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神様見習いの溜息のわけ ~ 神様の世界の退屈

人間という生き物はどうして永遠を美化するのだろうか。この世界に落とされてから常々疑問に思っていた。こうも、直線的に物事を考えてしまう人間の思考では、いつまでたっても筋の通った調和のある世界を築く事なんて出来やしないのに。それに、調和がとれた世界というのは、実は人間が思っているほどの世界ではなく、起伏のない完全なら調和が存在しているだけの、それが永遠に広い空間に横たわっているようなそんな世界であるというのに。



公園でブランコに乗りながら、神様見習い研修で下界に下ろされた神様見習いは溜息をついた。空は青くてキレイだった。神様見習いには、この世界はそんなに悪いところではないと思っていた。



こんなにキレイで脆くて美しい世界があるのに、人間は楽園を求めるんだな・・・とも。



神の世界には、あまり起伏がない。感情という概念が殆どないのだ。ただ、穏やかに過ぎていくのだ。不幸がないから対概念の幸福という概念も存在していないのだ。「悪」も概念として存在していないから、もちろん「善」という概念も存在していない。完成された完璧な調和の世界が神様の世界なのだ。



神様見習いにとっては、それがとても退屈だったのだ。結局のところ、無い物ねだりの心が無くならないからこそ神様見習いなわけで、完璧な調和の世界で生きる事が出来ないから下界に下ろされるのである。



ただ、この見習いは少しだけ他の神様見習いとは処遇が違っていた。それは、神の世界の記憶をそのまま持って人間として下界に落とされたという事だ。通常はそんな処遇はありえない。下界に下ろされる際には記憶を消されて自分もまた神になる存在であるという事を微塵も感じさせないように、そして不調和から調和を学ぶためにいびつな精神構造と外部環境から何かを得て失敗をして、成功をしての繰返しの中で汚さを自覚させることを目的としている。



けれども、この神様見習いは、記憶は全て持ったまま下界に落とされたのである。だから見習いにとっては、この世界が起伏で溢れており刺激ばかりの毎日で、それが又たまらなく神様見習いにとっては魅力的に見えたのだ。完全な調和の世界を知っているだけに、この歪さが逆に神様見習いにとって美しいと思えるのだった。



神様見習いはダイアモンドの輝きが大好きだ。神の世界にはそんなものはない。ただの円と球体が完全な調和であって、その中の構成要素のひとつでしかなく、淡い薄桃色のような世界。それが神様の世界なのだから、こんなに脆くて美しい輝きを放つようなダイヤモンドのようなものは神様の世界には存在していないのだ。



いづれ消えてしまうもので構成されているからこそ美しいこのダイヤモンド。完全な調和の一部になれば、これも存在はしないものであるからこそ、神様見習いにとってはそれが美しいものに思えるのだ。永遠が保証された完全な世界では、永続的にそれが続くという退屈な世界であるから、神様見習いにとっては、この世界の形のあるものがすべて儚く美しいもに見えるのだった。



神様見習いは「桜」も大好きだった。ちなみに神様見習いは日本に落とされた。はじめて桜を見たのは、案外最近である。神様の世界と同じような淡いピンク。白に近いピンク。瑞々しく、晴れやかで、そして儚い桜。美しいけれど、心が裂かれてしまうくらいの激しい痛みを心に感じるような桜の儚さ。神様の世界には存在していない、ただただ、心を奪われてしまう永遠ではない一瞬の美しさ。



神様見習いは、ずっとこの世界に居たいと思った。人間っていいなと思った。こんなに美しい世界で暮らせているのだから。この感情が揺れる感覚は神の世界には存在していないのだから。胸のそこから愛しく儚い感覚。甘くとろけそうな程の痛みに痺れ。



こんなに美しく脆く甘美な世界で神様見習いは、やはり見習いなのだった。神様見習いが神様になれる日はやってくるのだろうか。



完全なる調和の世界から、後輩を見つめる神様は少し神様見習いの事が心配になったが、見習いが楽しそうにしている姿をみて微笑ましくもあるのだった。









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tag : ショート・ショート 短編小説 神様 見習い 人間世界 儚い桜

2013-09-28 : 短編集 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :

論点はそこじゃない ~ 

最近、貧困問題としてクローズアップされる事が多くなってきました。その際に、よく貧困問題の家庭環境とか、社会政策の問題点、社会福祉の問題などを論点として、これで良いのかという議論を延々としている番組があります。




僕はそれを見る度に、キレイ事だけを偉そうに語るだけなら誰でも出来るだ・・・と溜息が出ます。また、少し怒りにも似た感情に襲われます。




最も重要な論点を忘れて、そこを飛ばして議論をしているからです。




いくらキレイ事を言っても良いです。でも、忘れないで下さい。それを支援するための財源はどこにあるですか???誰がその財源を出すのですか???




つまり、お金さえあれば解決してしまう問題です。殆どの問題がお金があれば解決するんです。でも、今のキレイ事議論だけを見ていると、お金の事を無視をして、支援するためのお金が足りないのなら、ではそのお金をどこから調達するのかという発展的な議論と具体的行動をしている団体を僕は見た事がありません。




結局のところ国の制度が悪い。。。もっと、弱者に支援を。。。民間団体も声を上げて国に抗議しようというような行動が殆どです。




なんでお金を出し合ってみようという議論が出てこないのでしょう。その団体で何か社会的な活動をして価値を提供して、お金を確保していこうという議論が出てこないのでしょう。社会活動を否定するわけではありません、本当にキレイ事だけではなくて実際に早急にでも対応していこうと思うのなら、本当にそれが問題だと思うのであれば、そこに集まった人々が神妙な面持ちで集まって一銭にもならない議論などを繰り返している場合ではありません。




ただ、国を批難するだけの集まりでは何も変わりません。そのように団体としてあつまって社団法人などを結成するのであれば、その団体としての価値を社会に提供してお金にして下さい。そうしない限り問題は何も解決しないですし、その団体も勝手な事を言っているだけの集団に過ぎません。




結局、自分の腹は痛めたくないけれども、キレイ事を言いたいってだけではないか・・・と。例えば、就学が苦しい親戚がいるのなら、月に1万円でも自分の財布から与えてあげれば良いでしょう。そのような活動に参加するより確実に一人助かります。




でも、自分の財布から出したくないんですよね。。。と思わずにはいられません。




どのようにしても、お金が無ければお話にならないんです。誰かが与えてくれるわけではありません。それが貧困という事が本当に問題であると言うのであれば、それを問題提起している人々はどれだけそれに命を懸けて訴える事が出来るのでしょうか。





命を懸けて訴えるというのは、その問題の本当の問題部分にどれだけ向き合ってそれを解決するのかという事です。つまり、お金も問題ですから、いかにお金を稼ぐという行為をどれだけ支援する事が出きるのか、又、お金を稼ぐためのビジネスのスキルなどがつくまで、支援するだけの財源をどれだけ確保する事に奔走する事が出来るのかという事を指します。




僕は僕で、出来る事をしたいと思っていますのでビジネスの拡大を目指しています。僕が何歳でそれを出来るかは分かりませんが、人に何かをするというのは、お金が必要なんです。




僕は自分が両親にしてもらった事と同じ事が出来るような孤児院を作りたいと思っています。一人の子どもに満足な教育などを与えるために、自分が与えてもらった教育や、それに近い家庭環境とほぼ同じくらいの水準のものを作って乳児院を運営するとすれば、人数の受け入れは多く出来ませんが、かなりのお金がかかります。




最高でも10人くらいしか受け入れらないでしょう。全員を大学卒業まで預かるとして、単純に一人約2600~4000万円のお金が必要です。10人全員に4000万円かかると計算した方が安全でしょうから単純に考えて4億円必要です。




国のお金に頼る事はしないでこれをやりたいと思っています。でも、僕の体は一つしかありませんから、お金を稼ぐという事に注力をして、それがプラン通りに動くように、人の時間を買っていくしか方法がありませんから、多分もっとお金が必要になるでしょう。




だから、今のビジネスでは全く足りないのです。普通の世帯としてやっていくのならやっていけますが、上記のような孤児院を運営しようと思うと全く足りないです。




だから、もっと、もっとビジネスを拡大し続けなければなりません。小さな額では全く足りないのです。でも、多分こういう事は必ず叶えられると思いますので、とにかく、やっていけるように事業を拡大していこうと思います。もっと、もっと、もっと、ビジネスの拡大を求め続けて効率よく拡大をしていこうと思います。




圧倒的なスピードで、誰もが驚くようなスピードで急成長をさせて価値のあること、意味のある事を、この世界に遺していけたらと思うので、僕は独自路線ですが、やってみようと思うのです。




自分の責任の範囲で、誰かの責任にするのではなく、国の政策が悪いとヤジを飛ばすのではなく、ただ自分に出来る事を合法的に行って力をつけていき、これは意味があると自分が確信する事を、やっていきたいと思います。










tag : 国の政策 論点 お金 孤児院 乳児院 税金に頼らずに慈善事業

2013-09-24 : 作品作成日記 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :

絶対に忘れてはいけない事 ~ 個人の問題を外部から解決することは出来ない

絶対に忘れてはいけない事も人は忘れてしまうから、だから何度も同じ事で失敗する事はあるかもしれないけれども、けれど、その度に確認をしてなるべくその記憶が長持ちするようにしていかなければならないと感じます。



最も忘れてはいけない事は、自分の力で人を助けることなど出来ないという事です。個人の問題は結局のところ、その人自身が自分で乗り越えていかなければならない事で、外部が何をどのようにしようと、その人自身が最終的に決定をして、その問題や困難に立ち向かって、概念を構成していかなければならないのです。



人間関係に於いて、最も分かりやすい例を出すと、やはり恋愛が分かりやすいのではないかと思います。その人のために何かをしてあげたいとか、助けてあげたいとか、そう思うのは自然な事だと思いますが、しかしながら、最終的に自分には何も出来ないという事を頭の片隅に置いておかなければなりません。



何も出来ないというと語弊がありますので、もう少し説明しておきます。



大切な人がいるとしましょう。その人が何か悲しくてないているとします。話を聞く事は出来ます。それによってその人の心が幾分か楽になる事はあるでしょう。



だから、決して何も出来ないという事ではありません。しかし、最終的にその悲しさを外部的にどうにかしてあげる事は出来ないという事です。だから、何かをしてあげたい、自分がどうにかしてあげたいというように思い上がってはならないという事を言いたいのです。



結局最終的には個人の世界感の中で、自分がそれに立ち向かっていかなければならないし、又は逃げても良いし、その選択は本人が最終的に決めて、本人がそれを解決していくしか解決の方法はないという事です。



だから反対に、自分に問題がある場合には、外部に何かを依存して助けてもらえる事は絶対にありえないという事です。物理的な事や、お金の面では助けてもらえるかもしれませんが、思考の中の葛藤であったりというものを解決するのは自分以外の何者でもありません。ですから、結局のところ人は自分の価値感の中で物事を解釈し、個人が世界を勝手に作り出し、その世界を見つめて何かを感じるわけですから、問題を解決するのは自分しかいないという事なのです。



だから、誰かを助けたい、助けられると思い上がってはいけません。それこそ身勝手な事なのだと、そう感じていなければならないと僕は感じています。なぜなら、自分がどうにかする事が出来ると考える事は相手の生きる力を否定するという事に他ならないから、個としての存在として相手をみるときにそれは大変失礼ですし、その個人という存在の強さを否定している事に他なりません。



そのようには思っていない・・・と思われるかもしれませんが、相手の生命力、問題解決能力を信じているのならば、そのように、「自分がどうにかしてあげる」という考え方にはならないはずなのです。ただ、側にいて和らげてあげるという事は出来るに留まるという事を認識をして、自分自身が何かをしてあげられないと自分を責めるべきでもありません。そもそも、何かが出来る、助けてあげられるという事自体が、かなりの思いあがりなのですから、そもそも、そんな事は出来ないのだという事をしっておけば、それに対して自分を責めることもないでしょう。



個の世界の中で、各個人が自分の問題に立ち向かわなければならないのです。これが、本当の現実です。これを理解して互いに側にいられるような人間関係を目指すべきであると思います。



それぞれに独立した個の強さを持ち、ときどき、どちらかが悩んでいたり葛藤しているときに、少しだけ安らぎを感じてもらえて、また自分の問題に立ち向かう力を補給できるような、そんな関係を目指すべきだと、そう思うのです。




これを忘れないように、思いあがらないように、僕自身も個人としての強さを持って生きていきたいと思います。自分の問題から逃げようとしてはいけません。それは結局、一瞬の高揚感などで掻き消したところで、自分が問題を理解して解決する思考体系を築かない限りはずっと問題は解決する事はなく、また無力感に襲われるのですから、自分の世界感を少しづつでも、泣きたくなっても、自分で構築していくしかないのです。




外部に助けてもらおうとしても、自分の心の概念の形成を外部からしてもらえるわけではありません。また、そのようにしてもらえるとしても、結局のところ自分が最終的に窮屈になって、また無力感に襲われるという悪循環に苦しむことになるのですから、今、この瞬間が苦しくても外部から自分の世界感を定義しようとしてはいけません。自分の世界を構成するのは自分のフィルターをかけた、自己が得た知識の体系やパターンなわけですから、自分が自主的に選んで、その自分の世界の知的構成を構築していくのです。




そのような強さを持って、個としての存在の自分を確立させて、相手の何かを変えれるというような、助けられるというような思いあがりをしないように、謙虚に人間関係を構築していけたらと思うのです。そして、個人にはそれぞれに生き抜く力があるのだという事を信頼をしていこうと思うのです。








tag : 恋愛 誰かの為に 外部問題 個人の問題の解決 自分で問題を解決する 思いあがり

2013-09-20 : 精神世界 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :

スマホより やっぱりパソコンが好き

通称ガラケーが壊れて、iphoneに変えてから半年以上が経過しました・・・。それでスマートフォンは本当に活用されているのかというと、殆ど全く活用されていません。




最近は、いつでもどこでもスマートフォンの画面を見ている人が多いですが、特段外出しているときにネットを見たいこともありませんので、殆ど僕は活用をしていません。アプリで遊ぶという事もありませんし、音楽はipodを使いますし・・・正直音楽をiphoneで聞くなんて、バッテリーの事を考えると恐くて出来ません。




仕事の電話もiphoneで受けるわけですから。。。スマホを使用するのは、スマホ表示のサイトの確認くらいで、最近はその確認もありましませんから、やはりスマホをスマホとして使う事は少ないわけです。。。




やはり、パソコンをハードに使う生活の僕にとってはスマホはパソコンの代用にはなりませんので、なんだかんだといってパソコンの方が効率が良いですし、スマホではネットのコンテンツは作れませんから、情報を見るだけの端末がスマホなのだという事を実感しています。




パソコンに慣れているからだとは思うのですが、パソコンの方がやはり表示自体も見やすいですし、スマホに対応したサイトを作成しても、なんだか変な感じです。その感覚をもしかしたら「オッサン」と言うのかもしれませんが、やはりスマホではスペックが全く足りないわけでして、やはりパソコンの方が好きという気持ちになっています。




なので、やはりウルトラブックが限界なのだろうと思います。実際のところはノートパソコンも僕にとってはデスクトップに比べれば使いにくいという事がありますから・・・ですから、やはりデスクトップのパソコンが好きだなぁ~~~って思います。でも、正直ウルトラブックは一台欲しいと思っています。パソコンの体裁をしっかりとっていて十分に動作も速いですし、あの薄さは魅力的です。軽いので、どこにでも持っていけますし、バッテリーの持ちもかなり改善されてきているので、ウルトラブックは本当に良いパソコンだと思います。




特に外で仕事をしたいと思うときには、ウルトラブックはかなり有用性が高いのではないかと思っています。そろそろウルトラブックを買おうか・・・とも思っていますが、ノートパソコン自体は既に一台持っていますから、これ以上増やしてどうする???って感じも否めません。。。ウルトラブックを買うのであれば、もう一台デスクトップのパソコンを追加した方が多分ネットの業務を行うには良いような気がします。




デスクトップは性能が良いのに安いというところが魅力かなと思います。以前はデスクトップも良い製品を買うとかなり値が張ったものですが、今は本体とOSだけなら、8万円も出せば正直普通の使い方をするのであればオーバースペックな機能がついてきます。15万円もデスクトップに出そうものなら、ハイスペックパソコンの領域です。




どんどんパソコンの価格が下がっているので、良い性能のものもかなり安価に買えるようになってきて、20万円程度のハイスペックパソコンが最近は欲しいと思っています。何するの???と言われると特段、ハイスペックパソコンでなければ出来ない事をするわけではないのですが、やはりスペックの高いパソコンというのは良いなって思ってしまうのです。



年明けくらいにパソコンを買わないにしても、そろそろハードディスクを交換してやらないと自宅のデスクトップは限界が近いような気がするので、今年はメンテナンスも含めてハードディスクを買い換えてデーターをうつしかえておきたいと思います。



でも、パソコンって本当に面白い機械だなって思います。パソコンが一台あれば、正直本当に色々な事が出来ます。既にプログラミングを読む言語自体はパソコンの中に入っているので、何かプログラムしたければプログラムをしてパソコン上で動かす事が出来ますから、一台パソコンを買うだけであとは言語を書く方法を知ったら遊べるというのは本当に面白いと思います。



パソコンのプログラムをいじったりする時間は今はありませんが、パソコンって本当に色々なものが読み込めて中のファイル構造までも覗けて、面白いなって思います。また時間を作ってパソコンで何かやりたいことを発見していきたいと思います。



皆さんもせっかくパソコンがあるのですから、パソコンで遊びつくしてみて下さいね。パソコンはただの家電ではなく本来的には色々なコンピューター言語を読み込む能力を持っていて業務として使う事が基本ベースとなっているので、実は触っているとかなり面白いんです。




男性の方であれば子ども心をくすぐられるような事が出来るのもパソコンの面白さなのではないかと思ったりしています。僕は、すごくパソコンの事を知っている人に比べたら本当に初心者レベルだと思いますが、プログラムのプロでもなければ、パソコンの組み立て工場の人でもないので、知らないことはたくさんありますが、一冊コンピューター言語の本を買ってきたりしてプログラムを触れるようになるというのは、案外と男性にとっては面白いのではないかと思っています。




毎日、仕事で使うパソコンで、本当にずっとパソコンで文書を作り続けてサーバーにアップロードをして集客という仕事をし続けているので、正直パソコンで文章なんて書きたくないと思うときもありますし、気分が参ってしまうときもありますが、でも基本的にパソコンという機械自体が好きなのだと思ったりするのです。








tag : スマホ ガラケー パソコン

2013-09-20 : 作品作成日記 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :

結局のところ、また文章を書く事に戻ってきた

仕事も私生活も全て僕の活動は文章を書くという事に支えられている。だから、また僕は文章を書くという事に戻ってきました。決して最近何かを書いていなかったわけではありませんが、仕事の作業的な文章を延々と書くという事を行っていました。



それを行っていないと集客が落ちるので、それをずっと行っていたわけです。それに疲れ切って、途方もない繰返しに正直、少しだけ参っていた部分もあります。日々消費されていく文章を書き続けていました。



僕にとって消費されていく文章を、消費されていかない文章の境界線は、それが概念として誰かに再利用されるフレームになるか、そうではないのかという事にあります。だから仕事の事であっても企画書は僕にとっては創作活動の文章と変わりません。



今、新しい企画書を書くための準備をしています。何がどのような構造をとっていて、どのようなルールにのとって進行しているから、これからどのように展開をするべきかという事を理解をしてもらわなくてはなりませんからかなり大きな文章になります。



知識、思想が世界を変えていくというのはいつの時代も同じです。だから文章を書き続ける事に意味があると思いながら、僕は文章を書き続けていこうと思います。これが自分自身の世界感なのですから、新しい企画書を書く事でそれは文章となり、それをフレームとして周囲の人が動く指針になるという事は大変に刺激のある事だと思います。



そして、それが事業の拡大に伴ってコミュニティールールとなります。それが面白くないわけがありません。だから、抽象的な概念構成から、具体例にまで落とし込んだものの2つの異なる文章を書く必要があります。



最近は何かを書くという気持ちが本当に起こらなかったのですが、最近は少しづつ戻ってきています。時間がないという事を意識して、自分がこれを行っていた方が良いという事に集中をしてひとつづつクリアーをしていきたいと思いながら、文章を書き続けようと思います。



結局のところ文章にしなければ、人間には思想や考えを伝える手段が何もないのですから、僕は書き続けていかなければならないのだと確信します。公私共に僕は文章を書き続けていこうと思った9月17日の朝なのです。



マーケティング担当者としての役割もありますが、プランナーとしての役割も僕は持っています。ずっと集客の作業をし続けてきましたが、一人の集客の作業ではもう既に足りないというところまできましたから、自分が行っている集客の方法論を外注に回さなければスピードが出ませんから、それらをまとめて指示を出していくようにし、集客の作業的な部分を自分が行う必要がないようにしていき、今度はプランナーとしての事業の調整をしていかなければならないと思うのです。



そろそろ不整合も出てきた事ですし、マンパワーだけで乗り切っていた部分も、もうダメになってきているので、そろそろステップアップをするための時期でもあります。ここから、もう一段階昇っていく準備と、その概念構成を文章として共有出来る状態にしていくために、10月までは文章を書き続けようと思います。










tag : 自分を救う 文章を書く 創作活動 企画書の作成 文筆

2013-09-17 : 作品作成日記 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :

揺らぎ ~ 自己からの逃避

ふと気がつけば僕はまた同じ失敗をしてしまったのだろうと感じます。僕は自由でいたいという事が全ての前提になっています。そして、自分がプロセスをこのように踏んだらこうなるであろうという事を証明したいと思って生きているのですが、ある程度物事が進んでいくまでの間は、そこに自分という存在は殆ど存在していません。



社会的承認を感じられない時間をかなりの間、過ごさなければなりません。それが最もしんどいわけです。なぜなら自分が認識されていない透明人間のようなものだからです。喋りかけても相手には僕は見えていないから素通りされる状態です。けれども、相手を責める事は許されません。なぜなら、僕は透明人間だからです。



ビジネスの世界の中で何か新しい事をしていくときは、大抵は透明人間からのスタートです。社会的承認を得るために自分という存在を他人に気づいてもらうために日々生きていかなければなりません。そして、自由にというのは、その手段に自分が自分であるという行動を外部的に表象する行為を日々繰り返すという事です。



透明人間がどれだけの事を行ってもはじめは誰も気がついてくれません。だから自由に何かをする際に、ある程度の時間が必要になるわけです。自己の存在を確定するための行動が自分の行いたい事をして、誰にも気がついてもらえないという状態は、自分が存在していないという認識をするしかありません。人間は自分が存在しているという事を外部の反応からしか確認を出来ません。ですから、この段階で精神を壊してしまう人間が多いというのも、その意味からなのではないかと思います。



そして、ある程度やってきて、最も辛いであろうと思っていた部分をこえてビジネスが上手くいきだした最近ですが、しかしながら、僕はまた同じ失敗をしてしまったわけです。



それは外部に自己存在を頼ってしまったという事です。ある程度仕事が上手くいったとき、または自由になれた際によく陥るのは、「自分はいったい誰なのだろう?」という考えです。若干抽象的な言い方をしていますがなんとなく意味を汲んで頂ければ幸いでございます。



個人の自分というのは、どこに居て、自分は誰なのであろうかという事に疑問を持ち始めるのです。どう考えてみても自分は自分なのですが・・・本当に身近な人から、「あなたが唯一のあなたである」という事を認証してもらいたくなるのでしょう。



でも、それは互いに独立している中で行わなければ成功する事はありません。経済的独立、精神的独立、社会的独立、全てが互いに成り立っている状態で、個人承認を行わなければ必ず歪が出ます。けれども、今回の僕は自己の精神の弱さゆえに、最も自分を正当化出来る安易な方法の恋愛に流されてしまったわけです。結局のところ、自分の弱い心のせいで魅かれた恋愛や色事にはかならず後に自分の首を絞める事になります。



それを手に入れてから気がつくのです。自由をもがれてしまったという事に。これはひとえに自分の心の弱さ故に引き寄せてしまった結果としか言いようがありません。相手が悪かったのか?いや、そうじゃないのです。その瞬間に僕はある程度の自由をもがれるという事を切望してしまったからこそ、自由をもがれてしまったのです。



自由であるという事の方が、その中にいるときは不安定で辛いのです。そして、あるときには自分が自分であると信じていたものが、形無き概念上の世界ですから、それが歪んでくるのです。時には、自分が何を信じていたのかという事さえも曖昧になってしまい不安になってしまうのです。その時に安易に自己を肯定しようとするときに便利なのが恋愛であって、僕はそれに逃げてしまったのです。独立した個の自分という存在の確定を無しにしてはじめた恋愛は、言葉で飾ればいくらでもキレイな色事にする事は出来るのですが、その恋愛の根本的発生原因からすれば僕の心の弱さから生まれたものである以上、ある程度の時間が経過したときにそれは必ず歪んでしまうのです。



自己の存在を信じられなくなったが故に起こる恋愛感情というものは、長続きはしない。そもそものもっと根本にあるのは自分が自分であるという存在の確定が最も重要というところからはじまっている僕の精神構造の上に、安易な存在確定を求めるようなものを置いてしまえば、破綻するのは目に見えているのに、その最中にはそれに気がつかないわけです。



僕はもっと自分と向き合わなくてはならないと思ったのです。まだまだ、精神構造がしっかりと出来上がっていないのだという事を実感すると共に、自分が自分であるという事を認識できるように、何をどのようにしていきたいのかという事を深く考察していかなければならないと感じたのです。



現在 28歳1ヶ月。人生50年で言えば、もう半分以上の時間を使ってしまいました。時間は無限にあるわけではありませんから、あと22年で僕に何が出来るでしょうか。もっとよく考えて、キレイなものはキレイである、悲しい事は悲しい、と感じつつ、自分ののこされた限りある時間を大切にしていかなければならないと感じます。



28歳が若いといわれていても、もう28歳なのです。せいぜい20代と同様に動けるのは40歳までです。そこからは若者とは絶対的に違います。今までにやってきた事が自分を支えていく年代になっていくのです。だから、若者と同等にやっていけるというリミットは少なく見積もってあと10年です。本当に精力的に自分も動けるというのは、あと10年です。だから、自分が動けるうちに実際の社会の中の構造を理解をしてそれをクリアーしていくという経験値を高めておく必要性があるわけです。40歳からは管理指導にまわっていないといけません。



30歳までは、あと2年です。この期間に留学準備をしておきたいと思います。30、31歳のどちらかに米国弁護士取得のための留学をしてきたいと思います。



留学が最もスムーズに終了すれば米国弁護士は1年で終了できます。長くても2年あれば終わると思います。ただ、もっとみっちりやりたいと思えば、LLMの1年ではなく、4年のコースを選ぶ事も選択枠としてはあります。けれども、通過点であるので、そこに長く在籍する事は出来ません。多くても2年間で終了をして次の段階にステップを進めたいと思います。



最も時間がかかるであろうという計算をしてみると、33歳で米国弁護士の学習は終了する事になります。そして、リミットまであと5年。



また、最大限のスピードを出すために、今度はある程度予算を確保出来るので仕事も予算を最も効率的に使って今までの数十倍の速さで物事を遂行していきたいと思います。スピードが最も重要です。ゆとりも大切かもしれませんが、目的地に辿り着くというのにはスピードが最も重要です。



その途中で何かを見落としているとしても、僕はそれを代償をして差し出して、目的地に早く辿り着くという結果を手に入れたいと思います。また、早いスピードを出している人にしか見えない世界もそこにあるはずです。結果的に僕はそれを手に出来るのですから遅い歩みであれば発見できたものを悔やむ事はありません。



もっとも早いスピードを出すために、計画を再度見直しをして綿密に事業の遂行計画を立てていかなければなりません。いつもの自分で、これが自分であるという自分で、やっていきたいと思います。










tag : 自己逃避 事業のスピード 留学 若いと言われる年齢 アメリカ 弁護士

2013-09-17 : 作品作成日記 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :

どんな世界で生きる事を希望しますか?

自分自身に素直に問いかけてみるのです。ただ素朴に問いかけてみるのです。「自分はどんな世界で生きる事を希望しているのか」という事を。そして、どのような自分でありたいのかという事をしっかりと問いかけてみるのです。



頭で考えるのではなく、今の自分の状況から推測して出来る範囲の事を考えるのではなく、ただ素朴に何を自分は求めているのかという事をしっかりと考えてみるのです。



その時に、気がつく人は気がつくと思うのですが、「実は何もない、何も思っていない」という事実に。すなわち自分が自分であるという事をこれまでに考えた事がなかったという事に気がつくのです。そのときの絶望感といったらないです。



だから、逆に与えられたことをしているという事に安堵を感じるのです。嫌だとこぼしていても、そこには一応必要とされているというまやかしのような安易な安心と自分の存在を外部的に定義してくれる外部存在があります。自分が望みそこに居たいと希望する世界の事さえも頭の中にはないという事に気がついたとき人は不安になるのです。まるで自分が消えてしまうような不安に襲われるからです。



自分で自分を定義したことがなければそのようになってしまいます。自分は何をするための存在であるのかという事を考えるという事はとてもしんどいという事です。自分が好きな事をすれば良いと人はよく言いますが、そこには相当な覚悟がいるのです。自分が自分でいるという事は何となく最近の風潮では軽々しく使いますが、それは実は最も辛い厳しい生き方であるとも言えます。



けれども、自分の好きな事、自分は自分であるという事を定義出来た人間がなぜあんなにも輝いているのかと言えば、それは最も辛い部分である自己の存在の確定を自分で行いそれに伴って外部世界を認証し認識してきた結果として、そこに自分の存在があるからです。



自己中心的な振舞いをしろという事では決してありませんのでお間違いのないようにして頂きたいと思います。ただ、自分がこのような人間でありたい、このように人と触れ合っていきたい、そして自分はこのように動いているのだという自己責任を伴う思考体系の中で生きているからこそ輝けるわけです。



最もしんどいのは、自分がどのような存在であるかを自分で決定するという事です。これに伴って現実が動いていくわけです。けれども、この構成を理解していてもなかなか実現する事は難しいのが現状なのかもしれません。精神力と人はいいますが、どのように精神力が強い人でも存在の根本が揺らいでしまっては精神的に不安定になって壊れてしまいます。



よく超エリートでやってきたけれども、会社をクビになった瞬間に自殺を考えてしまうような人がいます。これは、前述した自己の存在を自分で確定できていないからに他なりません。誰かのルールに頼り、自己の存在価値を置いていたわけですから、会社からクビになった瞬間に、もちろんの事をその人の中では自分の存在価値は全く無くなってしまって当然です。



自分がどのような世界で生きる事を希望するのか?これをしっかりと考えて自分の存在価値を自分で決定していかない限り自由になどなれません。けれども、それが最も辛いのです。けれども、それが出来た後には、あなたはあなた個人としてしっかりと存在していけるし、どこまでいってもあなたはあなたの責任の上に成り立っている個の存在であるという事を認識する事が出来るのです。



辛いし、しんどいかもしれませんが、もっと自由になりたいと願うならはじめにかなりの辛さを経験しなくてはなりません。精神的不安定から、外部世界に依存しない形で自分の存在を自分で定義しない限りずっと自由になる事は出来ません。



決してポップな世界ではないですし、はじめは不安で仕方ありません。吐き気がして精神疾患になる人も数多くいるかもしれません。でも、それを乗り越えて、そこに自由があるのです。自分で世界を認識して自分で関わっていくという事でしか自分の未来を選択する方法はありません。



そこまで辛い事をして、不安定になってという事が嫌なのであれば、ずっとそのまま進んでいく事を誰も否定はしません。けれども、その環境に文句を言える立場でもないという事を忘れてはなりません。用意された環境の中でこの範囲で生きていれば、これを保証してあげようという世界の中に生きているのであれば、そこに文句を言えるわけはなくよもや感謝をしなければなりません。



自分で何かを確定しようとするとき、保証なんて誰もしてくれないのですから。ある程度安定するまではずっとずっと吐き気と、自己嫌悪、不安の中でやっていき、ひとつひとつ乗り越えていく段階で自分の自信をつけ自己の存在が少しづつ確定していくのです。



自由にやっているという人を羨ましがる傾向にある昨今ですが、かなり厳しい世界であるという事も忘れてはならないと思います。結局のところ、用意された制度の中で生きていく方が楽ですから。自由になるという事は、まず自分の存在がどこにあるか全く分からなくなるというところからはじめなければならないという事が言えますからかなり覚悟を決める必要があるという事をしっかり認識をしてまた自分がどのように生きていきたいのかという事を考えて、進んでいくと良いのではないかと近頃は思うわけです。




tag : 自由 自己責任 どんな世界で生きるのか 自殺 エリート 高学歴 存在価値 認識

2013-09-17 : 作品作成日記 : コメント : 1 : トラックバック : 0 :

為替トレーダー時代に読んだ書籍

為替トレーダーを企業と契約して行っていた事があります。2005年から為替取引をはじめました。いまほど為替は一般的ではなくて、外国為替証拠金取引と言われている時代でした。



僕は個人ではひまわり証券を使ってずっと取引をしていました。その際にはスプレッドが4銭程度でしたが、今はすごく安いスプレッドになっているので、すごく驚く事が多いです。

SBI FXTRADE



ギャン理論―すべての現象の中にルールがある



ギャンは伝説の相場師と知られている人物です。オカルトめいた手法ともよく批判をされるギャンですが、サイクル理論と呼ばれる、ある一定の周期で事象は周回しているから、今はどの時点なのかという事を確定しておく事が重要だと説きます。


この書籍は投資手法を越えた万物の理論とも繋がる部分があります。すべての発生原因の根本的理由を、投資という事象を具体例として記したような書籍です。これを読む事で、得られるのは安易な投資手法ではなく物事を多角的に見るとしても、ある一定の法則性があるという事を発見するというような普遍的事を学ぶ事が出来ます。


また、どの投資家も、どんな実業家も言うことですが、精神の健全性、肉体の健全性についても触れ、それが精神に与える影響についても言及しており、健康であるという事を前提とし健全な精神状態で物事に当たる事を最重要の項目として挙げています。



実践ギャン・トレーディング―相場はこうして読む



ギャンの投資理論は難しく、どのようにサイクルを確定するかという部分が非常に難しいために、そのサイクルの確定の方法を具体的な例に落とし込んで解説されているのがこの書籍です。


ギャンの理論の書籍を買っても実際にはトレードなど詳しく学習している方でないと読み解く事がかなり困難な内容となっていますから、本気でトレードを行いたい人がこのギャン理論の実践的な具体例が記載されているこの書籍を読むと良いのはないかと思います。




投資事業組合とは何か



トーレーダー時代にどうせなら、投資事業の会社を設立もしたいと思っていたので、その際に読んだ書籍です。投資事業有限責任組合についての書籍です。日本版のLLPと言われるのが、この投資組合です。相場での会社設立を考えている方はこの制度も知っておくと良いのではないかと思います。



FXトレーディング (ウィザードブックシリーズ)



FXで勝つために知っていなければならない事が網羅的に書かれています。また絶対に知っていなければならないそれぞれのマーケットのオープンの時間帯の知識などの本当に基礎的な事も含まれているのでFXがはじめてという人であっても読み解けると思われます。


しかしながら、具体例の内容はレベルは高く、チャートの見方が分からない人では殆ど理解出来ないと思われるので、しっかりと、それぞれの指標の見方を知っている事が理解の前提となりますから、チャートを見る目をもっと養いたいというレベルアップをするための書籍であるとも言える一冊です。



外国為替の知識 〈第3版〉 (日経文庫)



前後してしましますが、外国為替のことなどを知らないという方で、何から先に学べば良いのか分からないという方は、これくらいの内容は知っておくべきであると言える基本的な内容が書かれた書籍ですが、絶対に読むべきであるといえる書籍です。



tag : 書評 為替トレーダー トレーダー 専業トレーダー トレーダーが読むべき書籍 外国為替証拠金取引

2013-09-15 : NORIが読んだ書籍 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :

Mind map ~ 知識の統合、まとめに最適

ザ・マインドマップ



トニーブザンのマインドマップの書き方の書籍です。そこそこ慣れてくるまでは、案外と手間のかかる事ですが、マインドマップは書けるようになっておくと便利な事は間違いありません。



記憶の仕方で、トリガーとアンカーという概念があると思いますが、それがマインドマップによって実現出来るのでスラスラとマインドマップが書けるようになると、記憶が容易になりますし、一枚の紙に全てを網羅的に関係性を書いていくという方法なので、何の問題と何が関連しているのかが容易に分かりますから、仕事にも学術にもどちらにも役に立ちます。



又、脳機能についての記述や偉人たちのノートというコラム的なコンテンツも興味深いです。



仕事に役立つマインドマップ―眠っている脳が目覚めるレッスン



これは仕事にどのようにマインドマップを使っていけば良いのかという具体例を掲載した書籍です。実際の適用の場面がしっかりと理解出来るようになっていますし、基礎的なマインドマップの書き方もそこそこ書いてあるので仕事にマインドマップを使いたいという人にとっては良いと思います。


ただ、既にマインドマップの書き方も知っていて使いこなしている人は、あえてこの書籍を買う必要はないと思いますので、仕事の場面でいかにマインドマップを活用していくのかという事を具体例を見たいという方のみ購入されると良いのではないかと思います。









tag : マインドマップ トニー・ブザン 書評

2013-09-15 : NORIが読んだ書籍 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :

弁護士のドラマを見て思うこと

日本国内でも司法関係の事をドラマにしたものが近年流行し続けていますね。
でも、法律を勉強して士業の仲間入りをしても、あんなドラマのようなこと
はまずありません。



特に弁護士系のものでは、法廷での弁論闘争がドラマチックに面白く描かれて
いますが、あそこまで法廷弁論の技術が重要視されるような裁判はあまりして
いないという記憶があります。



あのドラマのような法廷弁論で戦いたいというならアメリカの訴訟弁護士にな
るべきかなって思います。判例法の国ですから、判例を見つけて、矛盾点を指摘
して事案の法律構成をいかに過去の最も都合の良い判例と同じ法律構成に解釈し
て納得させるかという事が出来るのが訴訟大国アメリカでの裁判です。



心理的要素、弁護士の見た目、全てにおいて専門家がつき、最も法廷で有利になる
ように戦略を立て、そして相手を論破をしていくという事、心理的なやり取りの
豊富さ共に米国弁護士の資格を取得して法廷に立つ弁護士になった方が、テレビド
ラマなどの弁護士のイメージを持っている人であれば、最も夢に近づけるのでは
ないかと思います。



日本は刑事事件で無罪判決がでるような国ではありませんので、特に刑事事件を
取り扱っている、弁護士系のドラマなどで憧れを持っている方は、刑事事件の報
酬はどれくらいの報酬なのか?どれくらいの頻度で弁護士が必要になってどのよ
うに仕事を獲得するのかという事にも興味を持っておいたほうが良いと思います。



又、正義のために何かを守るという仕事でもないという事を知っておかなければ
なりません。弁護士は制度上必要であるからこそ、そこに存在をしているのです。
基礎的には最大限人権を守るという事が弁護士の使命であって、正義、不正義、
善、悪を決めるのは裁判所です。弁護士ではありません。弁護士はクライアント
の利益を守る事が最大の仕事でそれが善なのです。



なんとなく、法廷ドラマを見ていると、「正義のために」というような内容が多く
「その正義は何を根拠とした正義なの?」と反論を受けた際に、一人よがりの一方
解釈である事が少なくなく、少しばかり勘違いをしてしまう人を多くしてしまう
気がするので、少しばかり知っている者からすると司法系のドラマは少しばかり
誤解を招くようなものが多いと感じるのです。



自分の正義は本当に正義であるのか???という事を考えなければなりません。
利益が相反するから弁護士がいるわけで、利益が相反するから犯罪というものが
あるわけですから、自分が持っている善や正義という考えに相反する考えがある
以上はそれは善でもなければ悪でもない、ただの概念であって、それに対立する
概念があるという事で肩入れせずに見られるという理解が重要です。



法律系の資格は案外と年齢を重ねてから取得する人も多ければ、大学時代から法曹
(検察、裁判官、弁護士)を目指して頑張る方もいれば、ある程度年齢を重ねてか
ら勉強をはじめて司法試験、司法書士、行政書士などの法律資格を取得する方も
数多くいます。



若年者も、働き盛りの人も受けられて社会的な地位も高い資格です目指すのは良い
のですが、あくまでも中立的に物事を理路整然と見つめられる素養が必要で、善
悪に固執をする性分の方にはあまり向かないものなのではないかと思います。



誰でも挑戦も出来ますし、とっても良い仕事でもあると思うのですが、もし社会悪
と戦いたいというような事で、法律資格の取得を目指す方、特に法曹を目指す方が
このブログの閲覧者の方にいらっしゃるようでしたら、いま一度御自身の価値感を
見直して欲しいと思う次第です。



ドラマでは一般的に主人公側が、悲惨の事件の人を担当します。そして、相手方は
なんとなく悪びれているようなイメージで構成されます。それはドラマだから仕方
ないのですが、それを真に受けないようにして頂きたいと思います。



一応ドラマで悪とされる対立側の弁護士は悪い弁護士でしょうか???違いますよね。
そういう事です。これが裁判制度というものなのです。








tag : 裁判員制度 弁護士のドラマ 正義ではない 裁判はあくまでも制度

2013-09-14 : 作品作成日記 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :

恋愛リスク

恋愛のリスクの一つである性病についてのコンテンツを追加しました(;・∀・)
不謹慎と言えば不謹慎かもしれませんが、恋愛、愛、性愛について書くにあたって
は、この実際にあるリスクを書かないでいるという事はまた無責任な事であると
思ったので、これについても書いていきたいと思います。



案外と恋愛と性病については別もののように考えられがちのような気がしているので
これをもっと身近にあるリスクであるという事を12歳~65歳、若しくはそれより上の
方であっても認識をして頂けたらと思います。



ただ、「遊んでいると怖い病気になる」というような抽象的な脅しのような言葉しか
いえないような大人が多くても困りますし、若年層が思うままにセックスをして蔓延
していくようなことでも困ります。



性病を大切な人にうつしてしまうような事があっても大変に悲しい事ですから性病の
リスクというものを恋愛の中でしっかりと考えて頂きたいと思うわけです。



自分のお付き合いしている相手を信用するとかしないとかそんな話ではなく、ある程度
不特定多数との性的経験がある人が増えている今だからこそ、そのような性病リスクが
恋愛に於いては必ずつきものであるという事を認識して頂きたいと思います。



セックスは楽しいです。でも、だからこそ、そこにあまり不幸な事を持ち込む事は人が
より不幸になっていく事だと思います。それは、せっかく好きになったり、一時的であれ
この人を肌を重ねたいと思った事それ事態の意味を変えてしまう、不幸な出来事にして
しまうという事になります。



特段僕は不特定多数の人とセックスをする事を否定はしませんが、それも人間であると
いう事を楽しむための一つの出来事であるとするならば、尚更のこと性病について各個人
がしっかりと理解していないといけないと思うわけです。



抱かれたい夜もありますし、抱きたい夜もあるでしょう。若い時代には尚更のこと、性的
な接触によって癒される事もあるでしょう。どうしようもなく傷の舐めあいをしてしまうよ
うな関係もあるでしょう。



それを不謹慎だというような事もあるかもしれませんが、事実としてそのような事が存在し
ているわけですから、この点について言及をしておかなければならないと思うわけです。



気がつけばセックスをある程度語れる年齢になりました。性の事について不謹慎であるという
風潮の中で、若年層をその情報から遠ざけるという事ばかりに目をやって血眼になってポルノ
などを否定する風潮がありますが、キレイ事だけを言っていても良い社会にはなりません。



児童福祉のためにポルノ排除というような運動も否定はしませんが、けれども正しい認識の
もと自分の子どもに性を語れる人がそれを言って欲しいと思います。性に関する事は蓋をし
て否定するだけの方が誰もが「楽」なんです。



性の事を真剣に子どもに教えている世帯がどれくらいあるでしょうか???それがしっかり
話し合える親子がどれだけいるでしょうか???



なんで、思春期の年齢の中高生が性病などの心配を身近な、性的な経験のある男女の契りを
交わした両親に相談出来ないのでしょうか???おかしいと思いませんか。



僕はそう思います。



ポルノ、性交渉、セックス、エッチなど言い方に種類はあれども結局はやる事は一緒です。
セックスをするんです。



不謹慎なもの、不適切な行為、厭らしい行為、淫らな行為。そう言って否定をするのも良い
ですが、では、なぜあなたの子どもは生まれたのですか???と僕は血眼に性的なものに対
して否定をしている方々に言いたいです。



と、言う事でございまして、性病のこと、恋愛のリスクについて具体的に考えていくような
文章もしっかりと掲載をしていく事にしていきたいと思います。




皆さんが素敵な恋愛関係を結んで、パートナーと幸福になれますように。愛であうような
関係を構築して素敵な家族になれますように。









tag : 恋愛 恋愛リスク 性病と恋愛 セックスと恋愛 性教育

2013-09-13 : 恋愛のリスク 性病 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :

読んだ書籍を紹介していきたいと思います

新しいコンテンツを立てました。


自分が何かを考えるために読んできた本をブログ上で紹介していこうと思います。



ときどき読んだ書籍などを紹介していましたが、この際コンテンツにまとめてし
まった方が自分としても分かりやすいので、そのようにしたいと思いまとめる
事にしました。



第一回目は:(;゙゚'ω゚'):とりあえずのところ、ふと思い出して思いついたものを
紹介します。




NHK DVD ハーバード白熱教室 DVD BOX [DVD]



すみません:(;゙゚'ω゚'):これは本ではありませんが、正義とは何か?それは属している世界によって違うという事を考えさせられる、一度は必ず見てもらいたいDVDです。多分、youtubeでも公式に無料で公開されているはずですから買わなくても良いと思いますが、これはノートにメモを取りながらじっくり見て考えて頂きたいです。



絶対貧困―世界リアル貧困学講義 (新潮文庫)





資本主義とグローバリズム、多国籍企業、金融資本が、どこに向かっていこうとしているのかを独自に追っているときに読みました。その中で貧困というものが生み出される背景を知る事で、またこれから広がっていく市場を見つめる事が出来るからです。


作者の方が実際に見てきたことを書いているもので、書き方もあまり悲劇的な書き方はしていなかったので、少し他の貧困の書籍とは違います。その貧困といっても勝手な外部の判断であるという事を痛感させられる内容も書いてありますから、「貧困=可哀想」という図式でこの問題を見ている方に、この書籍を読んで認識を少し変えて頂くのは大変におススメです。


社会学



アンソニーギデンズの社会学の書籍です。いわゆる社会学の学術書の入門編といっても良い書籍で、社会学を学ぶ人は殆どこの書籍を知らない人はいないというくらいに有名な書籍です。かなり分かりやすく社会学を網羅的に眺める事が出来る良書です。


社会構造論の項目が読みたくて僕はこれを購入しました。またジェンダーやセクシュアルハラスメントの論文を書く際に各国の性への理解、社会構造の基礎的な違いを知るためにも読みました。


経済と共に、そこに人がいて動いているわけですから、ビジネスマンにも読んで欲しい一冊です。社会学は為替や株などの金融商品の取引にも役に立つ重要な指標を与えてくれます。チャートを追うだけでは、トレードは出来ません。基礎的な世界の流れ、経済の流れを知るための良書ともいえる一冊です。





今日はこの三冊の紹介で一応終わりです:(;゙゚'ω゚'):結構たくさん読んでいるので・・・何から紹介しようかと・・・思いながら、今から読んでいく本も自分が何を読んだのかの記録のために書籍の紹介を増やしていこうと思います。




読書の秋ともなってきましたので、秋の夜長に普段は読まない本にも、ときどき手を伸ばしてみて下さい。きっと何か新しい発見や驚きや感動があると思います。











tag : 絶対貧困 社会学 書籍 Justice

2013-09-12 : NORIが読んだ書籍 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :

自分をコントロールする方法 ~ 心の構成 認識、解釈、思考

想いとか、概念とか、思考とか、言い方は様々ですが、、結局のところ
脳に蓄えられた記憶から人は物事を構成して理解し判断し認識している
のだという事をあらためて実感をしました。



例えば何か「嫌になる外部的要因」があったとして、それは個々によって
様々違うはずです。



ですから、何かを判断しているのは自分の知識、認識、大きくは記憶に
よってそれが作り出されているという事です。



外部的な現象や相手の言動に何かの意味があるのではなく、自分がどの
ように受け止めるかという事自体が最大の影響を自分に与えるという事
です。



例えば1万円があったとしましょう。Aさんはその一万円が盗難されたも
のだと知っています。その一万円を受け取ることが出来るとしたら普通
なら、それを受け取らないでしょう。



けれども、Bさんはその事情を知りません。そのBさんは少しお金に困っ
ているのですが、その盗難された「一万円を貸してあげるよ」とBさん
に対しては善意で盗難された一万円を差し出されたのでBさんはそれを
有り難く借りしました。



Aさんが見ている一万円も、Bさんが見ているそれも変わりありません。
一万円です。一万円という紙幣をただ見ているだけです。




ここで言いたいのは、物に意味はないという事です。それ自体に善悪と
いう事はなく、紙幣は紙に印刷のされた紙です。それに悪いものである
と意味をつけたのは何でしょうか???




少なくとも一万円というその物質自体が悪いわけではありませんよね。
インクが悪いのでしょうか?紙が悪いのでしょうか?一万円という存在が
悪であるとでも言うのでしょうか。




全く違いますよね。一万円は同じ一万円です。それ自体に意味があるわけで
はなくて人の記憶が善悪を作り出しているという事です。それが悪いか良い
かというのは、後付です。




だから考え方だけで全ての結果が変わってしまうのです。無意味に悪いこと
を考える事は望ましいことではありません。そのようになりたいのならその
ように思考をして、そのように感じればそれが自分の現実となりますから
そのままで良いと思います。それは個々の嗜好の問題なのでなんとも言え
ませんが、受け取り方次第、考え方次第というのはこういう事です。




そうだとすれば、考え方を変えれば原因が変わるわけですから、結果が変
わってくるはずです。それを、どちらのベクトルに向けていくかという事を
考える事が重要であると感じます。




また、勝手に自分が想像したマイナスの思考や、物事の受け取り方で自分の
コントロールを失うべきではありません。外部の物事にあまり意味はありません。
結局自分がどう感じるかという事が世界の殆ど全てといっても過言ではないで
しょう。



なぜなら、究極的にはどんな人の思考にも自分が入っていく事は出来ないからです。
誰かの思考、主観的世界というのは全く分からないし感じる事も出来ないのです。
自分の記憶中から同じような経験などを手繰り寄せて自分の感情として処理をし
認識をして共感というものが生まれるわけですが、事実として絶対なのは、いくら
共感しようとも、その二人が認識している世界は違う世界であるという事です。



いくら詳細な話を聞いても、何をしても究極的には絶対的に、相手と同じ世界を
見ることも出来なければ、論者は自分が見ている世界を相手に見せる事は絶対に
出来ないのです。



ですから、外部的な刺激によってマイナスの事を考えるのではなく、結局は自分
が感じる事がほぼ全てである世界に於いて、あまり自分を追い込んでいく考え方
をするべきではないという事が言えます。



つまり何かの物事が起こった際に、マイナスの感情を抱くという癖をなるべく除去
して自分自身をコントロールする術を身に付けなくてはなりません。それは乱れない
心を持つことと、乱れとしても、この認識の概念的構成を理解していれば、自分を
コントロールする事が可能となるはずです。



外部的な現象が意味をつけているのではなく、そこに付加された自分の認識と解釈
理解などがその物事に意味を付与しているという事をしっかりと理解をしていれば
自分自身の感情というものをコントロールする事が可能になります。



まずは、何事も、その概念的構成を知る事、そして構造を理解する事からはじめて
いくという事が重要なのだと、そう感じます。そして、僕自身もまた自分をコント
ロールしていけるように努めていきたいと感じるのです。










tag : 概念 思考 思想 解釈 心の構造 精神構造 抽象世界

2013-09-12 : 自分をコントロールする方法 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :

自由の在り方

やっぱりそうだったんだ。自由をもがれると僕はあまり思考が働かなくなる。
行動も抑制されて、特段何かに対してのやる気を失ってしまうのだ。



ある程度の約束は交わせるけれども・・・人間関係が義務的になってくると
僕はすっかりと、それに捕らわれてしまい、想像力も独創性も失ってしまう
ような、そんな気がする。



自由も辛いし、少しばかり淋しい事はあるけれども・・・やはり僕はまだ
何かの契りを交わす事は不可能だと、そう実感をした。不可能だと思ったら
不可能だよと言われるかもしれないけれども、僕はそれに期待をしていない
という事なのだろうと思う。



だから、僕は少しの間だけ一緒にいて背中を押す事は出来るけれどもそれ以上
の事は出来ないのだ。



自由は少しばかり淋しくて、ときどき孤独かもしれないけれども、それでも僕は
ふわりと自由でいたいのだ。そして、そういう人間関係ではないところで僕は自分
の人生を担保しないといけないから、いま仕事をしているのだ。



静かに、穏やかに、呼吸を整えて淡々と自由に物事を遂行していくとき、それが
本来の自分なのだろうと実感をした。そして、その自由の中で出会う人々としか
僕はやっていけないという事も実感をしたのです。









tag : 自分という存在 自由の在り方 自己責任 義務的な人間関係 捉われない生き方

2013-09-11 : 作品作成日記 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :

静かに ありのままに

音楽をかけていたり、動画を流していたり何かしら作業の最中でも、遊びのとき
でも、とりあえず音楽ではなくても何か音を流している事が多いです。



その際に自分が奮い立つようなものをなるべくかけていようという思いもあって
中学生くらいの頃から、そうしていました。



でも、最近ふと気がついたのは、どこかしら無理矢理やる気を引っ張り出そうと
しているという事です。



なんとさなく淋しい気がするからと音楽をかけたり、動画を流していたりしますが
その内容も、重いものが多かったり、ビジネス、学術関係のものが多いです。それ
をつけていると、なんとなくやる気になっていた事がありましたが、今ではそれが
逆にやる気をそいでいるような気がしてきました。



無理に、行動を引き出そうとしていたのです。これでは、上手くいくはずがありま
せんよね。



何かを行うときに音楽がないと淋しい・・・なんだか落ち着かない・・・って事は
その物事を行うという事があまり好きではないという事なのではないかという事も
思ってきたわけです。



だから、静かにありのままに、目の前にある物事に当たってみようと思います。
なんとなく、いつも緊張しながら物事に当たっていましたが、もう、そういう事も
やめようと思います。



特段緊張なんてしなくても良いのにも関わらずそのようになってしまっていることは
人生に於いて、時間の使い方に於いてマイナスになるような気がします。今やっている
事は、そもそも望んだ事なのであれば、それをやっているときに何か淋しい気持ちがし
たりするという事があるのは、筋が通りません。



ときどきは、そればかりではなく違う刺激を与えないといけないという時もありますが
常時何かに追いたてられるような、そのようなやり方は少しばかりストップして静かに
ありのままに、気がついた事を処理していくようにしたいと思います。



多分、それが最も効率の良いやり方なのではないかと思います。








tag : 音楽 動画 作業中のスタイル 静かに物事を遂行する 緊張

2013-09-11 : 作品作成日記 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :

絶えず前に進め!!

少しづつ本来の自分を取戻しつつあります。やる気はまた出てきています。
やる気というより、自分が何をしたいのか、何を遺したいのか、それを追って
いくという毎日です。



望む結果を手に入れたいからこそ、自分は今行動をするわけです。人の事を考
えて行動をするとよく言いますが、はじめの原動力はやはり自分がどのような
人間になりたいのか???という事に尽きると思います。



人の事を考えるという事ももちろん重要ですが、結局のところ外部に何かを
表象していくという事は、自分が誰かに何か影響を与えたいという事に他なり
ませんから、それはどこの誰かは分かりませんが、ある人にとってはとても
重要な情報になりえることを基本的には誰もが発信していると思います。



ですから、はじめのステップは自分が前に進んでいく事であると、確信します。
目的を持って、そこに突き進む事が重要だと心から確信します。



だからこそ、自分はどのようになりたいのかという事を明確にイメージして
おくことが重要であるとも思います。そうでなければ自分が今日何をすれば良い
のかという事が分からなくなってしまいます。



もう一度、自分がどのようになりたいのかという事をしっかりと考えてイメージ
をして、それに近づけるように絶えず前に進んでいこうと思います。



どれだけのスピードを出して、自分がなりたい自分になれるかという事を究極的に
追求をしていこうと思います。



再び自分という人間と、そして残りの時間を考慮して何をどのように進めていけば
自分が満足するのかという事をもっと自覚をして、それに向かってやっていくなか
で何が自分に遺せるのかという事もはっきりと見えてくると思います。



やはり努力をしなくてはなりません。もっと能力値を上げて自分が何かを楽しめる
ようにやっていきたいと、そう強く思います。



また、キレイなものはキレイだと、足を止めて、目の前にあるものを見つめるくらい
の心の余裕も一緒に獲得をしていけたらと思います。




今は仕事で市場シェアを獲得するという事に全力を尽くして絶えず前進と拡大を考えて
最大効率化を実現するためにやっていきたいと思います。



思う存分に市場で戦い抜こうと思います。この2年で、とりあえずのところこのベン
チャー立上げ、プレイヤーとしての自分は区切りをつけて次のステップに進みたいと
強く思います。



学術と新しいマーケティング会社の設立を早期に達成するためにやっていきたと思い
ます。今度は海外法人の設立と外貨獲得に奔走をしようと思います。



さあ、またやっていこう。やる事は山積み。色々と抱えすぎて頓挫していた事も人間
関係がすっきりしたおかげで、また夢中になってそれが出来る環境が整ってきました。



だから、絶えず前進!!









tag : 絶えず前進 マーケティング会社 マーケティング 海外法人設立

2013-09-11 : 作品作成日記 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :

起業当初 ~ 最近までの総括 ~ そして展望

そろそろ、本格的に学術の世界に戻る準備をしはじめなければいけないと
感じています。



色々とありつつ、そもそもこの今の仕事をやっている意味というのは大学の
多額に感じられた学費を稼ぐためという事が根本にありました。



それが随分と長くなってしまいました。でも、ようやく、本当にようやく
収入や学費の心配はせずに大学に戻れるであろうという事に目処もついてき
ました。



と、思っていたのですが起業当初の売上げが全くない時期の日記。まだ事業と
しても、本当に起業したばかりの頃の日記ですが
↓↓↓
http://nori1212.blog34.fc2.com/blog-entry-274.html



「3年くらいでだいたい形になると思います」と自分で書いています:(;゙゚'ω゚'):



法人登記が完了したのが2010年03月08日です。現在3年6ヶ月です。四期目です。



6ヶ月のタイムラグはあるにせよ約3年。。。随分、遅れてしまったという気分になって
いたのですが、おおよそ自分が予想していた通りのタイムスケジュールで順調に推移して
いたという事が発覚(; ・`д・´)でも、留学はもう少し早く仕事をしながら出来るような
気もしていたので、やはり予定より遅れているのは変わりないのですが・・・。



また、その日記を見て感じたのですが、7年間もお付き合いした彼女の事。本当に出会えて
よかったと思います。色々とありましたが、学術の世界に引き戻してくれるきっかけを与え
てくれたのは彼女でしたから。



今も昔もあまり変わらないのですが、なんとか自分でやっていく事が出来ればいいかなと
思っていた高校2年生17歳のとき。そのときに彼女に出会いました。



行政書士でやっていく事は難しいといわれていた時代でしたが、そのとき行政書士でも稼いで
いる人もいる事は事実でしたから、やってやれない事はないだろうし、一人でも何とかやって
いけるという事、雇われではなく独立してやっていけるという事で僕は行政書士を取得しよう
と思っていましたが、「行政書士・・・では6つ年上の彼女の両親が余計に心配する」と思う
ようになりました。



そんなとき、ふと思い出したのです。昨年他界した祖母が僕の幼少期によく言って
くれた言葉を。



「あなたは頭が良いから弁護士さんになりなさい」と祖母はよくそう言ってくれました。
いつ、なんの拍子にそれを言ってくれたのかは記憶が曖昧ですが、祖母のその言葉は
僕の記憶にはっきりと遺っていました。



それを思い出したとき、しっくりきました。そして、司法試験に入っていくわけです。



そんな事を思い出しながら、これを書いているのですが、僕は知らないところで本当に
助けられているのだと、そう実感しました。もしかしたら、祖母が幼少時代に「あなた
は頭が良いから弁護士さんになりなさい」と言ってくなかったら、僕はそれを目指さな
かったかもしれません。



そして、それを目指す過程があって、僕は大学が最も好きな場所になりました。学生
という身分が好きなのではなく研究機関としての大学が僕は好きなのです。コンパを
したり、飲み会をしたり、サークル活動をするという事は僕は無縁でしたけど、僕は
概念をいじくりまわすのが好きでした。



そして、見えない手で触ることの出来ない人間の思考を体系として物事を定義して構築
していくという事が好きでした。見えないものが見える形になっていく。



で、2005年、法科大学院制度が確立されて今までの司法試験の体系が崩れて僕は方向転換
して米国弁護士に軌道を修正し、卒業を目の前にトレーダー契約をしてパニック障害になり
なんとか論文を書き上げて卒業した後、パニック障害の療養と兼ねて英語の勉強をしていた
ときに、海外に企画書を飛ばし、それで相方と起業をするという事になり、現在に至るとい
う事になったのです。



こうして時系列で見ていくと、全ては繋がっているのだと、そう感じます。繋がっていない
はずはないのですが、こうしてみると実感を伴い、全ての物事に感謝をしなければならない
と思わずにはいられないわけです。



そして、ようやく、やっと学術にまた少しづつ戻れるところまでやってきましたから学術に
戻っていく準備をしていかないとどんどんと先延ばしになっていくので、また少しづつです
が忘れてしまった感覚を取戻すために英語をやっていかないと留学できないので、英語と
米国法の基本と基礎的な判例集くらいは読んでいこうと思います。



米国で法廷に立ちたいのか???と言われると、それは実務で仕事として行っていくという
事を指しますから、弁護士を仕事で行っていきたいか?と言われたら今は、特段そういう事
はありません。



ただ、ビジネスの世界でやっていくのに、やはりアメリカというのは重要な国です。不景気
とは関係なく、実質的にビジネスを見ていくならアメリカという国を外す事は出来ませんから
やはり米国の法律家としての資格は取得しておくべきですし、結局のところアジアでビジネス
をするにしても、やはり契約書は英語が多いですから、とても調度良いのです。



また、頑張らないといけないと思いながら、僕はやっていこうと思います。自分の目的を
持って歩んでいかないといけないと思います。



まだまだ、昇っていかなくてはならない事がたくさんあり、自分という存在を自分自身が
体系として理解して定義を少しづつつけていく過程ですが、どうしても結局は自分の人生
は自分の人生であって、僕の見えている世界を他の人が全く同じように見えるわけでは
ありませんから、自分の人生はやはり自分の人生で誰かのための人生ではなく自分の人生
であるという事をしっかりと認識していないといけないと思います。



そして、僕も誰かに寄りかかっていてはいけませんし、もちろんその相手方も僕に寄りか
かって「日常を退屈」と定義する人では困るのです。僕が何をしようとも、その人の人生
はその人の人生でしかないのですから。




それに、好き、嫌いという事があっても、結局のところ僕も次にもしかして相手になる人
も、互いが互いのために存在しているわけではありません。それぞれが自分の目的を持って
生きていくために存在しているのです。



それを、互いに理解していて、想い合う事が出来る相手と一緒にやっていく事が出来たら
いいなと思います。



恋人であれ、なんであれ、僕の人生は僕の人生ですし、何かを与えたいと思うのは義務で
はなく、それは、誠意であって、思いやりであるわけで、それが当たり前になっていくよ
うな関係の人は無理だと僕は理解しました。



適切なギブアンドテイクがなければお話になりません。心理的対価関係が成り立って交換
が成り立つからこそ気持ちはそこに存在し続けるわけで、ただ一方が消費していくだけの
関係では、それは無理です。そこに愛なんてものは生まれるはずがありません。



無償の愛とか言いますが、金銭的無償であって、心理的には必ず対価関係が存在してそれ
が上手くいっているからこそ、そこには信頼が生まれるわけです。マザーテレサだって無償
というのは金銭的無償という事であって、その善意を施しているという事、それによって
少しだけでも良くなるという状況を見る事、子ども達が死なないことが彼女にとっては嬉し
い事であって、それが心理的な報酬となっていたわけです。だから対価関係は必ずあるの
です。



と、自分の人生というものともはっきり向き合う、人間関係というものをしっかり見つめる
という事とバランスを取る事が大変に重要なのだとも感じます。だから、多分・・・僕は
学術の世界に戻っていくときに、その中で出会う人が最も適切な人生のパートナーになる
のではないかと、そう感じるのです。



結局、日常をただの日常としてしまう人では、僕にはダメだったという事です。退屈でつま
らない日常から抜け出したいから、どこかに遊びにいくというような事が普通の感覚という
人では僕にはダメだったという事です。



だから、何もかもを含めて自分の属性を見つつ、もう無駄に消耗も消費もしたくないという
こともあるので、僕は自分の人生を歩んでいこうと思うわけです。誰かのための人生ではな
く、これは僕の人生なのです。



誰かを満足させるための都合の良い存在であるわけでもありません。だから、僕は目的を
もった人生の中で、しっかりと自分の目的を持った人と多く接していく機会を作れるよう
に自分自身ももっともっと上を目指しながらやっていかなければならないと感じます。



僕が僕であるという自信が欲しいのです。価値感が合わない人から見たら僕の人生はつま
らないものなのでしょうけれども、僕はそれに価値を感じるのです。最終的に自分が世界
に何を遺していけるかが僕にとって命題で、何かを遺していく事が目的なのです。



だから、学術に戻りたいと思いますし、もっと文章を書いていきたいですし、物事の体系
を記していくような場所にいたいと思うわけです。



少なくとも後の人が資料として使えるような知識体系を文章として、文献として、論文と
してそれを遺していきたいのです。僕自身が生きている間は、学術的にそれが人類の発見
であるというような事、史実に残るような事を一つでも良いので成し遂げてこの世界に遺
していきたいのです。



だから、戻ろうと思います。大学に。そして、日本だけで何かをするのではなく今度は
海外という世界も見つめていきたいと思います。ビジネスをしながら、世界の流れを感じ
ながら、自分自身が認識している世界というものの体系をもっと広げていきたいと思い
ます。



だからこそ、ビジネスを継続しつつ、それを広げていかなければならないとも思うの
です。仕組みとして動くようにしてビジネスオーナーになっていくという事で今後の
自分の行動範囲を広げていかなければならないと感じるのです。



今は自分で体系立てたビジネスの世界の中で自分も動いていますから時間は消費され
ていきます。どうあれ、これでは全くダメという事です。自分がそこで実際に動いて
いるようでは、まだまだ、起業家としては全くダメなのです。



ですから、今年も残すところあと少しになりましたが、まだまだ市場シェアの拡大を
しつつ、最大の効率化を目指して、それに並行して学術の世界に戻るための準備をし
ながら、やっていこうと思います。











tag : 起業当初 展望 ベンチャー ビジネス 独立起業

2013-09-10 : 作品作成日記 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :

好きな囲碁棋士 張栩

トップランナー 囲碁棋士 張栩



youtubeにトップランナーがアップされていて、見ていたら囲碁棋士の張栩さんが
出ていました。彼は台湾出身のいわゆる外国人です。



日本棋院に所属しているプロ棋士です。しかも、日本最強と言われています。
なんというか、こういう風に何かの物事に一生懸命になれるという事に対して僕は
尊敬と憧れの念を持ちます。



疑問を持たずに、自分の行っている事に全力で、そこに喜びや楽しみさえも見出して
こうして活躍している人に対してとても尊敬の念を抱きます。




張栩さんのように、物事に当たれたらと思うばかりです。見習わなくてはならないと
心から感じます。本当に素敵な人だと心から感じます。




2013-09-06 : 作品作成日記 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :

自分が変わっていく

思考の体系が少しづつ変わっています。僕自身の思考の仕方が少しづつ
やはり変わっていると思います。



経営を考えなければならない事、自足をしていかなければ生き残れない
という環境が多分僕を変えているのだと思います。



出来ない事に挑戦しているゆとりはありませんから、出来る人を探して
お金を出してやってもらうという事にもなれてきました。



以前はそこそこ自分でやることも多かったのですが、そんな事をしていたら
結果を出すどころではなくなってしまうという事。自分の時間は限りがある
のだから人にやってもらう指示の仕方など、それは幾分かは上手くなったと
思います。



至らない部分はあるにせよ、これでやっていくしかないわけで、足りない
部分や望む結果から遠ざかるような思考体系があるのならそれは改善する
しかありません。



けれども全部自分でやろうとしてはいけないという事をしっかりと覚えて
おかなければならないと思います。全ての事を自分で行うという事をし出す
と望む結果が出にくい状態になります。そうなっては全く意味がありません。



存在しているリソースを上手に使っていくという能力をもっと磨かなくては
なりません。



もう一度、目的の再設定をして事業計画を見直して効率化できる部分は外に出す
ようにしようと思います。自社だけで行っている事が多いので外注に出来る部分
を明確化して、細分化をして外注に出して納品されたものを社内で再構築すると
いう体制に変えて小数で高利益が出せるようにやっていきたいと思います。



また金融機関、海外投資家、など資金を集めて大きく事業を動かすということも
また、どんどん取組んでいかなくてはならないと感じます。このまま、社内だけで
こなしていてもスピードが出るわけではありませんから、それを意識してお金を
使うという事に注力をして使い方、外注に指示を出す効率的な出し方を今度は学
んで、最速のスピードが出せるように極限まで事業効率を上げていきたいと感じ
ます。



時間は有限ですから、早く物事が完結するなら完結させた方が良いと僕は感じます。
一分でも一秒でも早く目標値に到達するように、そして物事を完結させるように努力
をしていきたいと思います。



28歳ですから、決して若いと言っていられません。大学を卒業してから、もう六年
も経過してしまったのです。早い人であれば、もうとっくにある程度の成果を出して
いますから、もっとスピードを上げていかないといけないと思います。



淡々とスピード感を持って事業を進めていきたいと思います。それが仕事なのです
から。手を抜いていた部分をもっとつめていけたらと思います。考え過ぎず、やる
ことをやっていく事が最も重要なことなのだとそう感じます。




2013-09-05 : 作品作成日記 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :

ガールズバーなどでの事件で思うこと・・・

最近、よくGirls Barなどの事件が出ていて驚く事があります。大人になると様々な
遊びがある事も覚えて、グレーゾーンでギリギリの遊びある事も多分皆さん知っている
ことだと思います。





よくあるのは、「キャバクラより安くてセット3000円で女の子と楽しく飲みませんか?」
という客引きの言葉に誘われてお店にいき、結局のところ3000円で終わる事はなく、お
会計5万円と言われて喧嘩になるとかですね。




今も昔も変わらずよくある事なのですが、最近は支払えないお客に対して店員が暴行を
加えるなどの事が問題としてよく取り上げられています。でもこれは稀です。こんな事が
頻発しているわけではないですし、そもそも、ギリギリの金銭しか持ち合わせていない
のにそこで飲もうなんて事が間違いです。





だから、このような事件の記事を見ると、「これはどちらも悪い気がする」と思うわけです。





また、さも悲劇のように、深夜にATMにお店のボーイなどと一緒に連れられてお金を下ろして
いるサラリーマンがいます、などなどと書かれることもありますが、そんな事は日常茶飯事
ですし、ATMでお金を下ろして支払っている人がすべて何か悲劇的に騙されてなくなくお金
を引き出して支払っているわけではありません。





「20万くらいあればいいか」って財布にお金を入れていったら、「あっ!!足りないけどまあ
ATMに行けばいいか」って調子に乗ることなんてしょっちゅうあります。だからATMにキャバ嬢
やお店のボーイと一緒にいてお金を下ろしているというのは別に全ての人が何か騙されたとかって
ことではありませんので、それをさも水商売の営業に問題があるような書き方はおかしいなって
思ったりします。





歓楽街での遊びと言えば、風俗(ヘルス、マッサージ etc)また、キャバクラ、ホスト
パブ、メンパブなどなど色々とありまして人種も多種多様です。フィリピン人、中国人
台湾、ブラジル、韓国人、本当に様々の人々で入り乱れています。




僕は別にそれが悪いとは全く思いません。それは、それで良いんです。ただ、少しばかり
問題だと思うのは、昔も今も対して営業の仕方が変わっているわけではないのですが、
あまり、夜の遊びを知らない人がギリギリのお金でそこに入ってしまうことです。





客引きも問題の部分があるかもしれませんが・・・ルールってありますよね。業界別の
ルールってあるじゃないですか。暗黙のルールって。





水商売は特に値段があってないようなものです。価格の交渉をしてワンセットでお店に
入るという事も楽しみの一つです。





でもね、価格交渉って飲み食いをしてからするものではないのです。入るときに価格交渉を
するって事が暗黙のルールです。水商売に慣れている人や夜遊びに慣れている人は特段意識
はしないでそれを行っています。





お店に入ってからドリンクバックがあるという事なんて当たり前です。ドリンクバックって
のは、お店の子が「なにか頂いてもよろしいですか?」とお客に一言かけて、「良いよ、飲
めば」と了解をとってから、奢らせる事を言います。




これはガールズバーばかりではなく、ショットバーなどでも普通のことです。ショットバー
などで「マスターなどに声をかけて一緒に飲もうよ」と言っている場面というのは、マスター
の飲んでいる分もお客が店の正規価格で奢りで飲ませるんです。




だから、お店のマスターなどもお酒が好きで飲んだくれているわけではありません。売上げ
のために飲みたくないお酒でも誘われたら飲むんです。




このドリンクバックが水商売で働く人々のインセンティブとなって給与に反映されます。
勘違いしてはいけないのが「一杯頂いて良いですか???」って言葉を、お客の前で何か飲ん
だりするのは失礼だから声をかけているという考えです。自分のお会計に加算されると思って
いないから、言われた客は、「いいよ、飲んで」となるわけです。




まさか、店側もドリンクバックを知らないとは思わないわけです。だから、「いいよ飲んで」
と言われたら、「この人は気前がいいわ」となって、ドリンクを飲むわけです。そりゃスタッフ
の人だって、そういうお客さんがいるときに飲んでいたら楽しいですよ。




それでお会計の際に支払えないというような事になったら、お店の子だってドン引きなわけです。
なぜなら、自分の担当のお客の金銭的不祥事は自分が持たなければならないからです。そりゃ必死
になりますよ。水商売だって給与がそこまで高額なわけではありませんから。。。




値段の事は言わないってのはある意味、「粋」なのです。




それに、水商売の店に遊びにいくというのは、つまりのところ見栄です。見栄が張れないのなら
いくべき場所ではないのです。どうしても遊びにいきたいと思うなら、最低でも10万程度は用意
をして、それをはみだしても支払いが出来るという準備をして心して遊びにいかなければならない
という事を覚えておかなければならないと思います。




男性であれば、女性と気軽に喋ることが出来るという下心もあると思います。女性であれば
男性の反対で、気軽に男性と喋れるところである事は間違いありません。優しく接してくれ
るのは、それは仕事だからです。その無形のものをサービスとして提供しているのです。



その、おひねり的なものがお酒という形になっていて、そのお酒に無形部分のサービス
料金を乗せるから、水商売で飲むお酒は高額なのです。





水商売は基本は見栄の世界であるという事を覚えてお客は遊びにいかなければなりません。
そういう暗黙のルールなんです。自分をもてはやして欲しいという欲望、渇望を少しだけ
でも満たしてくれる場所でもあるのです。





そもそも、水商売のそこで高額のお金を使ってしまった という事を笑い話に出来るから
水商売の遊びってのは楽しいわけです。





お金に相当の余裕があったり、会社から接待の経費で落とせるとか、または仕事のクライ
アントが水商売の人が多いから、という特段の理由がない限りは金銭的に遊びとしては結構
お金のかかる遊びですから、下心で行くのならやめた方が良いのではないかと思います。





色々なところを問題としてあげればキリがないのですが・・・少なくとも10万程度は持って
少し緊張感を持っていかないといけないと思います。




チェーンの居酒屋に行くのとは違うのですから。お金で担当の人を独占するというものなの
ですから、高額になるのは当たり前という事を頭に入れて水商売にいかなければならないのです。




水商売は善意ではありません。それこそ商売ですし、ビジネスなのですから。あなたにとって
遊びであっても、相手は仕事ですから居心地の良いように相手は気を使ってくれるでしょ???




人の事を考えるゆとりってこういう事だと思うんです。相手は仕事。どこかに遊びに行って金銭
問題になるというのはその場所に行くのは不相応か、若しくは、覚悟が足りないって事だと僕は
思います。




夜遊びがしたいけれども、不祥事や事件に巻き込まれるのは嫌だと思うなら、しっかり余裕を持て
るだけの金額を用意して遊びにいきましょう。




それが夜遊びのマナーだと、僕は思います。



2013-09-05 : 作品作成日記 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :

勝ち続けるしかない~

色々とあった1年間で随分と精神的に疲労を溜め込んでしまった気がします。けれども、経済的な部分で言えば、それがあったからこそ金銭感覚を拡げることが出来たし、収入を飛躍的に大きく確保する事ができるようになりました。それはそれで望んだ結果ですから、確かに僕は望んだ結果を引き寄せたのだと思います。




それを達成するために必要であったのが今回の彼女であったのだと確信をします。短い期間で充分と言えるだけの結果を出す事が出来た事は間違いありません。これだけの事をするのに随分と時間がかかった気もしていますが、一般的に言えば申し分ないという結果が出ています。




僕としては、目標値のほんの僅かしか達成していないという気持ちがあるのでもっとスピードを求めて効率化をしていかなければならないと思っていますが、確かに普通一般よりはスピードが出ています。実業でこのスピードならなかなかのものです。




でも、ここで気を抜いてはいけません。随分と精神を掻き乱され、本来出来ていたであろう事をかなり後回しにしてしまったという気分もありますので、この1ヵ月は、充分にそれを取戻す期間として定義して、市場で勝ち残っていくために、攻めの姿勢で新しいプランを立てて動かして行こうと思います。




何かを行った結果が現実に出てくるのは、だいたい三ヶ月後です。今の成果は三ヶ月前に行ったことの成果ですから、それに甘えているとすぐに貯金と使い果たすことになってしまいます。だから、年末に今年は本当によく頑張ったと笑っていられるように、引き続きこの事業の拡大をしてシェアを獲得していく事をし続けていかなければなりません。




拡大路線を突き進んでいくのです。味気ないと言われればそうかもしれませんが事業の拡大をし続けていかなければなりません。まだ目標値の半分にも来ていないのですから。そして僕は28歳になってしまったのですから。まだ若いと言われますが、このスピードでは若い時間を食いつぶしてしまいますからもっとスピードを上げて事業を拡大していきたいと、そう思うのです。




事業の拡大は集客を増やすしかありません。それをやり続けて、やり続けて大きくシェアを拡大していきたいと思います。その中で新しい事業もまた生まれてくるでしょう。




まだ数億、数十億を一瞬で動かせるような力はありません。数十億、数百億のお金を一瞬で動かせるようになる事が大切なのです。貯めるのではなく、一瞬で動かす力がビジネスには大切です。そこに辿りつくまで、まだまだ、一生懸命にやっていこうと思います。




せっかく起業家になったのですから、大きくビジネスが出来なければ意味がありません。もっと、もっと飛躍をするためにやっていこうと思います。



2013-09-04 : 作品作成日記 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :

PC眼鏡の効果に驚き

ずっとパソコンに向かって作業をし続けるというウェブマーケティングの仕事ではかなり目を酷使します。こんな生活がもう2年くらい続いています。




ずっと、パソコンで効率よく集客をするという事を考えて、どのように普及をさせていくかという事が仕儀なわけで圧倒的な量をこなしていかないと結果も出てこないというのがネットを使った戦略です。




けれども作業をするのは人なわけで、何かソフトを動かすにしても、その設定をしたり、文章組み込んだりという細かい部分の事は全て人間がやらなくてはなりません。設定をしてしまえば、そこそこはソフトを起動して動かしておけば効率よく出来る部分はありますが、しかしながら、人の手をかなり入れないと効果的な対策は出来ません。




なので必然的に仕事の量は増えていきます。いくらでもやり方はありますし、伝え方もいくつもバリエーションがありますから、同じ事を伝えるにしても言葉を変えて文章を作り続けるわけです。




目の疲労はかなりのものでパソコンの液晶の残像が消えないという事も、ハードに仕事をしているときには結構起こります。パソコンの光は自立神経などにもあまり良い影響はないという話なので、PC眼鏡を購入しました。








パソコンの画面を見続けていると目が疲れてきた際に、なんだか周囲が明るいのに暗いような見え方をしたり説明をしにくいですが、目の焦点があわせづらいような感じになってきたり残像が残ったりするようになるのですが、PC眼鏡をつけて作業をしていると、あまりそのような事も感じなくなりました。




多分、ハードにパソコンの作業ばかりしている人には裸眼で作業しているときと、PC眼鏡を着用しているときと随分と違いがはっきりと分かるのではないかと思います。




ハードに液晶画面を見なければならない仕事をしている方や、パソコンをハードに使用している方にはおススメしたい商品のひとつです。




ゲームが好きな人にもおススメです。目は大切にしたいですね。自律神経も乱れてしまうほどに液晶の光は影響があるという話もありますので、精神的に不安定な方もテレビ、ゲーム、パソコンを使う際にはPC眼鏡をかけると幾分か楽になるのではないかと思います。




2013-09-04 : 情報処理の効率化 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :

ごめんなさい 破談になりました

結婚を考えて、つまり法的な婚姻を考えて一生懸命にやってきてだいたい
約束通りで昨年の夏から、今日までの間に随分と収入を確保出来るようになり
ました。




でも僕は限界だったのです。ひとつ特定の方にしか分からない事情を除いても
ただ、男性と女性という関係の中で僕は疲れてしまったのです。




たった、それだけの事なのです。上手に関係を築いていく事は今の僕にはやはり
難しいのかもしれません。




収入が増えることによって、今の小さな会社の規模では僕の仕事も増えていきます。
時間が僕にはとれません。しかも疲れ切っているのです。




そして、そこそこ無理をしつつ頑張っているのに・・・時間が上手くとれない事を
怒られたり、なんだか嫌な顔をされたりするのも、お金の算段をするのも疲れて
しまったのです。




好きな人に会えば癒されるでしょ?
疲れも吹き飛ぶでしょ?
一緒にいたらまた頑張れるでしょ?




って一般的に言われる事ですが、遊びにもいきたくないし、彼女に会いたくない
くらいに疲れてしまっているというのも正直なところでした。なんでこんなに疲れ
きって、遊びの用意などをしないといけないのだろう・・・僕は何をしているのだ
ろう???とも思ったのです。




「本当に疲れているから、無理・・・どこにも行きたくない」って言うのに気を
使い出したら正直しんどいです。




「ああ、無理だ、僕はこの関係は限界だ」と思ったのです。



言い訳と言えば言い訳だと思いますが、未来の事を考えて収入を確保して安心して
暮らせるようにと、急ピッチで行って成果を出してきた仕事。それで時間が取れな
くなって怒られる、嫌な顔をされて、口論になる、って事が多くなってきて僕自身
は限界になってしまったのです。



別に相手のためにはじめた仕事ではないですし、僕自身が幸福になるための
ステップのための仕事でしたが、そこに他の人の人生が交わってくるのならその仕事
から得られる収入を分配して生きていかなければなりません。



だから、より良い生活をするために、生活の心配がないようにと収入を確保出来るように
急ピッチで約束に間に合うようにと、やってきたのですが、何だか嫌になってしまったの
です。



このまま法的な婚姻関係を成立させてしまったら、もうやっていく事は不可能だと思い
破談にしました。



僕はただ集まって楽しく遊ぶ、食事をするとか、そういう事を繰り返したいわけでは
ありません。人にはそれぞれの人生がありますが、僕はそういった人生を望んでいません。
互いに、人生の目的を持ってそれに向かっていくのが日常だと思っています。



日常をつまらない平凡なものと定義して生きていません。自分の人生の目的に向かって
継続して何かを続ける事が日常だと僕は定義しています。



だから、



一般的な普通の毎日=退屈な日常 



という図式は僕は持っていません。退屈な日常から抜け出すように遊びに出かけたりして
何かを楽しむというような事は僕の頭の中にはありません。




正直なところ、特定の相手だけの事を考えて生きていくというような事を僕は考えていな
いのです。好きとか愛情とかって、そういう事ではないと・・・僕は思っているのです。
互いに人生の目的、目標があって、そこに向かって互いの認識世界の中で毎日何かをする。
そして帰ってくる場所が同じで、少し安らぐ時間を二人で持てる。そして、たまには気分
転換で出かけたり遊びにいったりする。




けれど、日常の中で互いに別の世界がそこにあって個々の人生の目的の達成のためにやって
いくものだと思うのです。





そう、恋のはじまりはあまりヅレを感じていませんでした。でも、それはお付き合いしてみな
い事には分からないのです。ある程度何かを覚悟しなければならない特殊なもので、それも理
解をして周囲とある程度戦わなければなりませんでした。でも覚悟をしました。




お相手が悪いわけではないとは思います。でもあまりに持っている世界が違ったんです。特殊
な事情を除いて、男性、女性としてそこに存在する際に、僕達は互いに異質な世界にいて見えて
いる世界が全く違ったという事なのでしょう。




僕のこらえ性がなかったのかもしれませんが、先に僕自身が限界となってしまったのです。
関係を終焉させるための言葉も言えずという日々が続いていて、お酒を飲むためにキャバクラ
に行ったというのが前回の記事なわけです。




前回の記事「キャバクラ」

↓↓↓
http://nori1212.blog34.fc2.com/blog-entry-2684.html





ちなみに、ここは相方と一度来店した事があって、なかなか頑張ってメールをくれて
いた女の子がいたので、どうせ飲むなら指名を入れてあげたいと思って行ったわけです。




ああ、本当にこの1年疲れました。。。でも、それがあったから、驚くほどのスピードが
出せたという事も事実で、この点は感謝をしなければならないと思っています。




少しでいいから、ここまでやった事を褒めてほしかったです。




少なくとも、約束をした期限までに事業規模をここまでにするという事を達成するところ
までやったのですから。その事実をもっと見て欲しかったです。




仕事もここまでやって、遊びに出かけるなんて僕には不可能です。遊びならいくらでも
出来るなんて錯覚ですから。。。遊びも同様に疲れるんです。。。疲れているときにさらに
遊びにいくなんて、出来ないんです。




とりあえずお相手には申し訳ないところはありつつ、僕は僕なりに精一杯やった結果として
最終的にこのように思うようになってしまったわけで、それを修復していこうという気力も
ないし、彼女は他の僕よりももっと時間のある人で、お金を持っている人を捕まえれば良い
のではないかと・・・それの方がよほど彼女にとって幸福だと思ったわけです。




今年も残すところあと4ヶ月になりました。僕は、年明けまでとりあえず、ふわふわしてい
ようと思います。心にゆとりを持って、事業の拡大と自己成長していくような組織作りや
新しい事業企画を立てたり、細かい修正をして効率化を図るようにしようと思います。




とりあえずのところ、NORI的、婚姻騒動は破談という結果になった事をご報告致します。


2013-09-01 : 作品作成日記 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :
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NORI SA

Author:NORI SA
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【My Activity】
文章作成/詩/創作活動/写真/
WEB/エッセイ/学術関連文書/
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【My Works】
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