が科学を否定するための拠り所になっていますが
それならば、これまでに人類が研鑽して培ってきた技術や知識で生み出
されたテレビなどを「祈り」だけで作ってみたらいいのです。
出来るわけがありませんから。

 これだけ、おかしいスピリチュアル、神秘主義、色々なオカルト支持者が
科学を否定するのです。

 地球が怒っている 故に 人間を滅ぼす。
そんなわけありません。前述したように自然のままに生きていようとも
滅びてきた生物がどれだけいるのでしょうか。それを直視して頂きたいと
思います。又、この最もらしいけれど、普通の感覚で過去の事を考えれば
おかしいという事が分かるような幼稚な論者に惑わされないで欲しいと
心から願うのです。
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2011-10-16 : 作品作成日記 : コメント : 11 : トラックバック : 0 :
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非公開コメント

はじめまして
わたしは科学を信じます。物事には原因と結果があることを信じます。人間の思考活動は、脳細胞の物理的な活動として表現できるものだと信じます。人間の思考も、原因があって、そこから必然的に結果として現れることを信じます。

だから、わたしは、人間には自由意志があるなどということは信じません。原因→結果という因果律から、人間だけが自由だなどとは筋が通りません。

量子力学の不確定性原理を引き合いに出したとしても、それは人間の自由意志を保証するものではなく、原因と結果の間に、サイコロ振る行為を入れるだけのことだと考えています。原因→サイコロ→結果ということです。今日の昼飯をなんにするか、ということでも、頭の中で6面のサイコロを振って1~3が出ればうまいA定食を食べ、4~5が出ればそれよりちょっと落ちるB定食を食べ、6が出れば食事を抜いてスピノザの本を買う、ということを少々複雑にしただけのことにすぎません。そこには自由意志などなく、単に素粒子レベルでサイコロを振る行為があるだけです。

その結果が考える人間を含む世界に影響を与え、原因となることで、あらたな原因→結果の連鎖を作っていきます。

科学を信じるわたしはそのような、哲学でいう「強い決定論」を信じます。

ご意見お待ちしております。
2011-10-16 14:01 : ポール・ブリッツ URL : 編集
ポールブリッツさんへ
 ポールブリッツさん、ご訪問にコメント誠にありがとうございます☆☆☆
僕は専門家ではないので、言葉に表象されている物事の定義から
矛盾点を指摘する、若しくは指摘される事に留まります。

 厳格にどこまでの範囲で限定するかで、自由意志があるのか
無いのかというのは変わると思っています。最も厳格に定義した
場合に仰るように自由意志は存在しないという帰結を導くことが
出来るという事に僕も異論はございません。

 かなり厳格に、物理世界に表象されるものに関しては、また脳も
物であると考える場合には、その通りだと思います。ただ学術範囲に
おける概念によって、どの範囲で定義されているのか、という事が
異なっていますので、その整合性をとるために同じ定義から出発を
しないと食い違うという見方をしています。

 案外議論をしていると、定義の採り方が違うという事で話が
かみ合わないという事があり、その定義を同じ場所から出発したら
言葉が違えど、全く同じことを言っていることは特段に珍しいことでは
ありません。

 僕も脳の状態によるものであると思う部分もあれば、解明されて
いないにしても、魂というものが存在するのであれば、それは
脳と違う部分で確かに存在しているということを証明出来ると
考えています。

 僕の考察としては人間の意志若しくは意思に関しては量子力学
までいかなくても、原因と結果という法則と、社会心理学、社会政策学的
観点から随分と説明がつくと考えています。あくまでも脳の動きがどうで
あるのか、脳内レセプターと蛋白質が何を意識的現象と引き起こすのか
という事と、長い期間における社会による無意識的な学習による脳に
なされた意味付けによって、脳内シナプス、レセプター、蛋白質などが
引き起こす感情と、どのイメージ結びつくかは人それぞれです。
その意味付けは各個々人の家庭環境、社会的環境によって左右され
意味づけがなされていきます。

 しかしながら厳格に、原因と結果という物理法則から離れる
わけではありませんが、同じ事象に対して違う意味付けをしている
場合もあり、解釈が異なる事がある場合が個人によってかなり
あるという事は指摘しておかなければなりません。

 僕自身は「科学的な証拠がないから、それはあり得ない」とは
思いませんし、オカルトと言われている事に関しても、それが絶対に
無いとは言いません。オカルトも科学もどちらも根本的性質は
同じものですから、仮説、予想とたてる事は、オカルトに分類しても
寸分の違いも生まないものだと認識しているからです。

 だから、僕はどちらがどのように正しいと言う事は言いませんが
あくまでも、物理空間に表象される出来事は、物理法則を越える
事が起こりえることはあり得ないと言えるだけです。

 だからこそ、僕はどちらがどうとは言いませんが、少なくとも
物理空間に起こっている出来事に関しては科学的に証明が出来る
であろうという事です。オカルトも科学の中の仮説の段階であるという
事を僕は考えています。

 突飛さを無くした発想がないと科学の進歩は遅くなると思って
いますから、仮説的、神がかり的と言われる現象なども物理空間に
表象されている以上は物理的法則を越えるものではありませんが
丹念に研究を繰り返していく中で、その原因は何か→そして結果が
表象される という事を解き明かせるのだと思っているのです。

 僕はどちらを信じるではなく、あまりに無知過ぎるオカルト論者の
無責任さが嫌なだけなのです。科学とオカルトは根幹は同じはず
であるのですが、現在のお話にならないオカルト論者は、進歩を
止めるような、又は、何かが起きたら「宇宙が人間の身勝手さに
怒りを示している」というような無責任且つ、それでいて、その事象を
具体的に検証しようとしない怠慢さが好きではないのです。

 原因→結果という原則的な事柄に対して、又は考え方について
多少過程は違えど、僕自身も、ポール・ブリッツさんと同じ帰結に
至るのです。

 ただ、可能性、つまりは組み合わせが無数にあるために知りうる
ことが難しいという事実もあると感じるのもまた事実なのです。
しかしながら、それを神の事であると検証をしない、考えない
というメンタリティーはただの怠慢でしかあり得ませんから
僕は現在の アセンション論者、スピリチュアル論者のある特定の
他者排除の精神構造を持つ論者達を肯定することはあり得ないのです。

 ポール・ブリッツさん、ご訪問にコメント誠にありがとうございます☆☆☆
大変貴重なご意見を頂きまして、大変に感謝致しております☆☆☆
また、遊びに来てください☆☆☆

 楽しみにお待ち致しております☆☆☆
2011-10-16 17:22 : NORI  URL : 編集
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2011-10-17 23:10 : : 編集
鍵コメントZさんへ
鍵コメントZさん、ご訪問にコメント誠にありがとうございます☆☆☆
脳内エキサイティングですΨ(`∀´)Ψ

 ご指摘は理解出来るのですが、もう一歩踏み込んで厳格に
定義をするのです。すると、原因と結果が必ずあります。
もっとミクロに見るのです。すると、因果律からかけ離れる
事はありません。

 しかしながら、それが結果として表象されるまでに
色々な組み合わせがあるわけです。でも根本的には
原因があり結果があるわけです。

 相手の出方で変わるのではなくて、それは原因がある
のですよ。ただ、人間には人間の脳の中の意味付けをすべて
理解する事が出来ません。どのイメージと結びついているのか
全く把握する事が出来ませんから、それが不確定要素とされ
人間の中でそれは妥当ではないと言われるのですが、かなり
厳格に見ていけば理論構造としては、絶対的に原因があるのです。

 ポールさんが定義しているのは、あらゆる環境の作用の結果に
よって、それを選ぶのだとしたら、それは原因が過去にあると言って
いるというかなり厳格な原因定義です。

 例えば自分の意志、意識は誰が作ったものでしょうか?
「自分が物事に遭遇する事で考えたのだ 故に 自分の意志(意思)である」
という主張が見られますが、すでにこの時点で質問が理解されていないのです。
原因になった物事に遭遇することで既に外部から与えられている刺激があり
それに対して考察をするわけですが、その考察の道具になる知識も又、過去の
外部環境から与えられた知識の集積に過ぎません。

 何に嫌悪感を感じるか、何にセクシャルを感じるか
それは、自分の性的思考と言われるかもしれませんが外部刺激に
よるものかもしれませんし、遺伝子として刻まれているものかも
しれません。しかしながら、外部刺激なしに脳内に神経回路が生まれる
若しくは発現するわけではないのです。
 
 ですから、この議論を根本まで繰り返していくと
では人間の意識とはどこから来たのか?という議論に還元されて
いきます。

 つまり、かなり厳格に定義をしたときに、自由意志(自由意思)は
存在していないと言えるわけです。

 全く同時に同じ刺激を与えたクローン人間を作ったとして・・・
つまり、全く同じ瞬間に同じ事をし、寸分違わずに同じ事を、刺激
声、音を与えた場合には、同じ性質を示すはずなのです。

 ただ自由意志(意思)はあるとも言えるわけです。
これは、人間の学習、脳内の意味付けを多義的に見て
どのような場合に、どのようになるか?という組み合わせが
無限にあるという事から、予想は不可能であるという定義を
する場合です。これも又妥当なのです。

 鍵コメントZさんの、指摘の場合は上記の事にあたるわけ
です。しかしながら、厳格に定義を見た場合に、彼と私という
人間の意識を構成した原因は必ず存在します。

 しかしながら、互いに別々の環境と違う時間を過ごして
自分なりの自己体系を脳内に発現させて学習を繰り返した
という事になると、同じ脳内伝達物質が出たとしても感じる
感情は違ったりするのです。脳内伝達物資はある種感情を
作りますが、それにどのような意味付けをしているかとはまったく
別問題であるので、脳内伝達物質が同じ状態にあるかと言って
同じことを発現させたり、具体的な行動に出させることはない
のです。

 つまり、鍵コメントZさんの指摘は、定義をやや緩和した
パターンが無限にある場合に、それは因果律がないと指摘
しているという事になります。

>サイコロを振らなければ、そんな結果にはならなかったのにね…。
>誰(何)がサイコロを振ることにしたの?
  
 これは、人間が不確定性の中と適度な緊張の中に快楽を見出す
という脳のパターンにそのまま当てはまります。どれだけ辛いと
言っていても、恋愛感情に陶酔して落ち込むときは脳内に快楽物質が
出ている場合が多いです。人間の脳は気持ちよい方に行きます。

 又、不確実性を楽しむという構造もしかりです。
必ず達成できるという事をやり続ける人間はいませんね。
同じゲームばかりしていると飽きるというのとまったく同じです。

 どんなに愛撫をしても、無反応な人はつまらないと思いますよね?
少しだけ今までと違った愛撫をした場合に相手の反応はどうかな?という
不確実性を楽しみますよね?それと同じ事です。

 不合理であるかこそ、その行動をするというのも又人間ですが
その不合理な行動をする、それが気持ちの良い事である、過去に言わずに
後悔した事があるから告白する、などなどは、学習による定義付けと、それを
するかどうかを決める興奮具合というのは、脳内の意味付けと、脳内伝達物質の
状態であると言えるのです。

 鍵コメントZさん、ご訪問にコメント誠にありがとうございます☆☆☆
どちらが、どうという事もないのですが、ここで言う原因と結果というのは
かなりミクロに人間の学習と脳内伝達物質の状態との関連性に着目した
場合に於いて、因果律から離れることは無いという事です。

 又、その因果律から離れないとしても、人間同士の関係性に表象される
までの間に、パターン、組み合わせが無限にありますから、それが予想
困難ということ、それを把握出来ないという事に着目するとAさんが仰る
ように

 >原因を作った以上、結果は必ずこうである…!
とは言えないという結果を導く事が出来るのですが、かなり根源に戻って
それを見ていくと、原因と結果という法則から離れることはないのです。

 かなり長くなってしまいすみません:(;゙゚'ω゚'):
また、遊びに来てください☆☆☆
楽しみにお待ち致しております☆☆☆
2011-10-18 00:50 : NORI  URL : 編集
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2011-10-18 02:27 : : 編集
「魂」についてですが、それが存在するとなれば、物理的に記述できるはずです。ホッブズだったら、「魂も物体的なものではないか」というところでしょう。記述できないとなれば、それは「無意味なもの」にすぎません。存在しようとしまいと、この世界になんらの影響を与えるものではないのです。
であるからして、「魂」が存在するのならば、原因→結果の連鎖の中に入ることになります。

ここで、「原因→結果」の連鎖の中に入らない、とはどういうことかを考えてみてください。
ある巨人ファンがいたとします。彼はスポーツ報知を毎日購読し、大好きな沢村投手が投げる試合は、テレビで毎回観戦しています。そして東京ドームで、優勝をかけた試合が中日と行われることになります。巨人サイドの席のプラチナチケットは大枚をはたいてすでに買ってあります。ユニフォームも、応援のメガホンも用意しています。「闘魂こめて」を歌いながら電車に乗り……何の理由もなく神宮球場へ行ってヤクルトと広島の消化試合を見に行ってしまうのです。まさしく、何の理由もなく。

自由意志というものが、「原因に縛られずに自由に行動する」ということならば、こうした事態を考えねばなりません。もし、なにかヤクルト広島戦を見に行くのに「原因」が、電車が故障した、とか、急に巨人が嫌いになった、とか、チケットをなくした、だとか、ミクロな話でいえば脳細胞のなにかの素粒子がおかしな反応をした、とかいう「原因」を求めた時点で、それは「原因→結果」の連鎖のなかにいる、ということを主張することであり、自由意志が存在する、ということと矛盾することになります。

論理的に考えればそういうことになります。要するに、非合理な活動をする、というのにも、「非合理な活動がしたくなった」という原因があるのではないでしょうか。すると、人間が非合理な行動をすることは、自由意志を擁護するには何の役にも立たない、ということになります。

たしかに、われわれが、「自分が自由意志を持っている」と思いながら行動するのは当たり前のことです。人間は、そのように考えることが外的世界と向き合うのに有利だから、そのように進化したわけですから。

しかし、われわれが日常感じていることが、そのまま「真理」であるとは限りません。日常、われわれは、太陽が東から昇って西に沈む、というように思い、それでなんら不都合なく暮らしていますが、実際は地球が回転しているからそう見える、ということを知っています。自由意志と決定論も、そのような関係にあります。自由意志があるようにわれわれは日ごろ思っていますが、真理としては、自由意志は存在しないのです。
2011-10-18 11:10 : ポール・ブリッツ URL : 編集
ポール・ブリッツさんへ
 ポールブリッツさんへ。
特に、あなたが言われている魂が物理的に存在
しているという事ではなく、例えば宗教という形で
神などは影響を与えていますよね。存在しなくとも
影響を与えている人間の認識レベルの事を示している
わけです。あえて分からないものであるわけですから
ただ、私は神とか魂と言われるものが科学で解き明か
すことが出来るであろうという事を言っているだけ
です。

 また、指摘しておかなければならないのは、
存在がないから影響していないとは言えないという
事ですね。魂という思想が実際に存在し宗教が
そこにあり、法事などがあるわけです。確実に
影響は与えていますね。物質的な質量などを伴って
おらずとも、それは影響を与えています。思想は質量を
伴いませんが影響を少なからず与えています。

------------------------------------------
 私は二元論を採用して定義をとっていますので
どちらにも成りえると言っているわけです。
あなたを否定してはいません。

>論理的に考えればそういうことになります。要する
>に、非合理な活動をする、というのにも、「非合理な
>活動がしたくなった」という原因があるのではないで
>しょうか。すると、人間が非合理な行動をすることは、
>自由意志を擁護するには何の役にも立たない、という
>ことになります。

 特段あなたを否定していませんが、何故、さらに
説こうとしているのですか?あなたの中でしっかりとした
答えがあり、それを信じているのであれば、それで
よろしいのではないのでしょうか。さらに自由意志を擁護
もしていませんが。私はどちらにも採れる解釈がそこに
存在しているという事を述べたに留まります。

 もう、ひとつ言えば、こうあるという断定をすることは
出来ませんし、専門家でもありませんから、私自身がどこかの
研究機関にでも入って、それを研究しないのであれば、言うべきこと
は見当たりません。また答は確定が出来ず、あなたの仰ることが妥当
なのかは判断がつきかねますので、私には分かりません。

 私に言えるのは、私はこう「思う」という事に留まっています。
断定はしていませんし、あなたの解釈、理屈が正しいとも私には
言う事が出来ないという事が実情です。あくまでも趣味や知識に
留まるものであって、ある程度の知的話題に過ぎません。
2011-10-18 13:05 : NORI URL : 編集
わたしも「ある種の知的話題」をしているだけのつもりでしたが。

議論に夢中になりすぎて、攻撃的に思えたとしたら謝罪いたします。

「魂」についてですが、単に、「魂」が科学的に記述可能であれば、それは「原因→結果」の連鎖の中に組みこまれる、ということをいっているだけにすぎません。存在するかしないか、というより、それが「科学的に記述可能か」というところを問題にしているわけでして。物体的、というのは、それが物質的にシミュレート可能である存在である、ということであります。

「精神」や「魂」が、たとえ「物質」として存在していなくとも、それがコンピュータのソフトウェアのように、「物質」として存在してはいないが、「情報」としてそこにあり、それが外部からの刺激に反応してアウトプットを返すような、「原因→結果」の連鎖に取り込まれていれば、それはホッブズのいう「物体的」なものだ、ということになります。

われわれの認識できる世界からのいかなる刺激に対してもアウトプットを返さないようなものは、もし存在していたとしても、アウトプットという形でわれわれがその存在を認識できないということですから、それが実際に存在しようとしまいと、われわれのいる世界とはなんら関係がない、ということになります。である以上、それが存在するかどうかを議論するのは無意味でしょう。この場合、「今は認識できないが将来認識できるようになる」ものは、物体的なものとみなします。ここでいう「議論しても無意味なもの」は、あくまでも、原理的にわれわれのいかなる刺激に対してもアウトプットを返さない存在のことです。

そして、われわれの世界からのなんらかの刺激に対してアウトプットを返すようなものは、刺激→アウトプット、というかたちで、「原因→結果」の連鎖にとらえられることになります。と、いいたかったのであります。

それから下の部分は、NORIさんの先ほどのコメントに書かれた断章から理解した限りにおいて、鍵コメさんが、わたしの言いたいことを誤解ないしよくわかっていないんじゃないか、と思われたことを補足説明したつもりだったのですが。

攻撃的に見えたら重ねてお詫びいたします。
2011-10-18 13:53 : ポール・ブリッツ URL : 編集
ポール・ブリッツさんへ
 ポール・ブリッツさん、ご訪問にコメント誠にありがとうございます。
僕自身も議論には熱くなってしまう方であるのですが、今回は僕自身は
特に何かを否定も肯定しているつもりもなく折衷的に、そんな事もあるし
定義のとり方で実際には変わるという事を主張しました。

 ですから、僕自身が、否定をしていない事はご理解頂けますか?
もちろん、僕は定義を厳格にした場合、やや緩和した場合をどちらも
定義として妥当性があるという部分に着目していますから、ポール
さんの仰っていることも、またしかりだと思っているのです。

 ブログでの議論は難しいな、といつも思います。
定義の範囲などが違いますし、実際にリアルタイムでこうして
議論が出来ると、もっと早く何かを説明できるのですが・・・
今回は僕自身も短気な部分がありましたことをお詫び申し上げます。

 攻撃的というよりは、ただ「否定もしていないのだけれど・・・」という
感情が湧きまして、少し短気になってしまいました。
こちらこそ、すみません(-_-;)

 ポールさん、また遊びに来てください☆☆☆
楽しみにお待ち致しております。お話をしているとこの手の
事はよくあることなので、大丈夫なので又、よろしければ
コメントを頂けると嬉しいです☆☆☆
2011-10-18 20:42 : NORI URL : 編集
文学部くずれなのでついこういう話になると食いついて独演会を始めてしまうもので(^^;)

またいつか調子のいい時にコメントさせていただきますね~♪
2011-10-19 06:26 : ポール・ブリッツ URL : 編集
ポール・ブリッツさんへ
 ポール・ブリッツさん、ご訪問にコメント誠にありがとうございます☆☆☆
いえいえ、今回は僕の短気も問題であったと思います。なのであまり気に
しないで下さい☆☆☆

 文学部なのですね。僕は法学部です。
どちらも文系ですね☆☆☆

 また、遊びに来てください☆☆☆
楽しみにお待ち致しております☆彡☆彡☆彡
2011-10-20 19:12 : NORI  URL : 編集
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プロフィール

NORI SA

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