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動かぬ時計

壊れた時計を見つめて
二人の止まった時間を見つめて
ただ、途方に暮れる

幾度も時計を動かそうとした
止まった時計を直そうとした
けれど 二人の時間は動かない

もう駄目かな
もう動かないのかな

二人で共有できる時間
はないのかな

互いに、薄々気付いていた
互いのポケットに新しい
懐中時計があることに

懐中時計は動いている
しっかりと時を刻んでいる

二人が
違う時間を歩みだした証明

二人の時計は動かないのだ
このとき二人はようやく理解した

もう
二人の時計は直らないのだと
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2010-10-31 : 恋愛詩 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :

彼の気持ち

 あたしは自分に自身がなくて、カラダだけ投げ出すことで
彼に嫌われずに済むと、そう大きな勘違いをしていた。
セックスを満足に求められるままに与えていれば彼はあたしを
嫌いになることなんてないと大きな間違いをしていた。
 でも、心は不思議で彼の心に触れたいと思うのに、そこにセックスを
求めてくれなくなると、あたしは余計に不安になった。

 人を大切に想うとはそれだけのことではない筈だと自分でも
理解しているはずなのに、カラダを求められなくなるとあたしは
酷く不安になって夜も眠れなかった。

 あたしは、どうして彼があたしを今日は拒んだのかを考え
ずっと眠れなかった。あまりに愛しくて、あたし自身、彼のカラダが
目的になっていたのかもしれない。
 あたしは彼が帰ってくるまで不安で不安でたまらなかったから
マンションの玄関に彼が入ってきたとき、我慢できずに挨拶もなく
思いっきり抱きついて、その場で貪るようにキスをして、そして
ネクタイを無理やり外して、その場で犯そうとしたんだ。

 「ごめん。今日は疲れているんだ」 
彼はあたしを振り払ってシャワーに行ってしまった。
その場に取り残された、あたしは、ただどうして拒まれたのか
という理由が分からなかった。頭の中は真っ白だった。

 そして、今もベットの中で天井を見つめながら
その事を考え続けている。嫌われたくなくて、セックスさえ
与え続けていれば嫌われないと思い込んで、セックスをして
いたつもりなのに、いつの間にかあたし自身が、セックスを
しないと不安で不安で仕方なくなっていた。

 どこかで間違ってしまったのだろうけれど、肉体的な
接触を拒まれることが、今のあたしに重くのしかかる。
それを拒まれることなんて全く予想していなかったのだから。
あたしは、鳴き声が聞こえないように声を押し殺して泣いた。

 すると彼が部屋に入ってきた。あたしの心臓は破裂するのでは
ないかというくらいに鼓動を打ち、今すぐに、カラダを重ねて
彼に嫌われていないということを確かめたい衝動に駆られた。
けれど、あたしは我慢して寝たふりをしようと思った。

 彼はあたしの眠っているベットの淵に静かに座った。
「ねえ。まだ起きてるんだろ」と彼は優しい声で言った。
 あたしは、あくまでも寝たふりを続けて息を潜めた。
 「あのね。無理しなくていいんだ。そんなに無理しなくていいんだ」と
彼は静かな穏やかな声で言った。

 その瞬間、あたしは堪えきれず嗚咽を漏らして泣いた。
そして彼に抱きついて、その厚い胸板に顔を押し付けて泣いた。
彼の優しい手があたしの頭を撫でて、それが心地よかった。

 「僕は君の事を愛しているよ。ただ互いに尊重し合いたい。
そんな温かな、信頼し合える関係を築きたいんだ」と彼は
あたしの、頭をずっと撫でながら穏やかに言った。

 ごめんね。あたしは、そんなことにも気付かずに
彼と接していた。ただ、嫌われたくないということだけで
いつしか、彼のあたしへ気持ちを計る行為がセックスになって
あたしは、それがないだけで不安になって、泣いて。
 でも彼の気持ちはもっと大きくて、そんなあたしのように浅い気持ち
ではなかったんだ。一緒に生きていく、人生を歩いていくという
気持ちを持ってくれていたんだ。

 あたしは、自分がとても、とても幼かったことに気付いた。
それが、とても恥ずかしかったけれど、彼がカラダだけで
あたしを好いてくれていたわけではないということが分かって
それが嬉しかった。ただ都合の良い女としてではなくて、あたしを
好きでいてくれるということが嬉しかった。

 本当の自分で正直に彼と向き合って生きていきたいと
心の底から思った。いきなり全てを言うことは無理かも
しれないけれど、彼となら深い信頼を築いていけると
彼の胸で泣きながらそう思った。
2010-10-31 : 短編集 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :

タイピング-ハイ

 ブログや文章を書いている方はもしかすると同じような
感覚をお持ちの方がいるかもしれませんが、マラソンでいう
ランナーズ-ハイのような感覚がタイピングにもあるような
気がしませんか。

 タイピングをしていると、そのカチャカチャという
音が気持ちよくなって来て、深く深くトランスしていく
感覚がありませんか。

 僕は文章を書くときにヘッドフォンをつけて音楽を
聞いたりしているのですが、最近どうして集中できないのか
という事を考えていたら、このタイピングの音が聞こえない
ということが原因のような気がして、今この記事はヘッドフォンを
外して記事を書いています。

 やはりタイピングの音が聞こえるというのは良いものです。
タイピングの音が聞こえるだけで、深く深くトランスすることが
出来るような気がします。

 逆に、ヘッドフォンをせずにタイピングの音が聞こえないと時は
もちろん文章に詰まっている時ですから、あまり気持ちよくは
ありませんが、調子よくタイピングできている時には、このタイピングの
音が絶え間なく聞こえて大変に気持ちが良いです。

 これはタイピング-ハイと言っても良い現象のような気がします。
ずっとタイピングを続けたくなるようなそんな感覚になるのです。
このタイピングのカチャカチャという音は文章を書いている人々に
共通で大変気持ちの良い音のような気がします。

 少なくとも僕はタイピングする音が好きです。
もっと、何かを書きたいという気分にさせるのもきっと
このタイピングの音を聞きたいからだと感じるのです。

 もちろん、それだけではなく何か表現したいという想いも
あるのですが、このタイピングの音も大変に気持ちが良い
ものです。

 もっと、気持ち良いタイピングの音がたくさん聞けるように
文章を書いていきたいと思った夜でした。
2010-10-31 : 作品作成日記 : コメント : 2 : トラックバック : 0 :

想い出

 随分と寒く冬も本番になってきたと感じる、ある日曜の朝のこと。
散歩をしていると近所の、もう随分と歳を召した男性が焚き火を
していた。

 その老人のしゃがんだ足元には、アルバムらしきものが
5~6冊摘んであった。老人はアルバムらしきものに手をやると
愛しそうにそれを眺め人差し指でページを撫でるように触って
いた。どこか、悲しそうに。

「やあ、そこのお兄さん」と、歳を召した男性は僕に声をかけた。
僕は男性の姿を盗み見ていた気分になり、なんとなくばつが
悪い気分になった。
「すみません、庭で焚き火をしている事が珍しかったものですから」と
言って僕はそこから立ち去ろうとした。その男性は僕の方をみて少し
微笑み、「いや、いいんだ。本当は条例で焚き火を庭でしてはいけない
ことになっているはずだからね。迷惑かけてすまないね」と言って男性は
立って、右手で腰をとんとんと叩いた。

 「こんな風に話かけるのも何かの縁だ。お兄さんお茶でも飲みませんか」
僕は、「ご迷惑ではないですか」と男性に言うと「老人の一人暮らしだよ、迷惑
なんてとんでもない。お兄さんこそ時間はあるかい。」
 「ええ。僕も用事はありませんから。ではお言葉に甘えて」と言い僕は
今の家では珍しい縁側に座らせてもらった。その目の前では、火がぱちぱちと
音をさせて燃えている。

 男性はお盆に急須と二人分の湯のみ、そしてお茶請けとして栗きんとんを
持って奥から出てきた。そして僕と男性の間に盆を置き、ゆっくりと急須から
茶を僕の湯飲みに注いでくれた。
「まあ、どうぞ」と男性は言った。
「いただきます」と僕は言って、温かい緑茶をすすった。

 穏やかな日だった。それでも、冬らしくとても寒い。焚き火の
おかげで随分と温かいけれど、やはり冬らしくその風は昼間といえど
頬がピリッとする寒さだった。

 「お兄さんは、今日は休みかい」男性はお茶を啜りながら聞いた。
「ええ。今日は休みです。日曜日ですし」
「それは、いいね。仕事が休みの日はほっとするだろ」
 他愛もない会話が随分と続いた。でも、決して飽きることなど
なかった。男性の声は穏やかで、その表情も優しく全てを見通して
いるような、そんな雰囲気だった。それが父のいない僕を安心させた。
父がいたら、こんな感じなのだろうか、と僕は男性との穏やかな会話の
中に父親の姿を見たような気がした。
 そして男性は空を少し見上げてお茶を啜るとポツリと囁いた。
まるで、独り言のように。
 「思い出は心の中に。それで充分なんだ」とぼんやりと焚き火を見つめて。
「そういえば、あれアルバムですよね」と僕は男性に聞いた。

 「ああ。アルバムだよ」と男性は言った。遠い過去を見る目で。そして続けた。
「あのアルバムには、愛した人の想い出が詰まっているんだ。写真もあるが
たくさんの手紙も一緒にアルバムに保管してあるんだ。でも、もう私も長くない。
それは分かっているんだ。だから、今日はゆっくりと想い出として残してきた
アルバムを心に焼き付けながら焼いているんだ。私がこの世界から消えたら
もう語り合う人もいない。ただ、空白になってしまう想い出なのだから。
私が生きていて、何かを感じられるうちに処分してしまいたかったんだ」

 僕は、静かに男性の話を聞いていた。
何も言えることなど、僕にはなかったから。
ただ、この男性と話せたことが何かの縁で、このような
想いを語ってもらえたことが僕の財産となるのだろう。

 僕は静かに、男性の一言一言を逃すまいと、長い長い
男性の話を聞いていた。
 
2010-10-31 : 短編集 : コメント : 4 : トラックバック : 0 :

花を摘む少女

幼い少女は
笑顔で花を摘む

残酷であることを知らず
少女は花を摘む

でも
それはある種の希望
とても尊い行為

少女は摘んだ花を
花瓶に生けて
病気の母の傍らへ置く

母は少女の愛らしい
気持ちを受け取り
病で弱った心も
少しだけ活気付く

愛と残酷の混じった行為
それでも母は嬉しく想う
娘を愛しく想う

今日も少女は
母への想いで
無邪気に花を摘む
2010-10-31 : 精神世界 : コメント : 6 : トラックバック : 0 :

解のない世界で解を得る

 人の存在には解がない。いつ生まれたのか、宇宙がどのような
意思を持って人間を創造したのかなんてまるで分からない。
 どこまでも研究してもやはり過去のことを全て知ろうとする
ことは難しい。

 人間が存在と解を得ようとするためには学ばなくては
ならないけれども、そこには限界があって、次の世代への
課題として、次の世代に遺していかなければならない。
だからこそ、人は文字を書くようになったのであろう。
 そして発展をしてきたのである。全てがオリジナルの
思考を持つ者などこの世界には存在していない。だからこそ
何かを考えるために過去を知り、その上にさらに深い考察を
加えていくのである。

 厳密に厳密に、何かを知るために学習することは
果てしないことで遥か彼方の幻を追うような作業のよう。
けれども、人はその解を求め続けていかなければならない。

 自分の満足のいくように求め続けていかなけければならない。
解は自分の時間が終わるその瞬間に、つまりは天寿をまっとうする
その瞬間になんとなく感じる満足かんなのかもしれない。

 かの有名なアインシュタインも、自分の研究が終わる途中で
その命が果てました。しかしながら、最後は「満足であった」と
仰ったそうです。
 きっと、自分が求める解を求め続けるということが
個々の人間にとっての本当の解であるのかもしれません。
2010-10-31 : 短編集 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :

思想家

あなたは思想家だろうか
それとも
哀れな夢想家だろうか

時の流れの中で
変われない思想家は
ただの独裁者か
ただの変わり者

議論をしない解を
見つめる者は
ただの独裁者

もし
世界に意味があるとするのなら
その思想をぶつけ合い
調和していくこと

その中に解がある
人は個別の者であるから
理解を示すために
議論が必要になる

もっとも
広い見地を持った
思想が必要となる

凝り固まった
一つの価値観しか持てぬ者
それは思想ではなく
ただの思い込みに過ぎない

哀れな思想は
何も受付けはしない
ただの思い込み

それは思想などではない
ただの思い込み

議論をしましょう
ぶつかり合って
傷ついたとしても

その先の笑顔を目指して
議論をしましょう

哀れな思想家に
ならぬように
2010-10-31 : 精神世界 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :

第1073回「びっくりした外国の習慣、常識」

仕事の関係で中国の内陸部にいくことがあるのですが
中国では、客人をもてなす食事の席では、食べきれない量の
食事を出します。
 次から次へと食べきれない量が出されます。
ここまでは、結構知っている人が多いと思います。

 中国の方と食事をしたことのある方は感じたことが
ある方がいると思うのですが、きれいに全て食べきら
ないのです。お皿に少し何かを残した状態でご馳走様という
具合です。

 それが中国のマナーなのだそうです。
全て食べきるというのは、「ケチ」「卑しい」という
感覚があり、それがマナーになっているのだそうです。

 逆に、食べきれる量を出してしまったということにも
そういう感覚があって、食べきれない量を出すのかもしれません。
とにかく、少しで良いからお皿に何かを残した状態で食べ終える
というのがマナーであるそうです。

 現在では随分と変わってきているとも仰っていましたが
全て食べきることはマナー違反なんだと中国の友人も言って
いました。

 これには驚きました。綺麗に食べてしまうことがマナーとしては
良いと思っていたので、このような文化もあるのだなと少しばかり
驚きました。

 内陸部の開発がまさに進行中という都市の会社と取引などを
されている方がいらっしゃって、もし内陸部に行かないといけない
という場合には、少し注意しながらレストランなどの周囲の人の
様子をそっとうかがってみて下さい。
2010-10-30 : 作品作成日記 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :

本当の信頼

誰だって
争いなんて好んでいないさ

特に感情の
ぶつかり合いなんて
好んでいないさ

そんな辛いこと
繰り返したいと
思う人なんていないさ

でも
怖がっていても
何もはじまらない

感情のぶつかり合いを
恐れては
生きてはいけない

本当の信頼は
感情をぶつけ合うことから
はじまるのだから
2010-10-29 : 精神世界 : コメント : 2 : トラックバック : 0 :

愛せない

君の価値観を
否定する気なんてない

それは
君なのだろうから

でもね
空白の時間の中で
まるで悟ったように
その思想を押し付けても
僕は同意できないよ

まるで
価値観の理解も
共有もないのなら

そこに愛なんて
生まれないよ

君の価値観を
否定はしないけれど
僕は君を愛せない
2010-10-28 : 恋愛詩 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :

言わなければはじまらない

 人の反論、批判、などを受けることが好きな人など
多分、この世界にいないのではないかと思います。
 それは、どの世界でも共通のことであると思います。

 しかしながら、言わなければ何もはじまることはありません。
例えそこで誰かが傷ついてもです。明らかな誹謗中傷であれば
それは不当ですが、その人の意見に対して反論する、批判をする
というのは正当性があることだと僕は思います。嫌な想いをする
人がいるということは理解しますが、その人と話したい理解したい
という異なった考え方を持つ人が、考え方を提示する際には
どうしても多かれ、少なかれ反論、批判ということをするしか
方法はありません。
 もちろん不快感を与えないように、最低限のマナーを守ってです。

 もちろん、そのように考えるにあたって僕自身が書いた
文章に対しても、批判、反論を受けなければなりません。

 そして、そこから議論などが発展していくのだと
考えています。一人の考え方で完全になるのであれば
議論など必要もありません。完全無欠な思想など世界に
あるはずがありません。

 だからこそ、考え方の違いなどが生まれるのですから
その中で議論をして、相手を知っていく、自分も主張していく
ということが重要で、価値基準をどこに置いているかを
互いに聞かなければ議論などにはなり得ないのです。

 そう、反論や批判で傷ついている場合ではないのです。
批判とはそもそもネガティブな概念ではありません反論もそうです。
自分の思想の根拠を示し、相手の思想との食い違いを示すことを
指すのですから、そうしなければ議論もはじまりませんし、そもそも
相手と理解し合う為に話し合うことも出来ません。

 ただ、共感したように上辺だけつくろって、偽共感を得て
いるだけでは、議論なんて出来ません。反論、批判されればそれは
もちろん気持ちの良いこととは思いません。

 作品のなどの中で抽象化された、読み手が想像するために工夫された
文章はそれで良いのだと思いますし、色々な解釈が出来たほうが良い
という場合も多分にありますが、人に批判を加えるとき、反論する時に
於いては、必ず根拠を明示し、どの位置からその考えを導きだしている
のかを話さなくては、全く議論になりません。

 議論をしたくない、話したくない、ただ自分の考えを押し付けよう
とするだけの考えであれば、それはどうかと思います。
「言い切る」ということは時として重要になりますが、しかしながら
それは単に押し付けではなく、「このような前提に立っているから
このように考えるのです」というような言い切り方が重要であると
考えます。よく分からないけれど、「なんとなくこちらが良い」という
場合もありますから、その時は「こっちもありではないでしょうか?
そんな気がしますよ」というように柔らかく言えばいいのだと思います。

 大変に難しいことだと思いますが、批判、反論で傷つくと言われて
それを批判、反論を「悪いことだ」と言ってしまうと発展性など
望める余地もなくなります。

 だから、言わなければ何もはじまらないのと思うのです。
理解し合う為に批判、反論があり、もっと高みに行くために
その上に議論があるのだと考えます。
 それは、個人対個人であっても、企業対企業であってもです。
  
 このような想いがあって話しても、全く通じないことがあるという
ことも知りました。

 だからこそ、もっとたくさん議論をする場所、時間を持って
いけるようにしていきたいと思うのです。
 もちろん反論、批判を受けるときは緊張しますが
そのように話をしていくことが重要なことだと感じるのです。
反論、批判というのはネガティブな言葉ではないということを
肝に銘じて、自分自身も批判、反論を受ける中で、真剣に対話を
していきたいと感じるのです。
2010-10-28 : 作品作成日記 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :

反論に対しての受け止め方

 反論に対して僕は拒絶するつもりはありません。
しかしながら、盲目的に受け入れるつもりもありません。
人に言われたことを盲目的に受け入れるならば議論の余地も
選択枠もない世界になってしまいます。

 加えて全く発展性を望むことはできません。
反論されたことに対して本気で考えるからこそ、
反論が出るのです。理論構成、根拠もない反論で
あればそれ相応に噛み付きます。

 「どうして、そう思ったのか」、「どうして、そのように感じたのか」
「どのようなルーツを持ってその考えに至ったのか」「こう思うからこうなる」
など条件、定義がなければ発展性のない水掛け論になります。
 ただ哲学的な言葉をつかって抽象化し過ぎた反論に対しても、それには根拠を
見出せませんので、そのような反論は反論でもありません。
 又、反論は対立でもありませんので、僕は穏やかに議論をしていきたいと
思うのです。しかしながら、僕も至らぬ部分があるので過剰に反応して
しまう部分もあります。けれども対立をしようとは思っていません。
考え方として妥当性があると認識するべき根拠がそこに存在すれば
そんな考え方もあるのだと納得をする姿勢は持っているつもりです。

 反論をする際には自分が思う、反論対象に関する定義を
相手に伝えなくては必ず溝が出来ます。
 もともと、人によって各々の事象に対する立場、考えている
基盤が異なっているのですから、どのような考え方を土台にして
その言葉の定義は何なのかということを互いに知らなければ
議論になりません。 

 盲目的に何かを信じるつもりはありません。
盲目的に人の意見を信じるつもりもありません。

 けれども、人の意見を聞かないということではありません。
意見を聞く際には必ず、どうしてそのようになるのかという
説明が含まれることが殆どです。

 ただ抽象的に何の説明もなくもっともらしいことを
反論で使うべきではないと僕は考えています。
2010-10-28 : 作品作成日記 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :

真実を知るために

 文章を書くということで、自分という存在を客観視する
ことが出来ます。
 真実が知りたいというのは、口癖なのですが、自分が何者か
何をするために此処にいるのか、ということを知りたいと
いつも真実を知りたいと想いながら文章を綴っています。

 自分自身でさえも、自分のことが分からないのですから
少なからず自分という存在を客観的に見つめられるように
しなければなりません。
 それが自分にとって文章を綴るということなのでしょう。

 しかしながら、自分を知るということばかりではなく
文章を綴るというのは何かをこの世界に遺していきたいという
想いもあり、こうして文章を綴っています。

 多分、文章を綴るということは自分にとって、一つだけの
意味ではないのだと考えています。
 文章を綴るためには色々なことを学ばなければなりません。
空っぽの頭では、文章など書けるはずもなく、文章を書いていく
ということは苦しいことも辛いことも経験していくことなのだと
感じます。

 それを、どのようにあらわして行くのか、その文章にどのような
想いを込めて綴るのかということが重要なのだとも感じます。

 しかしながら、真実はどこにあるのかということが
自分自身の命題でもあります。文章を綴らなければ見えてこない
真実がそこにあるのだと感じています。だからこそ、文章を綴っていく
という行為を行い続けるのです。

 これからも、この先も、たまには煮詰まっても文章を書くという行為
自体は続けていこうと考えています。多少惰性になっても、文章を綴る
ことで複合的に自分の命題、望みに答えてくれる唯一の行為だと思う
今日この頃なのです。

 文章を書くという行為を続けていくためにも文章を書くという
構成などの学習もしていかなければならないと考えています。
もっと、より良い文章を綴るためにはまだまだ学習が足りない
部分がたくさんあるので、それを埋めていかなければなりません。

 その、中で己の真実が見つかるのだと確信をしています。
すなわち、文章を書くためにはたくさんの知識がいるということ、
そのため、まだまだたくさんの学習をしなければならないということ、
そして、その中で自分が知りたいと思う真実に近づいていけるのだと
信じています。

 もっとも根源的な真実に近づいていけるのだと感じているのです。
だから、どのようなことであれ文章を書き続けていくことが自分に
とって大変に重要なことなのだと感じるのです。
2010-10-28 : 作品作成日記 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :

理由

全てに理由をつけるなんて
不可能なことさ

全ての事象に
理由をつけるなんて
馬鹿げたことさ

よく考えてごらん
簡単な組み合わせの問題だよ

ほらね
似たようなことでも
結果が随分違うだろ

そう
無限に近い組み合わせで
構成されていることは
人には分かる

でもね
その組み合わせを一つづつ
検証しようなんて
馬鹿げたことさ

理由をつけることは出来るけれど
全てに理由をつける作業は
無限に続くのだから

もう、そんなことやめて
少しだけ外出しよう

君の大好きな
青空のもとへ

理由をつけずとも
存在している
青空のもとえ
2010-10-28 : 精神世界 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :

宝石涙

 君は大粒の涙を、その大きく澄んだ瞳から
ぽろぽろと、いくつも、いくつも作っては部屋の
フローリングにぽたぽたと落とした。

 その涙は、きらきらと光ってフローリングに落ちては
砕けて散らばった。それはガラス玉がコンクリートに落ちて
散らばってきらきらと輝いている様に似ていた。
 
 強いはずの君が泣いている現実を僕は直視出来ずに
ただ、黙ってフロアーに砕けて散ばった涙の破片を
ぼんやりと見つめていた。
 君もそれ以上は何も言わず、ただ次々に涙をつくり
それがフロアーの上に砕けて散ばっていくばかりだった。

 声も出さす、ただただ大粒の涙を流している君を
愛しいと思ったけれど、もう僕には抱くことは出来ないから
ただ、ただ黙って涙の破片をぼんやりと眺めるのだった。

 穏やかで静かな夜だった。ただ、本格的な冬がすぐ近くまで
やってきていて随分と寒い夜だった。その分、夜空は澄んでいて
きらきらと星屑がきらめいていた。その、きらめきは今の僕と
君には不釣合いなくらいに、希望に満ちてきらめいていた。

 もしかしたら、僕と君との間には希望はないかもしれない。
けれど、星屑は希望の光を僕と君という個人に対して示している。
もしかしたら、僕と君は二人で居なくても良いのかもしれない。
 僕の出した自分勝手な結論だった。きっと二人でいる必要なんて
ないのだという、君の意見を全く聞かない身勝手な結論を僕は勝手に
出した。君はそんなことでは泣かない強い人だと思っていたから。

 でも、決して君が強かったのではなく
随分と色々な事を我慢して、星屑の光のように消えそうだけれど
淡い希望だけを支えにして、ここまで我慢してくれていたことに
僕は今更気付いたのだ。
 しかし、それに気付いたからといって、もう時間は個別の時間に
進みはじめ、心は違う場所を目指している。もう随分と離れた場所に
互いの心が居るような気がした。

 ただ、共有しているのは今という空間であって
それは心ではないのだ。君が泣いている、この部屋という
空間を共有し、そしてその時間を共有しているということ
だけなのだ。同じことに悲しみ、心が同じ場所にあって
心を共有しているわけではないのだ。

 そのような事とは関係なく、ただ君の涙は綺麗だった。
まるで、それは一瞬だけ輝く宝石のようで。そしてフロアーに
落ちて砕け散って、きらきらと星屑のようにきらめいているのだった。
   
2010-10-27 : 短編集 : コメント : 4 : トラックバック : 0 :

空に届きそうで

空に手をかざしていれば
いつか届くのではないかと
思ってしまうけれど

それは、到底無理なこと
それでも手をかざし
空を眺め続ける

この願いが
ずっと続きますように

遥か彼方の遠い願い
それは空に触れること

淡い夢かもしれない
それは幻想かもしれない

それでも
この願いが続きますように

純粋に
空に触れたいという
想いが続きますように
2010-10-27 : 啓発詩 : コメント : 2 : トラックバック : 0 :

誰かが言った

誰かが言った
そこには虚無しかないと

誰かが泣いている
あの暗い場所で
現実を避けるように

閉ざしたのは心の扉で
君は真っ暗な心の底に
一人ぼっちで座っている

誰かが言った
君の心に触れたいと
温かに やわらかく

そんな声
君に聞こえるはずがない

当たり前だよね
そんな場所にいたら
聞こえないよね
2010-10-27 : 精神世界 : コメント : 2 : トラックバック : 0 :

諦めない

永遠を
見つめる度に絶望をして
長い夢から覚めたように
あなたは現実を見つめる

望みを持つたび
幾度も幾度も挫折して

それでも
あなたは諦めはしない

あなたは
幾度も希望を見つけて
歩みだす
2010-10-27 : 啓発詩 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :

夢を見て

世界の果てに
君は夢を見て

誰の声も聞こえない
場所へと閉じこもる

瞳を閉じて
瞼の裏の人影に

あなたは誰かと問われ
言われるままに
答えようとする

けれども
己が誰なのか分からず
君は困った表情をする
2010-10-27 : 恋愛詩 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :

希望を乗せて

掌に希望を乗せて
君は天使のように笑っている

真白な心のままで
君は笑っている

そのままの心では
汚れてしまうということを
まるで知りもせずに
2010-10-27 : 恋愛詩 : コメント : 2 : トラックバック : 0 :

瞳を閉じて

瞳を閉じてごらん
何が見える

何も見えないなんて
そんなことない筈だよ

その瞼の裏に
焼きついて
薄れることない
愛しい人が居るはずだよ

胸焦がれ
細胞の隅々までに
染み渡った愛情が
そこには見える筈だよ

どんな色をしている
どんな形をしている

よく見つめて
もう心の瞳を逸らさずに
しっかりと見つめてごらん

きっと
大切なことが分かるから
2010-10-26 : 啓発詩 : コメント : 4 : トラックバック : 0 :

星屑に手を伸ばして

しとしと雨降る日
夜が来るのを待って
街をふらりと彷徨って

星屑が見えない代わりに
ネオンが星屑のように
きらきらと輝いて
それは淡い希望のようで
そっと手を伸ばす

乱れ狂う蝶が
群がり体を吸い尽くされて
世界が夜の闇に落ちていく

淡い夢物語は
夜の中に
星屑の光は
ネオンに代わり

淡い希望に手を伸ばし
偽物を掴まされても
事実を知っても
心は夜の闇の中

ネオンの星屑に
夢を見て希望を見出そうとする

どこまでも続く
夜の中を
ネオンの星屑の光だけを
頼りに彷徨い続ける
2010-10-25 : 恋愛詩 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :

経験していないこと

 「経験していないことは分からない」という事を
仰った方がいたので、少しばかり経験ということについて
考えてみました。本当はこの文章を書くつもりはありません
でしたがやはり納得がいかないので、僕はこれを文章にします。

 続きの文章は少しばかり気分を害する方が
いるかもしれませんので閉じました。それでも
読みたい方はご自身の責任で開いてください。

 自分の経験に対する考えを書いているのですが、
あまりにこの一言が僕にとって衝撃を与え、それは
明らかにおかしいし、その一言で片付けてしまったら
この先文章を書くことが出来ませんから、正直に
考えを書かせて頂きました。 
 

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2010-10-24 : 作品作成日記 : コメント : 20 : トラックバック : 0 :

空を見上げて

大都会の真ん中で
空を見上げることも忘れている

すごく簡単なことで
幼い頃に夕焼けを綺麗だと
思った時のように

ただ、空を見上げたら
きっと悩みなんて
ちっぽけなものなのに

皆が忘れている
本当に簡単なことさえも
思い出せないくらいに
必死で生きている
2010-10-24 : 啓発詩 : コメント : 2 : トラックバック : 0 :

小さな夢

小さな夢を見る
大きな空の下で
それは不釣り合いな
ほんの小さな夢を見る

愛しい人がそばにいて
手を握ってくれるんだ

小さな 小さな
夢を見る

君と二人で笑う夢を見る
君と時間を共有する夢を見る

それは
他愛のない人の一生で
空からすれば
ほんの一瞬の出来事
2010-10-24 : 恋愛詩 : コメント : 4 : トラックバック : 0 :

夜蝶

ざわめく街の中
雑踏と喧騒の中

眠らぬ街の蝶は
悲しいほど孤独で
世闇に踊る

消えないように
冷めないように
必死で偽物の愛を
温めようとする

フェイクだと知りつつも
愛を生産しようと必死に
それぞれの方法を見つけ出す

冷たい 冷たい
この夜の街で

嘘でも触れていたかったから
愛らしき感情に
2010-10-24 : 恋愛詩 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :

よくある命題~ どちらを選択するのか

 よくある命題で、「奥さんと、子どもが危機に直面していて助けられるのは
どちらか一方である。どちらを選びますか?」という問題を聞いたことが
一度くらいはあるのではないかなと思います。

 言葉は違えどこの内容と殆ど同じような内容の質問で盛り上がったり
したことが誰でも一度くらいはあるのではないでしょうか。

 僕はこの命題に関して答える答えは「子ども」とは答えません。
なぜなら、僕は子どもを愛して、その奥さんと一緒になったわけでは
ないからです。もちろん、愛している女性との間に生まれた子どもで
あれば可愛くないわけがありません。
 しかしながら、その窮地の中で、どちらか一方を助けるという場面
ならば、僕は自分の愛する女性を助けることを選択するでしょう。

 なぜなら、僕はその女性を愛したからです。
子どもはその中の副産物ですし、愛している女性が居なくなったら
もう、二度と二人で子どもを作ることは出来ません。
 女性の気持ちでは子どもを助けて欲しいという場合が多いのかもしれ
ません。

 それでも僕は女性の方を助けます。
愛に重さがあるのか、順位があるのかと問われたら「無い」と
答えたいところですが、人生の窮地の際に選択をしなければならない
時には愛にも順番を瞬時につけて行動しなければなりません。

 僕はこの命題に対して考えるのは、「自分が愛したのはその女性である」
という事実で、その女性がいなければ二度と二人の子どもは作れないという
事実です。

 子どもが出来たらきっと可愛いのだろうと思いますが
このような選択の場合には、子どもを愛したわけではなく
愛した女性との間に出来た子どもであるから愛しい可愛いという
ことになります。もし僕が、この命題のような状況に陥ったとして
女性を助けて、愛した女性にそれを恨まれても、その後の人生も
それを受け止めて、愛した女性の心の痛みも共有して、
信頼関係を築いていくことをしたいと思うのです。 
2010-10-23 : 作品作成日記 : コメント : 4 : トラックバック : 0 :

リキュール

疲れた心に
優しさのリキュールを

あなたは
あたしのバーテンダー

世界にひとつのレシピで
止まり木にとまる鳥のように
あたしの心は癒される

あなたのしなやかな指先で
胸を焦がされて

甘いリキュールで
酔わされて
優しい夢の中

安心に酔わされて
夢の中

最高のレシピを持つ
バーテンダー

あたしだけの
唯一のバーテンダーは
心に決めた人
2010-10-23 : 恋愛詩 : コメント : 2 : トラックバック : 0 :

お酒に弱い

 普段は全くといっていいほどにお酒は飲みませんが
今日は大変久しぶりに会う約束をした方々を会って
いました。一人はプロスノーボーダーの女性、もう一人は
カメラの仕事で一緒になって6年ほど交友関係がある人です。

 久しぶりに会って二人ともお酒を注文していたので
僕もZIMAなんてリキュールを久しぶりに飲んでみたわけです。
美味しいのですが・・・僕はウィスキー、ワイン、日本酒以外の
最近の新しいお酒、ビールなど、何か混ざり物があるようなお酒を
飲むと大抵カラダの間接が痛くなります。

 しかしながら、久しぶりに会った知人とご飯を食べ
お酒を飲むのもたまにはいいなと思ったのです。
 本当に普段は全くお酒なんて飲みませんが、今日はお酒が
大変美味しく感じました。

 でも、不思議です。一人でちまちまとウィスキーくらいは家で
飲むのですが、その際には間接はいたくならないのですが、発泡酒や
リキュールの類を飲むと頭はすぐに痛くなるし間接はいたいし・・・
これは、なんなのでしょうか・・・

 でも、楽しかったから良いということにしておきましょう。
しかし、間接が痛くてタイピングがしにくいです。が・・・
今日、明日は休日なので、また創作活動をしようかと思います。

 仕事を家に持って帰ってきているので、それもやらなくては
なりませんが、一応休みですので気楽に過ごそうと思います。
でも、Webページを作らないといけないので、少し気が重いと
いいますか、最近めっきりHTMLやCSSなんてものに触れて
いなかったので本当に忘れています。

 本を見ながらやろうと思います。
自分のWEBも立ち上げたいですし丁度良いので思い出しがてら
この休日は創作活動とWEB作成に明け暮れようと思います。

 皆さんも楽しい休日をお過ごし下さい。
2010-10-23 : 作品作成日記 : コメント : 4 : トラックバック : 0 :

記憶の脆弱さ

 君はいつの悲しそうな表情で僕を見つめて
少しだけ「心配しないで」と言って微笑むんだ。
僕には、その理由が分からなかったけれど
君が側にいてくれるから、まるで夢の中にいるように
ふわふわとして気持ちが良い世界に浸っていた。
君が何を抱えているかなんて全く知らずに僕は
ただ君と過ごす時間を浪費していったのだ。

 後になって真実が分かっても、それはただ
唖然とするばかりで現実だと思えと言われるほうが
無理な話であった。

 思考がショートして頭が狂いそうで、そして激しい嘔吐と
眩暈が襲って来て僕はそのまま気を失って病院に運びこまれた。

 そして、僕はその真実を受け入れられないから、都合よく記憶を
失って、君という人と出会ってないという記憶を創りだしたのだ。
だから、僕には君と言う人の記憶はもう既にないし、それを語る
ことも出来ないのだった。

1
 もう、君がいたことさえ思い出せないよ。
僕は自分の書いた「君」という人への想いを読み返していた。
まるで小説のような感覚で、日記帳をぺらぺらとめくっていた。
 僕は自分がこの文章を書いたなんてまるで信じられなかった。
僕にこんな文章が書けるなんて信じられなかったし、この体験した
こともない感情が文字として、たくさん書いているのだ。
 僕は過去にこの日記のような想いを抱いて人と付き合ったこと
なんてないはずなのだ。

 この日記によると僕は「君」という人と恋人であったらしいのだけれど、
それはまるで僕の記憶から無くなってしまっている。

 もし、仮に君という人が存在していたとして、僕が倒れた
という知らせを聞いたのなら、恋人なら会いに来ても不思議では
ないではないか。でも、僕に会いにくる女性なんて誰もいなかった。
それが、僕には恋人がいなかったという証明ではないのだろうか。
そう誰とも心を通わせたことなんて僕にはなかったのだ。
そう、きっとそれが真実なのだ。僕が記憶を失ったなんて
冗談なのだと僕は思った。

 でも、手に持っているのは、確かに僕の筆跡で書かれた
日記で、自分が書いたであろうと言うことは疑いようがなかった。

 きっと、これは僕が創作活動をしていたストーリーで、その続きを
書いたものなのだと、理解することにした。
 でも、何かがおかしいという感覚は消えなかった。


2 

 僕は汗だくになっていた。そして目を覚ましたのは全く見覚えの
ない部屋だった。僕の腕には点滴の管がたくさんつけられていた。
そしてカラダは言うことをうまくきかず、ベットから起き上がると
眩暈がした。

 どうして、僕はこんな場所にいるのだろうか。
何か随分と長い夢を見ていた気がする。

 「ああ、そうだ僕は入院していたのだ・・・」
ただ、それだけのことだ。

3
  本物の記憶なんてちっぽけなもので
正しく認識できないとしても、本人が真実だと感じている
のなら全てが正しい自分の現実となるのだ。

 彼が実証している。それが記憶の脆弱さなのだ。
彼の世界からは愛しかった人の記憶さえ無くなって
既に彼の世界からは、愛しかったその人はまるでこの
世界に存在していなかったことになっている。
 というより彼の世界にそもそも存在していないことに
なっているのだ。

 「人の記憶なんて随分と脆いものだ、何が愛だ。馬鹿馬鹿しい」と
神様は不機嫌そうに呟いた。
 愛を創造出来たと思ったのに、まるで誤算だった。
愛なんてものは幻想なのかもしれないと神様は深い溜息をついた。

 
2010-10-22 : 短編集 : コメント : 2 : トラックバック : 0 :
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