もう夏本番・・・・
本当に連日暑い日が続いていますが、夜は案外涼しいですね。
今年の夏はなんだか気分が・・・
あまりに大きい挫折。いや、想像力の欠如なのでしょうか。
しんどい一週間が過ぎ去っていきました。
仕事、仕事、仕事・・・とにかくスピードが欲しかった事業スピード。
でも、若干疲れたというのも本音。でも、こうなりたいなって事にまでは
まだまだ到達していなくて、でも仕事がどうとか、そんな事ではどうにも
ならない事があるという事も分かって、なんとも・・・
随分と長い夢の中を彷徨っていたようなそんな感じがします。
概念は概念としてそこに存在しているけれども、それは本質を越えること
はできないという事を知ったのです。
そして夏本番も迫ってきて。。。只でさえ夏というのは淋しい季節だと
思う僕にとって・・・あまり歓迎したくない季節がはじまるのです。
過ぎ去っていく事を、これでもかと感じさせていく夏という季節。
神様は怒らない
そんな事を繰り返して
あまりに
それが身近に見えるから
手が届くのだと勘違いをして
あまりに身近なものなのだと
そう感じていて
まるで神様にも勝てる様な
そんな錯覚に陥って
かと言って
神様は決して怒ってはいない
あくまでもやさしく見守っていて
ただ
この世界にある事実を
見つめているだけの事で・・・
間違っていたこと
知っていながら飛び込んでみた
二人の世界の中なら
それは幸福であるし
特段不自由があるわけでもなかった
ただ、世界は概念で区切られていた
世界を異にして交わる事は出来るが
同じ世界に同居できないということ
最も素朴な事を忘れていた
忘れていたというより僕は変えられる、と
そう思っていたんだ
誰かと一緒にやっていこうとするとき
どちらかは、どちらかの概念世界に
飛び込まなければならない
対立する世界があり個人間なら
問題とならない事が
では、二人でやっていきましょうか?
という事になると、互いが互いの世界に
同居する事になる
認識ルールの違う場所にお互いが
存在をしなければならなくなる
僕は、自分がしっかりしていけば
社会的な存在としてしっかりしていけば
本質的な事実などを捻じ曲げることさえ
出来る気がしていた
また、それは誠意に近いものであると
そうも思っていたけれど
よくよく考えてみると
あまりに過酷な状況の中に、耐え難い環境の中に
その人を連れ込もうとしているという事に気づいて
僕は落胆をしたのだ
一緒にいようという事が
今、互いに肯定できることで、相手方にとっては
それは嬉しい事で、僕にとっても嬉しい事で
けれども、どちらにせよ
僕の環境の人々とも会わなければならない
そんな環境になるという事は想像に難くなく
二人の概念世界の中だけで存在していくわけではない
だから、僕の世界にいる人々は、僕の選んだ相手方を
認める事は出来ない世界にいるのだ
それが、その人を傷つけること
幸福になるために一緒にいるはずが今度は
当人同士が、傷つけ合うこと、
そんな事が起こる事が目に見えている
最終的に相手の幸福を考えるのであれば
僕が誠意だと思っていた事は
ただのエゴイズムでしかなかったという事で
僕は最終的に概念世界の大きさというものを
まざまざと見せ付けられた形となり
所詮は人間であった
間が作った世界の中でのことなら充分に
変えられるけれども、それ以上の事は変えられない
そんな素朴なもっとも基本的な事を見せ付けられた
悔しいけれども、そういった本質は変えられない、と
認めざる得ない・・・
僕が言っているのは諦めという事ではなく絶対的不可侵領域が
概念として本質という言葉であるという事を見せ付けられ
本質を変えること、生来的に備えた事実を変える事は
人間である僕には不可能な事なのだという事を
まざまざと残酷なほどに見せ付けられたわけである
技術とか、能力とか、そういう事ではないのだ
不可能ではなく 不可侵という領域がある事を僕は見せ付けられて
落胆をしたという事なのである
これは、
僕の人生の中で最も大きな挫折のとして記憶される事に
なるだろう・・・
肉体の衰え
驚いている今日この頃です。
少しくらいは筋力を戻そうと思ったのですが、学生のときには
100回とか出来た腕立てが、無残に今は20回も出来ないです・・・
逆上がりも助走をつけなくても腕の力だけで上がれたのに、
まさか。。。逆上がりは出来るのですが・・・腕の力だけで
上がる事が本当に出来ていたのか???とまるで昔のことが
嘘なのじゃないかというほどに筋力は衰えていました(; ・`д・´)
そして、最近、筋トレをしています。
もともと筋肉がつきやすい体質なので、胸板が既に厚くなって
きました:(;゙゚'ω゚'):
腕もゴツゴツとしてきました。。。最後、身体を筋肉で引き締めれば
今回のダイエットは終了です。
Winny開発者 金子勇氏 訃報
なぜ開発者が逮捕されなくてはならなかったのか???
それを利用する側に問題があっただけのお話ではなかったのだろうか。
WinnyやWinMXというファイル共有ソフトが随分と出回った時期があったが、記憶が確かなら
私が大学2年生で法律ばかり勉強しているときであったと思う。まだ画期的な判例もなく
プロバイダー責任法なども整備されていなかったと記憶している。
今日それらのようなソフトがあまり問題とならないのは、yutubeなどの動画
共有サイトが発達し、様々なジャンルの番組が見ようと思えば検索エンジンで
検索することによってすぐに発見でき、且つ、パソコンにダウンロードして保存
をしなくてもストリーミングで見られるからだろう。
本当の意味のダウンロードというのは実は、パソコンの一時メモリーに記憶
しているところから、ダウンロードを言うのがエンジニアなどの通常のよう
なのですが、今日の一般的な認識としてはパソコンに保存していつでも自分
のパソコン内で見られるようにする事をダウンロードという意味として使って
いると思われる。この記事内のダウンロードという言葉も今日に一般的に
捉え方のダウンロードだと定義をしたいと思います。
話を戻したいと思います。私の疑問、釈然としない点というのはなぜ開発者が
逮捕までされなくてはならなかったのかという点である。学生時代にこの法律
構成について議論をいくつかしたが、私の周囲では特段Winnyが問題であると
いう学生はいなかった。
だから、それを違法性があるとして刑事事件として責任を追及する法律構成に
ついての議論になる事が多かった。
けれども、所詮は学生の議論であるし、そもそも実務法律家である弁護士で
あっても、「なぜ彼が逮捕されるのか?」という事は議論があるところであった。
いま法律構成を調べれば多分それはなんとなく理解は出来るのだろう法解釈が
あるのだと思うのだけれども、納得は出来ない事である。
Winnyはまだ個人間であったから著作権法というものが守られていると私は思うのだ。
Winnyよりもっと悪質であるのはストリーミングのyoutube,FC2動画,ではないだろうか?
個人の動画ファイルのやり取りよりも、より広く誰でもが簡単にみられる状況に置かれて
いるわけであるから、著作権だけで言えばWinnyよりよほど酷いと思われるのだが。
Winny開発者 金子勇氏 訃報というニュースを見て、そんな事を思い出したのである。
優秀な人材と、新しい技術の開発という側面で萎縮を生んでしまった事件であったと
個人的には、そう思うのである。