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色恋と人間関係の狭間

さて、もうひとつ問題があるわけで:(;゙゚'ω゚'):





キャバクラの指名している女の子。。。基本的にはキャストをお客という関係ですから、あまりに深入りをしないようにしているというのもあります。





ただ、担当制のお店では、仕事とプライベートがゴチャゴチャになってきて感情が錯綜してしまうことも事実あります。





それはお客である自分もそうですし、キャストである女の子も同様です。





結局のところ仕事であっても、個人と向き合う場所で、しかもお酒も入っているのでプライベートな話も多くなってくる事も事実で、僕はよく女の子のプライベートな悩みなどもよくよく聞きます。だから余計に境界線が曖昧になっていくという感じです。





先日は、アフターのさらにアフターという事で、黒服と僕と女の子で飲みにいこうって事になったので、黒服と先に飲みにいき、そして女の子から携帯に連絡があったので黒服に迎えに行ってもらったのですが、更衣室で眠ってしまっていたらしく・・・。。。こうなると・・・僕は従業員でもありませんし、彼氏というわけでもないので・・・どれだけ「一緒にいたいです」と言われても僕は黒服ではないのでお店の中で女の子が起きるまで一緒にいるという事も出来ないです。





僕としては八方塞がりですが・・・女の子からすると「どうして一緒にいてくれなかったのだろう?」ってなる事も多々あるのが事実です。それは参ったな~~~って思うわけです。まだ彼氏彼女というような関係性があればお店の黒服に言って引取ってくることもできますが、そうでもないわけですから僕はまさに八方塞がりです。





冷たい人だなって思われるのも何か嫌ですし・・・僕自身は少なからずその女の子に好意があるので泣いてしまったときくらい、悲しいと思うときくらい、側にいるだけのことならしてあげたいとは思います。やっぱり楽しく一緒にお酒を飲んでくれる人で、ほっと落ち着ける人なんてそうそう見つからないので、やっぱりそれを大切にしたいと思うわけです。ある意味とっても特別な人なわけです。





キャストもお客も、プライベートな部分が多くなってくると担当制の水商売は極めてただの人間関係のものになっていきます。だんだん、仕事とプライベートの関係性が曖昧になってきてしまうという事がキャストにも起こってくるわけです。心の距離が近くなってきてしまうわけです。それで仕事とプライベートは曖昧になっていくわけです。それで、相手が酔い潰れたときの対処の仕方をひとつとっても気を使うようになっていくわけです。





お店を挟まないアフターのときに酔い潰れるという事であれば、いくらでもやりようがありますが、今回はアフターで二人で飲んでいるわけではなかったので上手にしてあげることが出来なかったので・・・少しばかり失敗した気がするわけです。





これが、色恋と人間関係の狭間ってところでしょうか。。。



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2013-11-30 : 作品作成日記 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :

経営者4年が過ぎる自分

相談を聞いたり、励ましたりしていたキャバクラの女の子と同伴でご飯を食べてから、飲みにいきました。僕としてはふわふわと飲み歩くことが好きですし、そういった経済的な余力が出てきたという事で息抜きを含めてプライベートで遊びにいく事も多くなりました。





1ヵ月に2回程度です。飲みにいく回数が多いときは、塞ぎこんでいたりするときで、2年のお付き合いのオナベバーに行きます。オナベバーは男友達ですから、居心地が良いわけです。女の子でもないけれども、男の子でもないという感じですから、とっても気楽に一緒に飲んだりする事が出来るわけです。





さてさて、参ったな:(;゙゚'ω゚'):という事もこういった場所に出入りをしていると起こるわけでございまして。僕はよくキャストとお店側の間に挟まれてしまうという変な事がよく起きます。





それが先日のことでございまして・・・指名をしている女の子が「早上がりだから、オナベにいきたい」って事だったので、一緒に行こうかって事で、その子の働いているキャバクラで飲んでいたわけです。




で・・・そこからが大変で・・・ 
「アフターにオナベに行きたいの」って事だったのでアフターで行こうか、という事でそのように約束をしていて普段は着ない着物での出勤だったのでやっぱり違う場所に行っていつもとは少し違う自分をみてもらいたいという女心もあったのでしょうから、楽しみにしてくれていたのです。





が、僕の指名している女の子と、それを担当しているお店の黒服の業務連絡が全くうまく取れておらず、また店の黒服自体も言う事がバラバラで、お店の営業時間自体の業務連絡も上手くいっていなかったために出勤してAM1:00くらいに「今日の営業時間が5時までだから」という事をマネージャーが言い、「もうずっと最近こんなばっかりじゃん。何を言っても改善されないもの」って泣いてしまいまして。





キャバクラというのは如何に女の子を指名しているお客との関係を長続きさせてリピートをしてもらうかという事に重点を置いていますから、基本はアフターを重要視するので一日の計画を立てやすいように女の子の担当の黒服は必ずお店の営業時間についての業務連絡をします。また、「早上がりが出来るか、出来ないか」という事も基本的には伝えてないといけないわけです。そうしないと女の子と指名しているお客との関係が壊れてしまいます。





最近は、女の子と、その黒服の業務連絡がスムーズに行えておらず。。。僕が指名をしている担当の女の子は鬱憤も溜まっていて、いつも頑張っていたけれども、限界だったみたいで・・・。特段文句も言わずニコニコしている女の子だったので限界だったのだろうなって・・・





特段僕自身は楽しく過ごして、お酒を飲んでいたいわけです。が・・・さすがに僕自身も女の子も泣いてしまってお店の業務連絡も上手くいかずって状態で、グタグタのお店の状態が目に余ったので、黒服をまとめる主任を呼んで説教をしてしまったわけです。





「僕は良いんだけどね、ヤバイよこのやり方じゃね。キャスト以外は収益を生み出すものがないんだから。お客はねキャストに会いにくるわけですよ。どこで飲んでも同じシャンパンをわざわざ此処で飲むって意味を考えなさい。黒服に会いに、このお店にくる人間はいないんだよ。いいかい?僕がこのお店にくる際にだいたい数十万支払ってるよ。これが利益だろ。でもね、僕はこの担当の女の子がいなかったらこのお店でこのシャンパンなんて飲まないんだよ。その点をよく考えなさい。大丈夫かいこの状態で?あと2年もたないよ、このやり方では。キャストの女の子も減ってるのが証拠だろ」





経営をはじめてから僕自身も4年ほどが経過したわけです。色々なものが見えるようになりました。どこが、どのように悪いのかという事がよく分かります。





ちょっと女の子の感情論的な部分とは違うところで説教をしましたが、運営側にたつ男性陣の方にはこう言った話をしないと伝わらないのです。収益を生み出す事がしっかり出来る体制というものを作る事で、その指名している女の子の働く場所の環境が良くなるので最終的にそこが上手くいけば、その女の子がキャストと黒服の状態で大泣きするという事は無くなるので、その点のお店の運営で説教をしたわけです。





自分がこの場所は好きだなって思った場所にはそれなりの品位を保って、その場所に行っているという事自体が恥ずかしくないようなお店になっていって欲しいと思うわけです。





それぞれの現場で色々な事があるのは分かりますが、既にお客からこれがヤバイと分かる状態というのは本当に末期の状態なわけですから、衰退していく事が予想に難くないわけです。基本的には、そのお店全体は嫌いではないですし、お店の黒服も好きですから僕はそのお店に行っています。





だから良くなってもらわないと困るわけです。キャストの女の子が泣いてしまうというのは、やっぱりダメなわけです。キャバクラという水商売は、女の子しか収益機会を生み出すものがないわけですから。


tag : ビジネス キャバクラ キャバクラ運営管理 業務連絡の重要性

2013-11-30 : 作品作成日記 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :

心のありようが変わったと思う

心のありようが随分と変わったと思う今日この頃です。僕は僕で生きていくしかないわけですから。そして、他の人もそれと同様です。




だから、他人の問題は他人の問題であってという素朴で当たり前の事をしっかりと認識をして自分の問題と分離する事が出来るようになりました。




結局は全てが自分の責任という事です。という事は他責にする人の近くにいる必要もないし、そのようになるのも自分の責任であると考えると、そのような事を考えたくなければ他責にする人と関わらないという事が重要なわけです。それは、これから誰かと一緒に暮らそうとか、そんな事を思うときにも重要な事です。




僕はぶらさがろうとしている人と一緒にいたいと思いません。養ってもらえて当たり前のような人を食わせていく義理はありません。その人の人生はその人の人生ですから、僕が保証をするようなものではありませんから。




物事や人間をしっかりと客観的に見つめなければならないと思います。自分自身の状況自体も客観的に見つめて冷静にしていたいと思います。




また、物事の善悪についてですが、良い事をしたと思っている人がいたとしても、それはその人がそう思っているだけの話でかならず反作用がありますから他方でそれによって困っている人がいます。そして、それは相対的には0となります。




概念をどこで切り取り自分がそれをどのように認識するかの違いでしかありませんから、僕自身はビジネスの点に関しては、もっと外部の対抗勢力に対して厳しく徹底的に対抗できないように圧倒的な勝ち方をしていきたいと思います。負けるのだけは御免ですから。




しばらくは、またビジネスに奔走しようと思います。あと、2年は頑張ろうと思います。30歳からは本格的な休息に入っていこうと思うのです。最近思うのは、「実はここからが勝負だ」と。




今からの2年間が最も大切な時期になるという事は間違いのない事だと思うのです。2年間はたったの730日しかありませんから時間はあまりないのです。たった730日。2014年1月1日から、またスタートをしたいと思います。







2013-11-26 : 作品作成日記 : コメント : 2 : トラックバック : 0 :

キャバクラで働く事が そんなに悪い事だろうか???

コンテンツになるような事を情報収集するためにあちらこちらのサイトを見ていて、ふと目をやったところにアイドルグループの女性の方がアイドルになる以前は「人気キャバクラ嬢であった」という記事がありまして、それに関して否定的な事がたくさん書かれていました。




そんなに悪い事なのでしょうか?




僕は馬鹿馬鹿しいなって思っています。でも、ゴシップネタでもそれで注目を集めてネットであればアクセスを集めるサイトを作り雑誌であってもそれで購読者がたくさんいるという状態にするからこそ、広告事業としてのビジネスモデルが成り立つわけですし、そのようなネタを提供する事が芸能人の仕事だと言えば構造的にその通りなのですが、それに寄せられている「元同級生」「元同僚」「元指名客」と言われる人々からのインタビューに、キャバクラで働いていた事がまるで悪いことかのように書かれているので、どうも違和感を覚えます。




よく、アダルトビデオに出演していた・・・という事が問題になる事もあります。




僕はそういう記事を見るたびに思うのです。




「だから、結局のところ何が言いたいの?」と。




世間一般的に言えば褒められたことではないかもしれませんが、別にそれを否定するほどのことでもないと感じます。という、相手の記事や文章の意味を汲むという必要もないので言及されている事に対して、結局何が言いたいの?という事がありませんので、なんだか文章をしては不完全なものを書いていると思わずにはいられないわけです。




でも、それより、過去に風俗や水商売で働いていたという事で人格を否定したいからこそ、社会一般的にあまり良いイメージでない職業についていたという事で、何かしら社会的、人間的に欠陥がある可能性があるという事に結論づけたいのだと思いますが・・・。




なんだか・・・残念だなって思うわけです。




いづれにせよ、物事は全体性を持っていますから、「陰と陽」があるから、それぞれに意味が付与されるわけですから、あまり外部「陰陽」に腹を立てる必要もないかと思いながら、それでも、それが人に何かを言われるほど悪いことなのだろうか?と疑問に感じてしまうのです。








tag : 芸能ゴシップ キャバクラ キャバ嬢疑惑 水商売そんなに悪い

2013-11-23 : ただ書き綴る : コメント : 0 : トラックバック : 0 :

第1780回「ケータイ、スマホ、タブレット、合計いくつ使ってる?」

ケータイ、スマホ、タブレットをいくつ使っているかというような内容のトラックバックテーマでしたので、NORIのデジタルのものを記載してみようと思います。




このトラックバックテーマだとどれだけのケータイ、スマホ、タブレットを使用しているかという事ですが、この際ですから、どれだけ電子機器に囲まれて、デジタルの世界で生きているのかという事をいっその事考えてみようと思います。




ケータイですが、通称ガラケー(法人用携帯)とIphone5(プライベート)を使用しています。パソコンは3台所有していて、ハイスペック・ノートパソコン1台、デスクトップ・ハイスペックパソコン1台といった感じです。




音楽ではIpod Classic120GBを1台。基本的にはIpodで音楽を聞いています。これは理由がありまして・・・Iphoneを外で使っていると、どうしてもバッテリーがすぐに無くなるので、音楽は音楽、電話は電話というように使っています。




案外と新しい通信機器などを多様しているというように思われているのですが、タブレットPCは非力過ぎて動作が遅いですし、WiFi環境なども特段通信速度が速いとは思わないですし、外で動画なんて見ませんからあまり気にした事はありません。




やはり光ケーブルに直接有線で繋いだ方がネットは快適です。マンションの中でノートパソコンを使用するときには、無線ルーターでネットを利用することもありますが、基本はデスクトップで延々と作業をしているという事が大半です。




最近はタブレットPCがかなり普及してきていますが、コンテンツを作る側の僕のようなネットマーケティングの仕事ではタブレットの使用のされ方は興味のあるところですが、自分自身が使うという事は殆どありません。Iphoneも基本的にはただ、自分がコンテンツを作成した際に表示されるかどうかの確認用として買いました。調度その際に今まで使用していたガラケーが壊れたので、携帯を新しくするついでにスマホに買い換えたという感じです。




タブレットPCは現在かなり普及してきていますし、既存のPCがかなり業務用というか、デジタルコンテンツを製作する側の製品となってきて一般家電から遠のいてきている感じはしますが、コンテンツを製作していかなければならない製作側に回ると、現在便利だと言われているタブレットなどは殆ど必要がないです。非力で使い物にならないというのが最大の理由です。




確かに一般的にはタブレットPCで充分というのも頷けるくらいに性能も処理速度も上がっているのは事実ですが、デジタルコンテンツを作成したり、ネットを主軸に事業展開をしているコンテンツ製作をしている側はやはり、普通のデスクトップパソコンでないと仕事にならないというのは、まだ当分の間は続いていくと思います。




そのうち、キーボードを使っていることさえも、時代遅れと言われる時代になるのかもしれませんが・・・物理的にキーが存在していた方が実際の作業が早いというのが、現状の状態です。キーボード以上に早いタイピングと操作感覚が得られるように進化をすれば物理的なキーボードは無くなるかもしれまえんが、かなり先の事になるだろうという事は予想に難くありません。




案外と昔に比べてデジタル家電系統のものがひとつの機器に統合されてきたので、普通の使い方、つまりは普通の通信機器として使う場合にはひとつのもので間に合うので、デジタル家電の所有数は減ってきているような気がしています。PCがあれば何でも出来るというようになってきたと・・・進化の早さにあらためて驚く次第です。




大学入学当時の2004年当時には、ネットは普及してきていましたが、まだ大学では「ネットで調べた事なんて、普段のレポートは勿論、論文を書くのなら尚更、そんな情報を使ったものは受理できない」というような状態であったのに・・・いまや、そんな事は全く無くなりました。本当に進化が早く驚いている暇もないくらいに進化していくと、思うわけです。





こんにちは!FC2ブログトラックバックテーマ担当のほうじょうです今日のテーマは「ケータイ、スマホ、タブレット、合計いくつ使ってる?」です。新しいスマホがそろそろほしいなと思っているほうじょうです。でも、候補のスマホが2つあって、今使っているものを機種変、もうひとつを違うところで契約して二台持ちにしたりしたらいいのでは…?という妄想が絶えませんが間違いなく経済的な理由でどちらかを選んで一台のみ所有に...
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tag : スマホ ガラケー パソコン タブレットPC

2013-11-22 : 作品作成日記 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :

「お金が全てではない」という言葉を都合よく使わないで欲しい

お金が全てではないよ・・・という言葉を使う人にお金を持っている人が僕の回りにはいませんでした。だから、「お金が全てではないよ」という言葉はまるで稼げない事から逃げる事のように使われているというのが実際のところだと感じています。





お金が無くて、お金があれば避けられる不幸な事を避けられないで苦労するという事を目の当たりにする事はとても多いです。お金が無いというのはただの不幸以外の何者でもありません。お金が無いという事が幸福であるという事は間違いなくありません。





そうでなければ、捨て台詞のような「お金が全てではない」というお金をい持っていない人の言葉は生まれないはずです。なぜなら、お金を持っていない事が幸福であるのならば、お金を持っていないその状況が幸福なわけですから、わざわざ「お金が全てではない」なんていう必要もないからです。





愛が必要・・・ 友達が大事・・・ 家族が大切・・・
それを否定するつもろは僕にはさらさらありません。ただ、お金なしにそれを維持し、大切に出来るわけがありません。逆説的に言えば、愛する人がいて、本当に大切だという友達がいて、家族も大切だというのなら、そのためになぜお金が稼げないのかが僕には到底理解が出来ません。





愛する人が重病にかかっています。お金では治せないかもしれませんが、最高の医療を受けさせるという事でそれが完治する可能性は格段に上昇します。少なくとも愛でそれは治療出来ません。でも、愛に基づいて、必要なお金を稼ぐ事は出来るでしょう。





大変不思議に思うのが、よく人は「それをやった事もないのに知ったかぶりするな」という事を言いますが、ことお金に関しては持った事もない人が、それを批評して、「お金が全てではないよ」というような事をいうという事が僕は違和感を感じてなりません。お金が全てであるとは思っていませんが、離婚の原因も、生活の困窮も、結局のところお金の問題です。お金が使いきれないほどあっても、結局のところ心が満たされない、虚しさを感じるという事を体験した事がない人にどれだけお金が全てではないと力説されたところで、そもそも、「あなたは、それを言えるだけのお金を持ったことないじゃないですか?」としか思いません。






もっと言えば、「お金が全てではない」という事なんて誰もが知っている事で理解していることです。恋愛をしたければ相手が要ります。その相手はお金では買えないと言いますが、お金がなければそんな関係も築く事が出来ません。生活を維持し、二人の楽しみを持つためにはお金は絶対的に必要で、そこに愛する子どもが生まれれば、教育をするためにお金がいるし、食料の確保のためにお金がいるわけです。






いつまでも、お金の事から目を背けて、稼いでいる人を批判するような価値感は大変に淋しいものであると思います。しかも稼いでいるという人は、皆努力をしています。なるべく効率よく仕事が出来るように、また自分の労力が減るようにと仕組みを作る事に多大な努力をしていますし、それに膨大な時間をかけています。





まるで努力をしていないかのように言う風潮なども・・・どうかな・・・って思います。結局誰かの責任して自分に責任はありませんと言いたいのだろうかと違和感を感じるわけです。






稼げない自分を正当化する言葉として最近「お金が全てではない」とよく使われていますが、結局、逃げているのだろうと、そう感じます。お金が全てではないけれども、お金は基礎であって基盤ですから、そえれがなければお話にならないという事が正しいと思います。






基礎がなければ家が建たないのと同じです。家を建てる際に、「基礎が全てじゃないよ」と言っているようなものが、いまの「お金が全てではない」というのと同じ論理構造をしていると思います。基礎が全てではないのは当然で、けれどもそれが無ければ家が建たない。だから、それがなければお話にならないという事であると思うのです。






2013-11-16 : 作品作成日記 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :

何のために?

君は確かに成功を手に入れた。周囲から見ればうらやましいくらいの成功を手に入れていた。夢にまで見た服飾デザイナーという職業に、自分のデザインした服のブランドまで立ち上げて、多くのタレントやスポーツ選手がそれを愛用していた。




君という人は女性で、小柄でとっても可愛い声の女性だった。年齢は32歳だけれども、どこから見ても32歳になんて見えなかった。とても幼い顔立ちをしていて、どこから見ても20代前半のこの世界の汚れなんて全く知らないような、そんな女の子に見えるのだった。




けれども彼女が服飾デザイナーとして独立して世間から認められるまでになるには大変な苦労があったのだ。寒い冬の夜のこと、電気もガスも水道も止まったしまった中で、真っ暗な部屋で寒がりな彼女はありったけの毛布にくるまって「世界はあたしを中心に回ってる。絶対にデザイナーになるんだ」と何度も何度も小さな声で膝を抱えて唱えたそうだ。




瞳からは次々に涙が溢れ出して頬と伝っていく。それでも、嗚咽を漏らしながら「絶対になるんだ。デザイナーになるんだ・・・」と唱え続けたんだ。




だから、彼女はお金が無い辛さも良く知っている、社会という抽象的なものに自分の存在を認識させるという辛さもよく知っている。




けれども、彼女は言う。「あたしお金に興味がないから」と。そして彼女はとても慈悲深いけれども、相手を堕落させるような助け方は絶対にしないのだ。お金が必要であるという人に対して彼女はお金をあげるという事はしない人だった。




それは彼女の考え方にあるのだと思う。あるとき、人が生きることについて二人で話をしていたとき、彼女はこんな事を言った。




「あのね人って必ず自分で生きる力を持っているの。必ず生きていけるように出来ているんだよ。その力が各個人にあって生きていけるんだ。だから、問題に直面したときに手を出してはいけないんだよ。その人が考えてそれを解決するか、逃げるか、いづれにせよ自分で決定して、その行動の結果を得なければいけないのよ。でもね、いづれにせよ、人には自分で自分を生かす力があるの。だから安易に手を出してはいけないの。結局は自分で解決をしなければならない事で心まで救ってあげられるわけではないのだから」と。




僕は彼女の話を聞く事が好きだった。澄んだ声。女の子らしい可愛い声。でも、深い深い絶望と儚さを連想させる、その独特な抑揚をつけた喋り方。




彼女と話していると僕は勇気付けられた。特に自分と向き合うという事について、自分の人生というものについて、どのように向き合うのかという事をよくよく考えさせられた。




彼女は成功して、お金もあって、と端から見ればとっても満たされているように思えるけれども、余命宣告されていた。だからこそ、彼女は出来るところまではやらなくてはならないと必死になっているように思えた。彼女というデザイナーを失ってしまった後の、彼女のブランドはデザイナーが不在という事になってしまう。彼女が作るデザインで仕事を得ていた人々は全ての職を失ってしまうのだ。




彼女は、「これはあたしが望んだ仕事だし、いまは、もうこれを辞めるという事は出来ない。色々な人が動いているから。これはあたしの責任だから」とそう言って、身体の痛みに耐え、薬を飲んで、それでも笑顔を絶やさずに、優しい声で話をしてくれるのだった。




僕は彼女の病気を可哀想だとは全く思わなかった。同情をすることなんて何一つなかったからだ。だって、彼女はずっと、ずっと、大丈夫な気がしていたから。僕は彼女の生命力は他の誰よりも強いと感じたから。




彼女本人は辛い事が多いのかもしれないけれども、僕は「君なら大丈夫な気がする。すぐに良くなるもの」と笑っていられた。それくらい、生命力の強さを感じさせる女性だったのだ。彼女の世界には、そんな事は関係ないと思わせるほど、彼女は強い精神力を持っているようにも同時に感じていたのだ。





でも、結局、彼女は何の為に、いまデザイナーという仕事をしているのだろうか。少なくとも僕が彼女の仕事をする姿を見て、もうそれはただの義務となっている気がした。責任と言っても良いだろうか。少なくとも、そこに生きがいというか、そのような生きる力になるようなものがあるとは感じられなかった。




どちらかというと、そこに居る人達との時間を重く受け止めて、自分がこの世界からいなくなった際に、そのデザイン事務所はデザイナー不在になるわけであるから、それを少しでも遅らせようと必死になっているように思えたし、また、自分がいなくなったなあとしばらくは新作に困らないようにとデザインを次々に考え出しているようにも思えた。




結局は何の為に、彼女がデザインをし続けているのかは僕にはあまりよく分からなかった。今となってはもう彼女と話も出来ないから、ひとつひとつ思いだしながら、自分の記憶に残っていることや、感覚的なものを頼りに、それを今更ながら考えるしかないのだけれども、結局のところどれだけ考えたところで彼女は最後の最後になるまで自分不在で生活に困る人が出ることを心配していたような、そんな気がするのである。




彼女は何を考えて、何を感じて、結局手に入れたその地位に、何を感じていたのだろうか。その瞳に、この世界はどのように見えていたのだろうか。




僕はそんな事をときどき考えるのである。自分の人生とはいったい何を目的として、自分は歩んでいるのか、何を求めているのか?という事に向き合い吐き気に眩暈を感じるとき、いつもデザイナーの彼女の事を思いだすのである。僕も彼女と同じように確かに思っていたものを手に入れる事が出来た。そして、それを突然やめる、放棄するという事が出来ない立場になり、市場の中で勝ち続ける事だけを考えて動き続けている。働いているのではなく、市場は僕にとてっては戦いの場所であって、市場シェアの拡大をして利益を最大化するという事が目的であるから同業者は潰していかなければならないのだ。それがビジネスという世界なのだから。




少なくとも彼女と僕が使う事が違っていても実は同じような世界の中で戦っていた事は間違いのないことなのではないかと思う。きっと、彼女は否定するだろうけれども・・・。実際、本当にそうなのかは今となっては分からないけれども。もう、彼女と穏やかな時間の中でお話が出来る事は二度とないだろうけれど。。。







tag : 人生の目的 服飾デザイナー 短編小説 ビジネス 市場

2013-11-16 : 短編集 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :

冬になるとなんとなく寂しい気がするのはどうしてなのだろうか。それは、きっと過去の思い出のせいなのだろうと、そんな風に感じる。



冬は寂しい季節なんだ。何が寂しいのかというとそれは難しいけれども、寒さはわびしさを増長させるのだ。それはきっと、外部からの温かさというものを感じられないと余計にそのように思うのだろう。



かと言って、誰かと肌を重ねているときに、その寂しさやわびしさが消えるかと言えばそうではない。誰かと肌を重ねているときには、その体温が心地よいという事は言うまでもないが、しかしながら、その温かさも、この気持ちよさもすぐに過ぎ去ってしまうという事が分かっている分、胸が締め付けられるのである。




どこまでいっても抱えていかなければならない寂しさ、切なさ、儚さは、いづれこの肉体の限界が来るまで感じ続けなければならないものなのだろう。




繋いだ手がいづれ離れてしまうことを知りつつも、手を繋ぎたいと願うのはどことなく馬鹿馬鹿しいけれども、それでも、そこには幸福に似たものが存在していて心に何かを残していくに違いないけれども、それはやはり悲しく、儚いことのような気がするのである。



いつか、その繋いだ手が離れて・・・先に飛び立たれてしまった際に、残された自分はどうすれば良いのだろうか。そう考えると、あまり安易に誰かと手を繋ぐという人生の選択をする事に戸惑いを覚えるのもまた事実なのである。



そこに一瞬の幸福があったとしても、失ったときに正気を失ってしまうのではないかという恐さが僕の心の中に、大きく絶望的な不安として大きく真っ黒な染みのように消えないのである。






tag : 恋愛 短編小説

2013-11-14 : 短編集 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :

努力が報われない社会はおかしいと言う 言葉に対して思うこと

「努力が報われない社会はおかしい」とここ数年よく言われます。労働環境が悪いとか・・・僕は起業してから思うのですが、かなりおかしい事を言っているとしか思いません。




労働環境が悪いって どこまで甘える気なのかな・・・どこまで他人の責任にするつもりなのかな・・・と思ったりします。




起業をしてみると分かるのですが、大企業・中小企業の労働環境を作るためにかなりのお金を使っています。起業するとそれ以下の環境からはじめるわけです。持っているのは事業計画とほんの僅かなお金と、健康だけです。健康を壊したら終わりです。




それで健康を害しても文句は言えないわけです。そして、何も本当にありません。




努力が報われないと言うなら、自分で起業すれば良いだけです。よく考えて欲しいのですが努力が報われない社会ではなくて、人に労働力を提供するという契約をして雇用されているという事を忘れないで欲しいと思います。




こんなに頑張っているのに。。。。と文句を言うのなら、自分で起業をすれば良いのです。将来の事が分からなくても、やっていくのが起業家です。労働環境の良さ、悪さという事なんて言ってられないんです。




努力が報われない社会というなら、自分で起業をしてやって本当に努力をして下さい。たったそれだけで人生は変わります。他人の責任ではなく、あなたがそのような人生を選択したのです。




本当に本気にならない限りは、何も変わりません。




努力が報われないのではなく、そもそも努力をするって事を履き違えてはいけませんよ。契約上決まった雇用をされて与えられた仕事をするというのは実のところ何も生み出していないという事に気がついて欲しいと思います。




会社が評価をしてくれないのではありません。もし、その人個人がいなければ数億円の赤字になるというような状態なのであれば、そもそも企業にその人にかなりのお金を支払うでしょう。つまり、厳しい話ですが、誰でも出来る事をしていれば、給与が低いのは当たり前のことです。




努力が報われないわけではなく、そもそも努力をしなくても仕事が与えられるという場所にいるという事を忘れないで欲しいと思います。




そこから抜け出すのも、抜け出さないのも個人の自由です。でも、そこで働いている以上は文句なんて本当は言いようがないという事にも気がついて欲しいと思います。




2013-11-08 : 作品作成日記 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :

トマトジュース 毎日1本

トマトジュースを毎日1本飲んでいるNORIでございます(^ω^)



トマトジュースを毎日飲むと、すっごくお通じが良くて、トマトジュースを辞めた途端にお通じが悪くなるのでトマトジュースを900mlを毎日1本消費しています。



巷では痩せるとか、痩せないとかという噂がありますが・・・それよりは老廃物を素早く身体の外に出してくれる方が大切でございまして・・・毎日飲まないとお通じが悪くなるという事で、毎日ゴクゴクと飲んでいます。



セブンイレブンに毎日調達しにいっています。そろそろ箱買いをしても良いのではないかと思うのですが、基本的に僕はパソコンの前で延々と仕事をしているので、コンビニにさえも出歩かなくなったら廃人になるような気がしてコンビニに行くくらいの事はしようという事で、通販で箱買いという事はしていません:(;゙゚'ω゚'):



もう少し健康的に生きていくようにしたいと思いつつ・・・なんだか生活のリズムが非常に悪いという事に最近は少しばかり・・・この生活態度を変えていこうという努力をしようかと思っています。




血液検査結果で、なんと中性脂肪が酷い事に:(;゙゚'ω゚'):体重はあまり変わっていないのですが・・・さすが三十路手前という事で、基礎代謝がかなり落ちているという事でしょうね・・・。半年前は正常値であった中性脂肪の値が・・・もう、それは悲惨な状態になっていたわけでございまして。。。深夜にコンビニで何かを買って食べる事を辞めました。




どうしても夜中に仕事をしていると、何かを食べたくなったりするのですが、なるべく寝不足が続いているときなどは食さないようにしようと思います。



実際、一食分を身体が頑張って消化活動をする際にも身体には疲れが溜まるそうです。一食につき約3時間の睡眠が必要になるという事らしいです。



何の本かは忘れましたが、そのような事を書いてある本がありました。3時間睡眠法だったかな???



でも、普段食事は少なめだった僕ですが、ストレスがあったりして生活が乱れてくると何かと食している事が多くなるのも事実ですが、食事が多いときほど良く眠りますから、あながち間違いでもないような気がします。空腹になりすぎもよくないのかもしれませんが、身体が疲れているのに食事をするというのもあまり身体には良くないような気がしています。



実際、疲れている際に食事をするとすぐに胃もたれします。蕎麦でさえも胃もたれしてしまう事がありますから・・・相当身体に疲れが溜まっているのかもしれません。



なるべく健康的に留意をしなければならない年齢になってきたという事ですし、年齢を重ねてからいきなりガクッとくるという事もよく言われる事ですから、気をつけていきたいと思います。



そしてトマトジュースは老廃物を早急に身体の外に出すという事を考えると、トマトジュースはこれからも飲んでいこうと思います。



お通じが・・・という方は一度、トマトジュースを1週間程度試してみてくださいね。食事の前にまずトマトジュースを飲んで食事をしはじめると、食事の量も減りますからカロリーの摂り過ぎの防止にもなりますからトマトジュースは生活の中に取り入れるとすんなりダイエットも出来るのではないかと思います。









トマトジュースはちょっと・・・という方に流行ったのがトマトのサプリメントでトマ美ちゃんですかね?栄養素としてはサプリメントは吸収しやすいように考えられているので、トマトの効能を手軽にというのであればトマ美ちゃんを購入してみるのも良いかもしれませんね。


夜スリムトマ美ちゃん













tag : トマトジュース 毎日トマトジュースを飲む お通じにトマトジュース トマ美ちゃん

2013-11-07 : トマ美ちゃん : コメント : 0 : トラックバック : 0 :

シャンパンが高いだけですと(; ・`д・´)

なんとなくブログの記事を整理していまして、アクセス解析を久しぶりにみていたら検索キーワードで「シャンパン高いだけ」という少し淋しい気持ちになるキーワードがありました。




シャンパンはシャンパーニュで作られたスパークリングワインの事をシャンパンと言うわけですが・・・正式にはシャンパンではなく「シャンパーニュ」が通称シャンパンの正式な名称です。




話はづれましたが、シャンパンが高いだけと思うのなら飲まなければ良いというだけのお話でございまして、なんで価格が高価というだけで悪みたいないイメージで敵視をするような感じがあるのでしょうか。少し淋しい気持ちになりました。僕が勝手にそう思ってしまっただけかもしれませんが・・・でも価格が高いという事に対してよく文句を言っている人を見かけますし、それが僕はあまり好きではないので・・・だって買えないとかという事が起こるのは結局のところ本人の責任ですもの。




シャンパンが高価な理由というのはしっかりあって、シャンパンと呼べるものにするのにブドウの品質をかなり気にして結局のところ1本もシャンパンが造れないという年もあります。そして、ドンペリのようなヴィンテージになれば、運よくつくれたという部分も大きく数年という期間がかかるわけです。




現在市場に出ているドンペリでもっとも新しいものは2004年のものです。9年も前のシャンパンが最も新しいシャンパンなわけです。2004年につくられてヴィンテージとして出てくるものは数に限りがあります。無限にあるわけではなく、貴重なものであるという事は変わりありません。




なんで高価になるのかと言えば、もうお分かりですよね?欲しい人が多い物で、それが品薄という事になれば高価になりますし、造るのに数年の期間がかかるお酒をボトル1本 2000円とかでは売れないですよね。




それに、「ある特定の物を高いだけ」と評してしまっては、結局のところ全てのサービスや物などがただ高いだけという評価になってしまいます。だって100円ショップの時計であっても、ロレックスでも目的は時間を知ることなわけですからそこからすればロレックスなんて「高いだけ」となってしまいますよね。





フェラーリだってそうです。そもそも公道で乗りますような車ではないですしね。それこそ高いだけってなってしまいます。





人によって物やサービスに対する認識は様々ですが、単に値段が高いと言ってしまっては、まあ真実ですが、でも反対に言えば、その評価を得るために努力をしてきた人々の努力を認めないという事に他なりません。それだけの価値のある事をしてきたからこそ価格が保たれているのです。





シャンパンに関しては人によって味の感じ方、好みがありますから、その好みは個人の感想ですが、シャンパンが高いだけというのは少しばかり頂けないと感じたのです。




それに、やっぱり皆で飲むシャンパンは最高です。ここまで頑張ったという一区切りとしてコルクを抜くときのあの高揚感とシャンパングラスの中ではじける泡。そしてグラスを皆で合わせる瞬間。そんな風に一緒に頑張っていける仲間と余剰のお金で飲むシャンパンはやはり最高の味だと思います。




一人でじめじめと飲むものでもありませんし、湯水のようにガブガブ飲むものでもありません。ぼろぼろになりながらも頑張ってきた本当の仲間と酌み交わすのです。また大切な人とゆったりしながら飲むものです。




努力の賜物である最高のシャンパンを最高の仲間や最高の恋人と一緒に飲む。だからシャンパンには価値があるんです。そしてもっと言えば高価なお酒だからこそ、それを飲むという事自体に価値が生まれるわけです。努力をしなければ飲めないお酒ですから。




「お金じゃないよ」という価値感なら最高の瞬間のためにいくらでもお金を出してシャンパンを飲むでしょう。でも、最高の瞬間を彩るためのお酒をケチるというのはどういう事なのでしょうか???無駄にみせびらかすためにシャンパンを飲むのではなく、最高の人と最高の一瞬のために、精神的な満足を得るために高価なシャンパンを飲むのです。




ある意味、シャンパンは成功の証であるとも言えます。それに、やはり自分で買って一人でじめじめ飲むものではありませんから結局夜のお店でボトルを開けることになりますから、そこそこ余剰のお金を持っていなければ飲めないわけです。だから、それはまさしく成功の証です。




そして高額なお金を支払うというのは、自分が好きな人がそのお店に居る場合には、幸せのお裾分けのようなものです。お金を支払うというのは、損ではなく、必ず誰かが幸福になっているという事を忘れてはいけません。支払わされていると思うのなら、お店でサービスなんて受ける必要なんてないんです。




自分一人では手に入れることの出来ない感情を、そこで受け取ることが出来るからサービスにお金を支払うわけですから。成功をして楽しくしていれば、その周囲も幸福に出来るようなお金を使う事が出来ます。それって幸福な事だと思いませんか?





だか努力をして成功を目指すんです。シャンパンをもっと一緒に飲んで微笑み合いたい人達がいるから頑張るのです。毎日が少しくらい泥臭くても、地味でも、ひたすら成功を目指してやっていくわけです。










tag : シャンパン 努力 成功とシャンパン 最高のひとときにシャンパンを

2013-11-03 : 作品作成日記 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :

ビューティフルマインド ~ 天才数学者 ジョン・ナッシュ






昨日、もう6年も通っている診療内科に処方箋をもらいに言った際に、調剤薬局のすぐとなりにある書店でジョン・ナッシュの文庫本が平積みになっていたので手に取りました。




ビューティフル・マインドって聞き覚えのある方も多いのではないかと思います。以前映画にもなったと思います。天才数学者、ジョン・ナッシュの映画で2002年に上映されていたと思います。僕は映画は見ていないのですが、ジョン・ナッシュは好きな数学者です。




ジョン・ナッシュは若くして、その才能を開花させたのです。そして、ジョン・ナッシュの指導教官であった大学の教授からの推薦状の言葉はただの一言だけ「彼は天才である」とだけ書かれていたそうです。





天才ですが・・・彼の行動を聞く限り、現代の言葉で示すなら社会不適合という言葉で示されるのだと思います。けれども、卓越した頭脳と数学に対しての想いがあって、彼はその世界にいなければならない人です。ジョン・ナッシュの大きな功績はゲーム理論をうちたてて、ノーベル経済学賞を受賞した事が最も有名なのではないかと思います。




でも、僕は、ノーベル経済学賞を受賞した事をよりも、ジョンナッシュが研究していたリーマン予想の証明が最も好きです。ジョンナッシュ自身がインタビューで答えていますが「数学は論理的な自分と、全く非論理的な自分を見つめて、時には論理的に、時には非論理的と動く幅が大きく、それが精神を壊した原因ではないか」と。




ジョン・ナッシュは統合失調症を患っているのですが、それが出始めたのがリーマン予想の証明がままならなかった事に起因しているという事を本人もインタビューで答えています。




数学に興味がない人でも充分に楽しめる書籍であると思いますし、何か人生に於いて悩みがある人も勇気付けられる伝記であると思うので時間のある方は一度手にとってご拝読頂けると良いかと思います。




辛くても、辛くてもやはり数学に向かいあって生きているジョン・ナッシュの物事に向かい合う姿勢は、好きな事が分からないという方や、人生に於いて目的を失っている人にとって刺激を与えてくれることでしょう。けれども、同時に楽しい事ではないという事もまた良く分かるのではないかとも思います。





本当に向かいあうというのは、このように自分をすり減らしてギリギリのところで生きていくことなのかもしれないと思うのです。









tag : ナッシュ 数学者 書評 統合失調症 リーマン予想

2013-11-03 : NORIが読んだ書籍 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :
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