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彼女の遺したもの 改訂版

 婚約をしたときから彼女がいつこの世界からいなくなるか
分からない状態であったことは、知っていた。

 彼女は僕を気遣って、「もう良いんだよ。あたしじゃなくても、あなたなら
他の人でも大丈夫でしょ。あたしの事気にしないで」と、口にしたとき
手を握って、しっかりと彼女の瞳を見つめて「そういうことじゃないんだ」と
囁いた。穏やかな、穏やかな決心を込めた声で。 

 その日から、僕は彼女と一日でも早く結婚をしようと思った。 
彼女に残された時間の中で彼女と結婚し、有限だが愛に溢れた
毎日を送りたいと思っていた。その想いを胸に少しでも長く彼女と
一緒にいる時間を確保したくて、僕は彼女の入院している病室に
通うようになった。

 僕は病室で化粧も出来ない味気ない毎日の彼女の心が
少しでも艶やかになれば、楽しくなればと思い、メイクを施した。
彼女というキャンパスに僕の精一杯の技術を使いメイクをほどこした。
 
 メイクの仕事でモデルに化粧をしている時には味わったことのない切なさを
こらえながら僕は丹念に丹念に彼女というキャンパスに精一杯のメイクを
ほどこしたの。

 そして鏡を見せると、彼女は嬉しそうに微笑んだ。
その笑顔が僕にどれ程の安堵をくれるのだろうか。
この世界で最も美しく儚いのは、彼女であるとさえ思うほど
であった。

 短命で、有限な時間の花ほど美しい。
散っていく、その直前が最も生命が輝くときなのかもしれない。
だから彼女がこれほどまでに輝いて見えるのだろうか。
僕は彼女の笑顔に満足を覚えたが、その美しさには何か悲しい
現実の前触れなのではないかといつも不安になった。
散っていく直前が最も美しい華のような、そんな美しさと
彼女の美しさが寸分の狂いもなく酷似していたからだ。



 僕は仕事の時間を削る生活の中で仕事を少しづつ失っていった。
それは、僕がフリーのメイクアップアーティストでクライアントの仕事を
断るようになっていったからだった。

 しかしながら、僕に選択枠は考えられなかったのだ。
彼女と少しでも長くいる時間を作るためにも僕には仕方のない
ことだったのだ。

 仕事はいつでも出来る。確かに僕はこの仕事に就くためにどれだけの
勉強をして独立をしたのか、フリーになるためにどれだけの想いでクライアントを
獲得していったのかと苦労話をすればいくらでも出てくるけれども、しかしながら
もう限られた時間じか残されていない彼女と、まだ時間が残されているその仕事を
天秤にかけたら、明らかに彼女との時間の方が僕にとって重く愛すべきものであった
のだ。


僕にはモデルに化粧を施すという仕事をしている余裕なんて殆どなかった。
無理な時間にも対応していたクライアントの仕事は断らざる得なかったし、
少しでも多く時間を確保しようと思うと生活できる程度の仕事をこなすだけで
精一杯だった。
 
 当然僕の仕事は途切れた。クライアントからの信用を失ってしまった
のだから当然の事だ。フリーでやっていくというのは、信用だけで成り立っている
そんな世界なのだ。でも、その信用はやはり仕事上だけのものだ。また取り返せば
いいだけのことなのだ。いくら時間がかかっても、僕に出来る仕事はメイクしか
ないのだから。長い人生の中で、また血反吐が出るような苦労をしようとも
生きている限りは、仕事を再開することもクライアントの信用を取戻すことも
絶対に出来るのだから。でも、彼女との時間は有限なのだ。

 僕は仕事ばかりで、殆どお金なんて使う時間もなかったから貯金があった。
大きなクライアントを手にしていたし、そこからの仕事のお金は殆ど使って
いないから、彼女の最後を看取るくらいの余裕と結婚生活をおくるくらいの
余裕があった。
 
 でも、その貯金を切り崩す前に彼女はこの世界から
いなくなってしまった。それも急にだ。

 今日はどのリップにしようかと、迷っているときに携帯に連絡が入って
彼女の容態が急変した事を知らされ、僕は病院に駆けつけたが、既に遅かった。
 
 いづれ近いうちに眠りの日が来ると分かっていても人がいなくなる
ということに涙を流さずに耐えられる者がこの世界にどれくらいいるだろうか。
愛しい人がいなくなって涙を流さない人がいるのだろうか。

 死化粧は僕が行った。
僕が本当の最後の最後に彼女にしてやれることは
これくらいのことしかなかったからだ。僕は冷たい冷たい
彼女の顔に、まるで少女のような、そしてまだ生きている
かのように見えるような血色良く見える化粧を施した。

 でも、それは何時間も何時間もかかった。
もちろん、亡骸にはもう体温もないから化粧が乗りにくいという
ことはあったが、もっと違う問題だった。それは化粧を施している最中に
僕の涙が彼女の頬に落ちるからだった。

 その度に僕はやり直した。何度も、何度も。。。
そして、時間を止めてしまいたいと想いながら。



 彼女がいなくなって僕は途方にくれてしまった。
予定より早くいなくなってしまった彼女の事を想い何もできなかった。
何かをしたいとも思えなかった。苦労して苦労して身につけたメイクの
技術もどうでも良いとさえ、思ってしまうほどであった。

 メイクアップアーティストとしての信用を失いメイクの世界に居場所が
なくなってしまった。仕事もない。そしてこれから自分は何をしていけば
よいのかただ途方に暮れてしまった。

 彼女がこの世界からいなくなることは決まっていた
ことなのに、ただ時期が予定より少し早かったというだけで
僕は途方にくれてしまった。

 何をすれば良いのか分からない、メイクの仕事もどうでもいい、
と投げやりになった。彼女のいない世界で僕は金なんて持っていても
仕方ないというような調子で夜の街を彷徨い飲み明かした。
 
 毎日、毎日、毎日、夜の街を彷徨い飲み歩いた。
朝まで飲んで、夜に起きて、夜の街を彷徨うという生活の繰り返し。
もう、僕はまともではなかった。それが三ヶ月以上続いた。

 相変わらず僕の生活は変わらなかった。
そして今日も夜の街を彷徨い飲み場所を探して適当なキャバクラに入った。
席に着くと、店の中に突然グラスが割れる音が響いて、男の罵声が耳に入った。
まあ、この世界にはよくある事で、客が調子にのって女の子のカラダにでも触った
のだろうと思った。

 その男性客は黒服数名に抑えられ店の外に連れ出されていった。
その最中もその男性客はぎゃあぎゃあとわけの分からないことを
叫んでいた。 キャバクラでは以外にそういうことがあったりする。

 ふと目をやると、喧嘩していた女の子は水をかけられたようで
ビショビショだった。あまりにショックだったのだろう、俯いたまま床に
座り込んでいた。
 僕はなんとなく声をかけたくなった。女の子は声を出さないように
涙をこらえようとしていたが、水をかけられた上に瞳の奥からどんどん
溢れてくる涙は抑えられずに化粧は崩れていた。

 僕はメイクをしたいと思った。この女の子にメイクをしたいと
思った。よく分からないけれども、そう思ったのだ。
 僕は自分の職業を黒服につげ、どうにかその女の子に化粧をさせて
もらえないかと頼んだ。

 もちろん断られた。
でも、僕はどうしてもその女の子に化粧をしたいと思った。
なんとか化粧直しをさせてもらえないかという説得をしていると
話を聞いていた女の子は「化粧直しが必要だから」と僕の申し出を
受け入れてくれた。

 黒服は、少し困った顔をして「上に聞いてきますからお待ち下さい」と
言って奥に入っていき、すぐに戻ってきて「分かりました。それではお願いできますか」と
黒服は言って、女の子を連れて奥に行き、すぐに僕を奥に通すために戻ってきた。

 女の子の控え室に通され、僕はモデルにしていたようにメイクをはじめた。
真剣に。久しぶりだから、失敗しないように慎重にメイクを施した。そして
彼女を想い出しながら。
 僕は真剣になった。辛かったね。大丈夫だと。すぐに泣いたことなんて
分からないようになるよ、すぐにキレイになるよ、あんな嫌な事すぐに忘れ
られるよ、と心の中で唱えながら、僕は丹念に丹念に女の子にメイクをした。

 女の子と僕の間には会話は全くなかった。
けれど、メイクが終わった後、女の子は小さな声で僕に礼を言ってくれた。
そして、僕の心の霧が晴れていくようなそんな事も言ってくれた。

「こんなに優しいメイクはじめてみた。誰にやってもらっても
こんなに上手くいかないのに。あなたのメイクは素敵。
ありがとう、あたし元気でた。また頑張れるよ」と女の子は
すごく嬉しそうに、そしてとても可愛かった。本当に元気が出たように
見えたこと、そして女の子がそう言ってくれた事が僕の心の霧を晴らして
いくようだった。

 そして同時に僕自身、その仕上がりに驚いていた。
彼女がこの世界からいなくなってはじめてしたメイクは
今までの自分のレベルでは到底不可能な領域のものだった。
心がメイクに反映されているような、彼女の優しさがそこに宿っている
ようなそんな雰囲気の、これまでにない最高の仕上がりだった。

 病室でメイクを繰り返した、最後の死に化粧を施した。
彼女に自分の技術の最高を使い尽くして、レベルが上がっていたのだ。
きっと、そうなのだ。そして、その根底には彼女を愛していたということ。
それがメイクに影響して僕のレベルを底上げしてくれたのだ。
愛が混じったメイク。彼女との時間がくれた最高の贈り物だと
思った。

 僕も女の子に「ありがとうメイク直しを僕にさせてくれて。
僕も元気が出たよ」と心から微笑む事が出来た。


 彼女が僕に遺してくれたのは、彼女への愛に溢れたメイクだった。
愛しているという感情が遺してくれたのは、優しいメイクだった。

 僕はまたメイクを人に施す仕事をしようと思った。
この彼女が遺してくれた愛あるメイクで誰かが幸福になれるように、
そして彼女が存在した証を消してしまわないように、たくさんの人に
このメイクを施そうと思った。
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2011-06-18 : 短編集 : コメント : 2 : トラックバック : 0 :
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非公開コメント

素敵ですね。
私もその方にメイクをしてもらいたいと思います。
2011-06-18 21:43 : キャサリン URL : 編集
キャサリンさんへ
 キャサリンさん、ご訪問にコメント誠にありがとうございます☆☆☆
この、主人公の男性を気に入って頂けて大変に嬉しいです☆☆☆

 キャサリンさん、ご訪問にコメント誠にありがとうございます☆☆☆
また、遊びに来てください☆☆☆
 楽しみにお待ち致しております☆☆☆
 
2011-06-20 01:41 : NORI URL : 編集
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