素朴な問いに
「どうして、色々な人とセックスするの」と、間接照明でぼんやりとした
明かりの天井を見つめて、僕の方を見ることはなく、そう聞いた。
「どうしてだろうね。でも、君もそうじゃないのか」と僕はベットの照明パネルの
所に置いた煙草を手にとって、1本取り出して火を着けて、仰向けになって
天井に煙を吐き出した。
「あたしは、あなたとセックスがしたいから。ただ、それだけ。他の人ともするけれど、
あたしはあなたとのセックスが好きなの」と君は言った。
僕と君の関係はよく考えればとても奇妙なものだ。
互いの名前も知らないのだから余計におかしい。でも携帯の番号は
知っているのだ。互いの携帯の電話帳に登録してある名前は適当なもので
君が僕の名前を何て登録しているのかは知らないけれど、僕は「君」と登録
してある。
きっと、君も「あなた」とかとても抽象的な言葉なのだろう。
互いに名前という記号を互いの中に持っていないのだ。互いの世界の
中に、互いの存在は名前と解さずに物質としてそこに存在しているのだ。
だから名前なんてどうでも良かったのだ。
君という存在が居るということに変わりはないのであるから名前なんて
どうでも良かったのだ。多分それは君も同じだと思う。
でも、僕はどうして、君とセックスするのだろうか。
生殖を目的としない、生物としてのセックスではなく、そこにあるものは
なんなのだろうか。喪失感だろうか。それとも孤独だろうか。
理由なんて作ろうと思えばいくらでも作れし、なんとでも言えるというのが
実際のところなのだと僕は思った。
無言でそんな事を考えていると、君は「あたしは理由を言ったよ。次は
あなたの番のはずでしょ」と言って、僕の加えていた煙草を、その細い指先で
挟んで口に加えて、天井に煙を吐き出した。
「僕はただ、そうなってしまうだけなんだ。何か悩み事を聞いていたり
すると自然にそうなってしまうんだ。特にセックスをしようと思っているわけでは
なくて、ただ流れに任せているだけなんだ」と僕は言った。
すると君はこちらを見て、微笑んだ。
「嘘つき。本当はあなたも寂しいくせに。どうしようもないくらいに寂しいから
あなたも少しだけ目の前の現実から逃避しているんでしょう。でもあなたが
持っている優しさのような残酷さも理解出来るよ。だって、あたしはあなたとの
セックスが好きだから、それくらい分かるよ。何度あなたと寝たと思ってるの」と
君は言って意地悪に微笑んだ。
「でも、理由になってないよ。あたしはあなたとのセックスが好きだと言ったでしょ。
あたしが色々な人とセックスをして、でもあなたともセックスをする理由をあたしは
言ったでしょ」と君はやけに意地悪だった。
「参ったな」と僕は苦笑いしながら、たどたどしくゆっくりと、理由を話し出した。
「ほら。人の気持ちを理解しつくす事なんて出来ないけれど、何故だか共感できるとか
心が痛む事ってあるだろう。誰かの痛みを知ることで世界が少しだけ変わるだろ。僕は
それを見たいのかもしれない。一瞬でも違う物の見方が出来るようになってまるで自分の
思考ではないものが自分の中に宿っていつもは見えないものを見せてくれたりするだろ。
僕はそれを見たいから、こんな事をしてしまうのかもしれない。ただ、君とのセックスは
それとは全く違うけれどね」と言った。
「そうなんだ。あたしとのセックスは違うんだ」とまた君は微笑んで
「あたしもそうだよ。あなたとは特別」と僕の耳元で囁き、優しく唇で耳たぶを噛んだ。
そして、また僕たちの行為が始まっていく。ゆっくりと誰もいない、二人しかいない世界へ
ゆっくりと沈んでいくのだった。