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「愛」と「お金」について考えよう

 「愛」と「お金」を比べる質問というものがあります。
どちらが大切か?というような類の問題なのですが、どちらがどうという事は
僕は現在の社会ではないと思っています。

 これに関して整理するには人間の成り立ちについて言及する必要があると
思います。たくさんの要素をゴチャゴチャとさせてしまうと凄く難しい問題に
なってしまうのですが、これは実はシンプルな問題なのではないかと考え
るようになりました。

 これを考えるときに、人間はどのように生存していかなければならないか?
という根源に立ち戻る必要があると思います。人は進化した故に、自分自身が
生き物であり、自然界の動物となんら根源的に変わりがないという事を忘れて
しまっている気がしてなりません。少し立ち戻って「愛」か「お金」かという問題に
ついて、僕は自分の中で解答を出したいと思います。
(注)現代の社会システムと、本来の動物であるという人間の本能的生存の根本を
解き明かして、生存に必要な食料の獲得が現代社会に於いて何に変換されている
のかを言及し、そのフレームに現代社会システムの中で生きるということにあてはめ
をしていますので、社会システムの中で生きていかないという人々がいるとしたら
その方々には妥当しない考え方になりますので、あくまでも現代社会の中で生きる
人々という中で限定をして文章を構成しています。




【人の起源】
 どこからを人の起源とするかという事を論じる事はしません。
ただ、人間も根本的に狩猟したり、食物を収穫したりと自然の恩恵を
得ていかなければ生きていく事が出来ないという、それをまず確認し
たいと思います。 

 食料がなければ生きていけませんよね?
狩猟をする男性、そして子孫を絶やさずに配慮する女性という構成で
成り立っていたと思います。食料を狩にいくのが一般的に男性だと解釈
されていると思います。

 「食料を獲ってくる」という事が男性の役割として存在していて
それは生きるために必要不可欠なことでした。それは男女共に否定の
しようもない事実であると思います。

【魅力とは何だろうか】
 動物的本能、つまりは生命維持をするのに必要不可欠な食料を
狩ってくるという事は否定のしようがありません。ここで、狩猟の出来ない
男性と共にするというのは、女性にとっては死を意味します。
狩猟の出来ない男と一緒にいても食料が供給されないからです。
 魅力というのは、狩猟能力であったと言っても過言ではありません。


【分業社会の出現による影響】
 そのようなときを過ぎると人は知恵を見につけ、それぞれが
得意な分野などがあるのなら、役割分担をして生産性を高めた
方が良いという事を発見しました。
(詳細な部分にご興味がある方はデュルケームの「社会分業論」などを参照
して頂けると分かりやすいと思います。)

 これによって、直接的に狩猟をする人、その他の物を生産する人など
様々な分野の人が生まれてきました。ここではじめて知的労働というもの
も出てきました。なぜなら、何をどのようにすれべより効率的になるのか
という管理をしなければ生産性は高まらないからです。

 これによって、狩猟本能と知性は分裂することになります。
しかし忘れてはならないのは如何に分業が発展しようとも、狩猟に代わる
形でつまりは市場で食料を得られるという結果になったわけですから、
狩猟に代わるのは仕事であるという事になります。

 社会分業の発展によってもたらされたのは、金銭による信用価値に
よる物の交換です。つまりは現在の市場形態です。


【まとめてみましょう】

 「愛」か「お金」という議論をするのは、そもそもお金を稼ぐとは狩猟に代わる
生命維持の根源ですから、「愛」か「お金」かという議論をするのは、少しばかり
おかしい気がします。

 お金を取るのか、愛を取るのか?という議論は、高度な現代社会が生み出した
幻影であるような気がしてなりません。そもそもお金を稼がなければ、現代社会の
システムの中で生存していられないのですから、お金を稼ぐ事によって愛が表される
というのは理解出来ても、逆に愛が先にあってお金は副産物であるという考え方を
承認するわけには行きません。

 つまり生存に必要であった狩猟という部分が、お金を稼ぐという事に代替されて
いるわけですから、お金を稼ぐ事と「愛」は並立していられない関係ということに
なるのではないかと思います。
 つまり狩猟の上に(必要最低限生きていける)という前提の上に、その人と一緒に
いるという事を選択できたわけですから、現代社会のシステムで狩猟に当たる行為
「お金を稼ぐ」という事の上に愛が成り立たなければいけないはずです。

 そのようにしないと、最低限生存していられるという要件を無視して生命維持が
出来ない状況であるにも関わらず、つまりは「愛」など、そのような概念を考える
状態でない、もしくは生存できないわけであるから、そもそも考えられない状況の
中で「愛」を語るという状態になってしまい、それはあまりにおかしいことです。


【最後に自分の単なる想いを書きます】
 愛かお金かという議論や、トピックなどでも、それに関して大変よく話題として
触れられていますが、根源的な部分を忘れている気がしてならないです。
つまりは生命の維持に関しての根源的な部分を忘れているとしか思えない
のです。それはつまり食料を獲得しなければ生きていけない。

 それが高度に発達した現代社会になると分業によって、直接狩猟をしなくても
よくなったために「食料を調達する行為=生存」という意識が欠如し、それが現代
社会に於いて何が代替しているのかという実感に乏しいのだと感じます。

 最後に、「愛」か「お金」かという事よりも、僕は、愛する人がいて、その人との
生活をより豊かに幸福にするためにでも、お金を稼げない方が余程キツイと
思います。

 ただ、最もここで伝えたかったのは、生命維持に必要であった狩猟という行為が
現代社会に於いてお金を稼ぐという事に代替されたわけですから、狩猟(金)を否定
してしまっては生命維持が出来ないために、愛を語ることなど到底出来ないという
ことです。

 この場合極端にどちらが重要かと言われたらお金が重要です。
つまりは生存出来るという事実の上に愛が成り立つのであるから
愛を先に持ってくることは如何にしても出来ないからです。

 決して愛が重要でないと言っているわけではありません。
でも過剰にお金と愛について考え込む必要がないという事、
あくまでも自分が生存出来るという条件の上に愛が語られるという
根源を示したかったのです。
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2011-04-10 : 作品作成日記 : コメント : 11 : トラックバック : 1 :
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1「愛」と「お金」について考えよう 2 女性が強く見える 上記二つの記事についてVOICEで解説してみました。
1「愛」と「お金」について考えよう 2 女性が強く見える 上記二つの記事についてVOICEで解説してみました。
2011-04-10 23:38 : 愛はここで生きている
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今晩は
愛がなくても お金があれば 生きていける(生活が成り立つ)までは 言わないですけど

愛があってもなくても お金が足りなければ 生きていくのに 不便なのかな と思います

愛があれば それに越したことはないのでしょうが お金はないと 困るでしょう

比べるものではないと 僕も考えますので

愛の大切さ お金の大切さは 同等 同様と 思います

どちらも 普通の人には必要だと 思われますから

中には いらない人も 不要な人もいるでしょうけどw

このて議論を持ち出す人は お金と愛の 優劣をきめたいのでしょうか?

世の中に 優劣など存在しないのに

人がモノに優劣など決める事などできないのに と 僕は思うのですが

いつも 偏った極論になりがちですいません

もっと 理論的に 議論が展開できればと思うのですがw 

frmmento
2011-04-10 19:17 : frammento URL : 編集
バランスです…
大好きなのに、お金が足りなくてギスギスする。
お金は有り余っているのに、愛が足りなくてギスギスする。
どちらもアリ!だと思います。
(あたしは、どちらも経験しましたケド…)

でも、後者ならば、確実に生きてはイケます。
ブランド物で身を固めて、高名なダンナによって自己顕示することができます。
(エリカ様のように…)
でも、考えてみれば…、今の時代、オンナは自分で稼ぐことも出来ます。
(エリカ様のようにね…)

動物を脱出して知恵をつけた人間は、いろんな自分勝手なことを考えます。

ソコソコお金があって、ソコソコ愛もあって…、
そのように生きていけたら一番幸せなのだろうだけど、
その決定打を見つけられないから、
「この人はどうかしら?」
「あの人はどうかしら?」
と、相手を探ってみたり、自分を飾ってみたりしながら、
自分にピッタリ合うパートナーを探しているのでしょう。

それが人間界の『恋愛』で、それが『楽しみ』で、
だから、人間は生きていけるのでしょう。

その『金』と『愛』のバランスを、上手く保てる相手を見つけるまで、
ヒトは葛藤し続けるのだと思います。
いつの日か、ヒトがICチップを埋め込まれたロボットにならない限り…。
(あたしが生きている間には、その日は来ないと思うけど…)


追記:(エリカ様を愛する皆さまへ)
決してエリカ様を非難しているのではありません!
年上のオトコは、一瞬、とても頼もしく、
自分の知らないことを知ってるとても素敵な人に見えます。
でも、
ジェネレーションギャップは、埋められないのです。
『同じコトを楽しめない!』
これは、ホント、キツイです。
遊び方も、モノの感じ方も、世代の常識も、
初めはとても刺激的なのだけど、その内、共感できなくなる。
そして、エッチも、いつか共有できなくなる…。
(スタミナが違いますからね…)
エリカ様が、お金持ちのオジサマに愛想をつかせた心の動き、
あたしには、目に見えるようです…。

彼女は相手を間違えた…、ただ、それだけのことです…。


(また、長くなってしまいました…ど~もスミマセン…(-_-;)…)
2011-04-10 21:01 : あたし URL : 編集
フラメントさんへ
 フラメントさん、ご訪問にコメント誠にありがとうございます☆☆☆
僕もフラメントさんのコメントの通りだと思います。多分フレームワークが
同じなのだろうと思います。若しくはかなり近いフレームワークなのでしょうね。

 僕もこの議論はいつも不思議です。
お金がまるで汚いものかのように扱われることも
どうも納得がいきません。

 なので、自分の中ではっきりお金と気持ちの区切りをつけて
おきたくて、矛盾しないように文章を組み立てました。僕は
こうして考え方を、何を基礎としてくのかということで組み立てる
という文章作業をすることで、明確な自分の指針をすることが
出来るので、この問題に関して迷いたくなかったので、今回は
これを書きました。

 フラメントさんのコメントは偏ってもいないと思いますし
極論でもないと思いますよ。むしろ、僕は少し角が立つような
書き方をしているのですが、フラメントさんの書き方は柔らかくて
僕は良いと思いますよ☆☆☆

 フラメントさん、ご訪問にコメント誠にありがとうございます☆☆☆
また、遊びに来てください☆☆☆楽しみにお待ち致しております☆☆☆
2011-04-10 22:18 : NORI URL : 編集
あたしさんへ
 あたしさん、ご訪問にコメント誠にありがとうございます☆☆☆
そうですね。あたしさんと同じように僕もバランスだと思います。

 ですが、この「愛」か「お金」かという議論がなされている中で
どうもお金が悪いものである、愛のためなら捨てるべきである、
というような論調があるような気がして、どうもそれも気に入らなくて
理屈として構成をしてみました。

 愛かお金かに優劣があると言いたいわけでは無いのですが
しかしながら、根源的に生きていくという上に恋愛が成り立つ以上
愛を語るのは生存出来るという前提が満たされるという要件の
上に成り立っていくという事を論じたかったのです。

 なので、根源からつらつらと書きました。

 あの・・・あたしさん・・・
追記がメチャクチャ気になるのですが(;・∀・)
あの、僕スタミナないんですけど・・・しかも僕の
考え方が叔父さんっぽいらしいですよ:(;゙゚'ω゚'):

 エリカ様の年齢と寸分代わらないはずなのに
僕はエリカ様の旦那であった人の考えに近い気がして
かなり焦ったのは気のせいでしょうか(; ・`д・´)

 あたしさん、ご訪問にコメント誠にありがとうございます☆☆☆
また、遊びに来てください☆☆☆
 楽しみにお待ち致しております☆☆☆
2011-04-10 22:31 : NORI URL : 編集
ハンバーグはないけど愛はある
「愛」と「お金」興味深いです。

なんか、「愛」って聞くと、いまいち言葉の意味がつかめなくて、なんとなく、男女の間の愛をイメージしてしまいますが、仮に「相手を思いやる心」として(自分が考えやすいので)考えてみたいです。
(相手を思いやる心)というのは、人それぞれなので、現代人一般について一概に言えないと思います。(相手を思いやる心)をもつ人は、まず存在しないということはありません。自分のまわりに(相手を思いやる心
)をもつ人がいることの重要性を考えるのか、自分の心のありかたを考えるのかがポイントだと思います。報酬と対価での愛以外で「愛」を考えれば、「愛」と「お金」は切り離して考えることができると思います。
お金の価値も、人それぞれで、相対的に考えたいです。お金の大切さを考えるとき、お金で買えるもの全てを、ひとくくりにして考えると、「土地と家と服があるし、食料もあるから、お金はいらない。」と言っても、それらはお金で買えるものだから結局お金が必要ってことじゃないか、と 突っ込まれそうです。お金が必要ないから、お金で売れるものは全て捨てて世捨て人になってもいいということではないです。(でも現実に、そういう宗教があるので、それを良しと判断している人がいるんでね。)お金を使うから現代社会だと思いますから、そういった極限の状態は初めから考えません。
 お金と愛を考えるシチュエーションとしては、やっぱり貧乏な家族の夫婦ですね。
貧乏はいやですねw。
でも、そういう逆境のなかにこそ、お金で量れない愛を感じ、本当の愛による幸せを知ることが出来るのかもしれないのかなと。。お金が目的の人は近寄りませんからねw。

生物は利己的(自己の成功率(生存と繁殖率)を他者よりも高める)があるといわれています。
「お金」と「愛」は、
「利己的」と「利他的」ということでも考えられそうです。
生物学的に遺伝子レベルで利己的であるといわれたとしても、
すべてが利己心によるものではないと考えてます。


自分の考えをだらだらと、長文失礼しました^^。
(はぁ~経済力がほしいなあ~~)

2011-04-10 23:47 : mikaela5 URL : 編集
基本形
あ、基本形がなってなかったですか?…(@_@;)
随分と大人になったあたしは、『お金(生活)』が基本だと思うようになりましたね…。

自分が空腹の時は、人に優しくなれないと思います。
空腹ではないという基本があって、人を思いやるゆとりが出てくるのではないでしょうか?

(あ、また話が『偽善』に戻りそうなので、ココでやめておきます!…笑)
2011-04-11 01:37 : しめの URL : 編集
mikaela5さんへ
 mikaela5さん、ご訪問にコメント誠にありがとうございます☆☆☆
確かに仰るとおりなので、思いやる心として考えるとその通りだと思います。
しかしながら、僕としては男女間の恋愛による愛にしろmikaela5さんが
示された愛(相手を思いやる気持ち)ということも、「生存が可能である」という
部分が必ず根底に存在していると思うのです。

 僕自身も報酬と対価意外の部分でフレームワークを組んでいます。
つまり、「人間が生存するために食料を確保しなければならない」それが
現代社会において、「お金を稼ぐ」という行為であるとあてはめを行って
いますので、人間が生存するために食料を獲得しなければならないという
部分が「お金を稼ぐ事」として展開しています。

 なので、「お金を稼ぐ=生命維持のための食料(狩猟)」という関係に
なりますので、mikaela5さんの仰って下さった
>仮に「相手を思いやる心」・・・として僕のフレームに合わせると
相手を思いいやるためには、まず人間は生存していなければなりません。
つまり、食料を調達出来ており、生命維持に支障をきたさないという事で
なければ、それは「死」を意味しますから、「相手を思いやる」ためには生命維持が
出来ていなければなりません。その生命維持を僕は根源的に人が生きていくこと
狩猟=お金を稼ぐ という構図に端的に構成しました。つまり、現代社会において
生命維持をするために必要な狩猟を代替している行為というものが「お金を稼ぐこと」と
しましたので、mikaela5さんの仰って頂いた事を「相手を思いやる」ということをする
ためには、まず最低限生きていなければならないという事になります。
なので、僕のフレームを持ってくるとmikaela5さんの仰ってくれている
「相手を思いやる心」を愛として考えた場合にも、お金と愛を切り離せないという事
になります。

 mikaela5さんの仰るとおりで、お金はもともと信用でなりたっているもの
なので、その価値は相対的なものであるというのは全くその通りなのです。
お金の価値は現代社会においては人それぞれの価値感に委ねられる部分
なのですし、お金など資産と呼ばれる様なものを考えない宗教も現実に
存在しますので、お金に価値があるないというのは人の決める事であると
思うのですが、しかしながら、現代一般社会の中で、どのように捉えるか
ということに焦点をあてていますので例外は省かせて頂きます。
それは、言うまでもまくmikaela5さんも省いて下さっていますね☆☆☆

 次に貧乏な夫婦。これも、フレームワークへのあてはめを行うと
生存が出来るという中で、贅沢が出来るほどにはお金がないという
状態ですので決してお金を否定しているわけではないと考えます。
その状態に満足しているのか、満足していないのかというレベルの
問題になる気がしますがどうでしょうか?

 しかしながら、そこで満足していようと、いまいと生存の上に、
その満足であるか、満足ではないか、そこに愛があるのか?という
事が出てきていますので、これもやはり生存が可能であるという
上に成り立っていると考えると 先にも示した簡単な図である
狩猟=お金を稼ぐ が最低限出来ている状態にあるわけですから
やはりそれは生存を前提をしていると言えるわけですから逆に
言えば、お金が先にあって、愛が先にあるわけではないのでは
ないでしょうか?と僕は思います。

 なので、本当の愛を知る前に、生存可能であるという状態を作って
いる上での貧乏なわけですから、その「本当の愛」という概念の下に
あるのは現代社会に於いて狩猟の代替をされているお金を稼ぐという
行為にならないでしょうか?どうでしょうか?

 利己的、利他的という側面からの考察もおもしろそうですね☆☆☆
今度やってみましょう♪

 すみません、僕も「愛」を否定したいわけではなくて、理屈として
フレームを組んでしっかりと整合性をとろうとすると、生存出来るという
事が最低限の要件になる以上は、現代社会において狩猟の代替となっている
お金を稼ぐと言う行為の上に成り立っていくという流れになりますということが
言いたかったのです。

 すみません:(;゙゚'ω゚'):決して否定したいわけではなくて
ただ、理論構成として、論理的に展開をしていくとやはりこうなりますと
いう事ですね。

 mikaela5さんm骨のあるコメントを誠にありがとうございます☆☆☆
すごく、考えながら書きました:(;゙゚'ω゚'):
 良い頭の体操になりました☆☆☆いつも、真剣なコメントを誠に
ありがとうございます☆☆☆

 こういうお話が出来て大変に嬉しいです☆☆☆
mikaela5さんまた遊びに来てください☆☆☆
楽しみにお待ち致しております☆☆☆ 
2011-04-12 02:55 : NORI URL : 編集
しめのさんへ
 しめのさん、ご訪問にコメント誠にありがとうございます☆☆☆
なんだか、僕も小難しく記事を書いているのですが、端的に要約すると
しめのさんの仰っている、このコメントそのものです☆☆☆

 生活が基本ですね。本当にそう思います。
生きていく、生きているという事の上に全てが成り立つわけですから
生活が出来ないというのは、お話にならないかと思います。

 偽善ですか:(;゙゚'ω゚'):
偽善も善もありませんよ。何か施しをしたいな・・・と思えば
それは善であると思います☆☆☆

 しめのさん、ご訪問にコメント誠にありがとうございます☆☆☆
また、遊びに来てください☆☆☆
 楽しみにお待ち致しております☆☆☆
2011-04-12 02:59 : NORI URL : 編集
NORIさんへ
NORIさん、コメントありがとうございます!


「お金は人間の存在のために必要」という前提からは、お金を切り離して何も考えられません。
本当にその通りだと思います^^。

しかし、本当に「お金」と「愛」を切り離して考えることは出来ないか、と考えてみました。
人間の生存の必要条件に、「お金」と「愛」を含めないで考える。そこからなら考えられると思います。つまり、前提条件を変えなければ、「お金」と「愛」を切り離して考えることができないということです。

では、「お金は人間の存在のために必要」という前提とは別に、「愛は人間の存在のために必要」という前提を加えてみたらどうなるでしょうか。

「愛は人間の存在のために必要」とは、どういうことでしょう。
人間(生命)は愛があるから存在できる、とはいえないでしょうか。
生存したのは、愛があったからではないでしょうか。
ここで、気になるのは、愛の定義です。
「思いやり」で人は生まれるのかといえば、どうなんでしょう?
正直、意味がわかりませんw
そこに納得できる「愛」を定義する他ありません。

では、「お金」は「愛」なくして存在しうるのか、というのを考えてみてはどうでしょうか。
「愛」の全く無い状態で「お金」が発明されたか、ということです。
また、「愛」の無い状態で、「社会」が存在できるか、です。
「愛」が前提の中に存在すれば、(お金が先にあって、愛が先にある)は覆りそうです。


「人間の生存のためにお金が必要」というのは、本当に理解できますし、本当にその通りだと思います。僕も、NORIさんの仰るとおりだと思いますので、なかなか説明できませんが、逆に、「人間の生存のために愛が必要」ということも考えられるのではないかと発想だけしてみました><。

NORIさん本当にコメントありがとうございます。NORIさんが愛を否定しているとは全く思ってません^^。 理論を崩したいと思いまして・・・僕が崩したいと思うのは正しいと思われる理論です。 だいたい崩れませんけど、、、


  

2011-04-13 15:04 : mikaela5 URL : 編集
mikaela5さんへ
 mikaela5さん、ご訪問にコメント誠にありがとうございます☆☆☆
骨太なコメントをいつもありがとうございます☆☆☆
 考えながら、コメントをするというのは大変に時間のかかることで
それにお付き合い頂いて大変に恐縮ですΣ(; ̄□ ̄A アセアセ
しかしながら、大変に嬉しいです☆☆☆

 僕自身もmikaela5さんに問うて頂けることに対して
考えていると、どうしてもコメントが遅くなってしまうことがあって
大変にすみません。。。ご了承ください(・・;)

 では、また考察をしていきたいと思います。
mikaela5さんに頂いたご提案をもとにして、展開してみましょう。

「お金は人間の存在のために必要であり、又、
愛は人間の存在のために必要である」という前提は本当に
お金と愛を切り離した点に存在している「問い」なのかという
ことについて言及しなければなりません。

 この問いの場合、最低限の生存が担保されたうえで、
次に愛という概念が構成されている問いです。つまり、
この問いに直して理論構成をするにしても、「お金と愛が
切り離せない」順序になっています。
 なぜなら、生存は根源的であるからです。それが外部的環境
要因によってお金に代替されたわけですから、どのように変えても
そこを抜いてしまうと、人間が生存していないことになり、破綻して
しまうのです。

 人間の生存がなければ、愛という概念を持ってくることは
出来ません。なので、この前提を持って、「お金と愛」を切り離した
とは言い難いと解釈することが妥当ではないであろうかと思うのです。

 上記のように考えると、コメントで展開して頂いている
>「愛は人間の存在のために必要」とは、どういうことでしょう。  
>人間(生命)は愛があるから存在できる、とはいえないでしょうか。
>生存したのは、愛があったからではないでしょうか。

 と、続く展開を続けることが出来ないことになります。
「生存したのは愛があったからである」という事は正しいと
思いますが、そこは、あくまでも生存をしている中で、
生存可能性を絶たれる事がなかったという事を意味
しますから、例えば自分が生まれる以前に両親が性衝動に
よって交わった事により、私達は生まれたのですが、すると
その両親の生存がさらに担保されている必要性が出てきます。
彼らの生存を担保していたのは何でしょうか?

 両親が愛を注いでくれたという反論なども出てくるかと
思いますが、それはあくまでも生存が担保された上に
やはり成り立っていると言えませんか?

>「愛」の全く無い状態で「お金」が発明されたか、ということです。
>では、「お金」は「愛」なくして存在しうるのか?

 この問いは大変に鋭い指摘だと感じますΣ(; ̄□ ̄A アセアセ
ここで僕は「存在出来るとも言えます」が「出来ないとも言う事も出来る」
という状態が生まれました。

 mikaela5さんも、これより以前の文章で仰っていた「愛」という
定義が、ここでは欠如しているからです。

 どこから、どこまでも愛と定義をして、社会の成立を考えるか
という事です。単に思いやりの心というものを含めて「愛」である
とするのであれば、存続不可能でしょう。

 ここまで考察してきましたが、mikaela5さんの問いである
>「愛とお金を切り離して考えることが出来ないか」
という考えが後述されている問いの
>「お金」は「愛」なくして存在しうるのか
という疑問を持つことで、既に二つがなければ成り立たない概念に
なっていることに気づきませんか?

 なので、愛が先にあるのか、お金が先にあるのか?
という論点に転換されて、今度は、mikaela5さんの疑問同士が
対立してしまうという構図になってしまいます。
 つまり、愛をなくして社会は成り立つのか?という問いを提唱して
しまったことで、お金と愛が切り離せない概念であるということを
mikaela5さん自身が主張の中で承認してしまったことになります。

 なので、「お金と愛を切り離す事が出来るのか」という問いと
「愛なくしてお金は存在しうるのか。つまり社会は存続しうるのか」
という問いのどちらかを成立させる場合には、mikaela5さんが
上記二つの問いのうちどちらかを放棄しなければ成り立たなくなります。
この点に関してどうでしょうか?

 いつも、骨太コメントを下さるので、楽しくて考察をしてしまいましたΣ(; ̄□ ̄A
決して僕も非難とか、そういうことではなく、こういう理屈っぽい話を楽しんで
いるので、気分を害すような表現があったらごめんなさい(・_・;

 mikaela5さんご訪問にコメント誠にありがとうございます☆☆☆
また、遊びに来てください☆☆☆楽しみにお待ち致しております☆☆☆
2011-04-14 19:42 : NORI URL : 編集
NORIさんへ vol.3
>「お金と愛を切り離す事が出来るのか」という問いと
「愛なくしてお金は存在しうるのか。つまり社会は存続しうるのか」
という問いのどちらかを成立させる場合には、mikaela5さんが
上記二つの問いのうちどちらかを放棄しなければ成り立たなくなります。

NORIさんの仰る通りです!
「「お金は人間の存在のために必要」に、「愛は人間の存在のために必要」を
含めるのは、(お金が先にあって、愛が先にあるわけではない)を否定するた
めの発想であり、「お金と愛を切り離す事が出来るのか」とは別で考えていました。
どちらかを考えるときは、もう片方を放棄していることを書かず、混乱させて
しまいました。すみません>< 

「お金」と「愛」を切り離して考えるには、人間の生存の必要条件に、
「お金」と「愛」を含めてはいけない。 この発想はここから先に発展していません。


これ以降は、(「お金」と「愛」を切り離して考える)は考えていません。

NORIさんが最初に定義された「人間の生存にお金は必要」というのに、
「人間の生存に愛が必要」とうのを付け加えれば、(お金が先にあって、
愛が先にあるわけではない)は否定できるのではないだろうか?と考えました。
が、しかし、これによって「お金」が「愛」の先にあるというのを否定できる
ところに辿りつくか、疑問に思いました。
なので、これも、うまく考えられないので放棄します!


(人間が生存するのに必要なのは「お金」が先か「愛」が先か)
これを考えることによって、(お金が先にあって、愛が先にあるわけではない)を
否定できるのではないかと思います。

生命維持は、生命があって初めて有効であると思います。
つまり、(お金)≠(全ての物質)です。空気や生命など、存在したものは、
お金(狩猟)によるものではないということです。
生まれたばかりの子供が生きていけるのは、まず親の愛があるからでは
ないでしょうか。
親の愛が子供の生命を維持成長させるために、お金(狩猟)が必要になってくる。
そして、お金(狩猟)によって生命が保たれる。
愛(思い)があって、お金(狩猟)があるということです。

愛を与えた親も、愛によってお金(食べ物)を与えられ育ってきたのです。
狩猟は生存のための方法であり、目的は愛ではないでしょうか。
目的があって方法がある。
つまり、(愛が先にあって、お金が先にあるのではない)ということです。

また、お金(狩猟)がなくても、生存は可能である、のではないかと思いました。


極端な例で考えます。(いまいちですが。。)
例えば、何も持たない素っ裸の20歳の男が突然、東京に放り出されたとします。
お金も持ってません。でも、生きていることは出来てます。
食料や、服など(お金で買えるもの)を貰うでしょう。
お金に換算できますが、お金(狩猟)によるものではありません。
お金という手段をもたずに物質をてに入れることも可能です。
お金は存在するために必要なのではなく、存続するために必要だという例です。

お金は労働の対価とも言えそうです。

キーポイント
 ・お金(労働の対価)はすでにある生命(人間)が存在するために
  必要なのではなく、存続するために必要。
 ・お金がなくても生命(人間)はすぐに死なない(存在できる)。
 ・お金は手段であり、成果である。
 ・生命を存続させたいという愛(思い)によってお金(労働の対価)を使う。

生命が存続していくのは、お金(狩猟)によってでもあるが、
最低限の生存が担保されるのはお金によってではない。
つまり、愛(目的)が先にあって、お金(手段と成果)が先にあるわけではない。

どうでしょうか?
こんなに愛とお金を考えるのは初めてです^^
2011-04-15 03:18 : mikaela5 URL : 編集
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プロフィール

NORI SA

Author:NORI SA
【SEX】
Man

【My Activity】
文章作成/詩/創作活動/写真/
WEB/エッセイ/学術関連文書/
執筆活動/

【My Works】
企業内法務/事業企画運営管理/
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今がら辛いなら 考えるという行為を一時やめよう (02/20)

心を揺らさない事 (02/04)

この世界を定義するもの (01/25)

全身全霊で受け止めて (01/12)

2016年のスタート (01/11)

結局のところ、結果を出したい目の前の事を好きにならなくてはならない (12/20)

もうすぐ年末です (12/20)

いつまでも書いていこう (11/15)

広大な寂しさが広がる世界の中で (11/09)

寂しさに苛立つ事が最も悲しいこと (11/03)

新しい気持ち 新しい考え方 (10/27)

君想う (09/21)

30歳を迎えた自分とブラックバス釣り (08/12)

2015年初夏(?) 最近ブラックバスを釣りに出かけました  (07/21)

キミのココロの扉を叩いてごらん (07/14)

夏風邪です・・・ (07/09)

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