月明かりも意外に明るい
やることは山ほどあるのですが、自分の仕事が一応完了しました。
そして今日は、眼球までも痛くなって、疲労が溜まっているので
ベットに横になりぼんやりと月を眺めていました。
今日は実に月がきれいな夜です。
月の光でも案外明るいのだなということを久しぶりに
思い出しました。
人は文明を持ち、暮らしを豊かにしてきました。
しかしながら一息ついてふと空を眺める事さえも
忘れてしまっているような気がします。
仕事が終わっても、ストレスの解消に飲みにいったり
カラオケに行ったり、それはそれで良いのですが、そうではなく
少し空を眺めてみるのもたまにはいかがでしょうか。
きっと人はほんの少し文明に疲れてしまっているのです。
時々は自分も生身の人間であって自然の中に生きているのだ
というような感覚を思い出してみるともっとリフレッシュできる
かもしれません。
たまには、明かりを消して、月明かりの差し込む部屋で
ぼんやりとしてみては如何でしょうか。
壊れていく程に美しい
本当に美しい瞬間があるのだ。全てのことに共通する原則なのだ。
何もかもに終わりがある。それは物でも、心にも、そして人間の肉体にも。
壊れ逝く様がこの世界で一番美しいと思うのは僕だけなのだろうか。
恣意的に壊すのではなく、ただ時間の流れに身を任せそして少しづつ壊れ
やがて一瞬にして、それは風に吹き飛ばされるように跡形もなく消えてしまう
ような様がこの世界で一番儚く愛しいと思うのは僕だけなのだろうか。
1 The moon
月夜の夜にあなたは逝きました。
心も体も壊して逝きました。ただ破滅に向かうあなたの消える瞬間
僕はそれにただただ見とれるだけでした。
桜の花びらが散るように、手首から美しい深紅の血液が流れ
フロアーを飾りました。それは散り逝く桜のようで僕はただただ
見とれるばかりで、非現実な世界に浸りまるで芸術を見るように
ただただ儚く愛しい気持ちで眺めていたのです。
あなたは、月明かりに照らされて、その横顔はまるで
彫刻のようでした。その儚くも美しすぎる光景を自分から
壊すことは出来ませんでした。
そして彼女はこの世界からいなくなりました。
最後の彼女の横顔は今も僕の心の中に美しく鮮明に遺っています。
それは写真のように、隅々まで僕は最後の感触まで全てを思い出す
ことが出来るのです。
僕にしか理解は出来ないであろうこの芸術を僕は心に残して
生きていくことが出来る。それは、あなたが居なくなったという
事実の悲しみよりも、強くそして優しく美しいことでした。
2 Last night
昨夜、僕はある少女に出会いました。年齢は18歳で大人か子どもかと
問われれば、僕には子どもにしか見えませんでした。
しかし、その瞳は固い決意を持った、この世界の果てを見透かすように
透明で、深い絶望の中にいるようでした。
「ねえ、この世界に何か信じられるものは存在していますか」と少女は僕に
問いかけた。少女の瞳は僕を直視することはせず、アイスコーヒーのグラスを
ストローでぐるぐるとかき回しながら聞くのでした。
僕は煙草に火をつけて、そして深くその煙を吸い込んで吐き出してから答えました。
「自分のココロ以外は信じることは出来ない」
「そう・・・じゃあ、あたしは自分さえも信じられないから、もう終わりなんだね」
「そうかもしれないね」決してネガティブではない口調で少女は僕に言ったのです。
少女は僕を高層ビルの屋上に行こうと誘った。
それは決意をした様子で。
僕と少女は高層ビルの屋上でしばらく星も見えない夜空を見上げた。
少女は一粒の涙を流した。
ただ、それだけのこと。
どんな物語も、どんな過激なストーリーもないけれど
それは美しい瞬間でした。少女の涙はまるで宝石のように輝いて
それは地面に落ちました。その一瞬の涙の輝きがどれほどに
美しいことだったでしょうか。
3 End of the my world
僕は随分と美しい光景を目の当たりにしました。
もう十分な程に。僕の感じるこの世界感もいづれ終わりを
告げるからこそ美しいものであるのです。
最後は僕が。。。散逝くことで、全てが美しい出来事へとなり
僕が感じた世界は全てが無くなり、その瞬間が一番美しいのだろう。
自分自身でそれを確認することが出来ないのは残念なことであるが
僕はそれが最後に一番ふさわしいと思った。
そして僕はきらめく夢の中へと。。。
そして、ゆらゆらとした浮遊感と共に沈み逝くのです。
たくさんの情報の中で
ことが出来ます。専門的なことから日常的なことまでありとあらゆる
情報が無料で手に入ります。
その中で最近発見したことがひとつあります。
確かに知識というのは生きていくうえで武器にはなるのですが
けれども成功するための王道はないということです。
当たり前のことを当たり前にやる。怠慢を起こさずに
やるべき事をやるということがいかに大切なのかということに
気づきました。確かにノウハウというのは重要なファクターであると
思いますが、ノウハウだけで成功するはずがありません。
ノウハウを実行しなければそこに成功はないのです。
知ったら、当たり前ですがそれを実行に移すことが何より
重要なことだと実感したのです。めんどくさがらずにそれを楽しめるように
工夫しながら実行していかなければ成功するはずがないのです。
このことを大事にしながら進んでいきたいと思います。
ひとまず30日の朝までに修正した契約書と事業計画書をあげなければ
なりませんので、しっかりと当たり前にやっていきたいと感じます。
楽しめるように工夫しながらこなしていきたいと感じるのです。
言葉だけでは足りない
「言葉だけじゃ足りないの・・・」
僕には意味が良くわからなかった。何が足りないのか
僕には理解が出来なかったのだ。
言葉だけでは足りない・・・
「愛している」とか「好き」だとかそんな言葉だけでは
足りないということだと思うしかなかった。
けれどもそれも何か違う気がした。
もっと深い深い意味があるのだと思った。
そうでなければ彼女は何のために涙を流しているのか
まったく理解できなくなってしまうからだ。
彼女が涙を流しながら訴えている言葉だけではたりない
といのはもっと精神的な、もっと根源的な何かなのだろう。
でも、僕にはいまいちそれがわからなかったのだ。
彼女が言葉だけでは足りないと僕に訴えたところで
僕に何をどのように理解しろというのだろうか。
まったく検討がつかなかった。
僕は超能力があるわけじゃないんだ。
もっと具体的な言葉でそれを表してくれない限り
僕には何もしようがないのだ。
「言葉だけでは足りない」という難問を僕に与えて
彼女は僕の解に何を期しているだろうか。
今の僕には到底理解できそうもないと思った。
そして二人無言のまま、解も得られないまま
夜は更けていくのだった。
書くことは自分の財産になる
これは無形財産なのですが、年をとっていく僕にとって
何かを書いていくということは、その時のことを思い出すために
有用なことが文章をつづる事だと感じています。
なるべく思いついたら文章をつづりたいと思い
僕はwimaxというインターネットサービスに入会してきました。
これで、僕は外でもブログを書くことが出来るようになりました。
なるべくパソコンを持ち歩いて仕事にもそして文章を綴ることに
フルに活用していきたいと思っています。ブログに何かを書き残す
ということで僕はこうして文章を綴ることを続けていられます。
普通の日記とは少し違うのがブログです。
たいしたことは綴れませんが、しかしながらこうして
誰かに何かを伝えるということもできますし、交流も生まれてきます。
私はこの環境に感謝をして文章をどんどん綴っていきたいと思います。
人生観
思っていましたが、実際心が震えても何も書けない
こともあることを知りました。
自分が感じたことを言葉にしてしまうと何かそれは
違った意味になってしまって、自分で読み返しても
それは言葉にした時点で自分の想いではなくなっている
ことも少なくないのです。
でも、人は文章に自分の想いを遺しておかないと
それを忘れてしまうのです。
僕は何と正確に心が揺れた物事を書いておこうと
思うのですがそれがうまくいかないのです。
最近の心が震えた出来事はやはり彼女との別れで
あると思います。しかしながら、随分と落ち着いた自分もいて
何をどのように自分が感じているのかさえうまく表現できない
のです。
すごく落ち込んだわけでもありませんが、確かに心が震えたことは
事実としてあるのですが、それを上手に表現することが今の僕には
出来ません。
ショックだったのは事実ですが、内心ほっとしている部分もあります。
自分の仕事のこともあり、本当に何をどのように感じているのか
それを表現するのが難しいのです。
しかしながら、どのような迷いでさえ、どんなに解らないことでさえ
文章に遺しておかない限り僕は心が震えたという事実さえ忘れてしまうと
思ったので、こうして文章を書いています。
とにかく文章に何かを遺していく事が自分にとって大切なことなのだと
感じているのです。
それを感じることが出来た、確認できたという事実が一番
重要なことなのかもしれません。
別れの季節、そして始まりの季節
僕は7年間お付き合いした彼女から別れを告げられました。
嫌いとかそういうことではない・・・との事でしたが
事実として僕は彼女にふられたのです。
あたしがいなければ、もっと自由に勉強もできるし。。。
と僕のことを考えて決断してくれたように感じました。
正直、今の僕は精一杯でした。
興したばかりの会社のこと、そして自分の勉強、つまりは
自分が望む未来を切り開いていくことに精一杯でした。
それをしているだけで僕には時間があまりないのです。
もちろん彼女のことも考えていなかったわけではありません。
でも、そこまで手が回りませんでしたし、正直未来を考えられませんでした。
これでよかったのだと思います。
確かに寂しいと思う気持ちと、もっと何かをしてあげることが
できなくて申し訳なかったと感じます。
でも、彼女の最後の優しさだったと感じたのは僕を先に
ふってくれたことでした。僕はまだ勉強したいことがありますし
自分の知りたいことをやっていきたいと思っているのです。
会社は三年でだいたい形になると予想しています。
その中で、私はまた大学に行きたいと思っています。
やはり通過すると決めた米国弁護士の道、その後まだ大学に
行って学びたい分野があるのす。そして僕は色々な知識を手に入れ
そのなかで自分が何を望んでいるのか、何に喜びを感じるのかということを
追求していきたいと感じるのです。
これが僕の別れです。でも、新しく始まったことも僕にはあります。
新しい環境、新しい仕事、何もかも始めての世界で僕はいまもがいています。
これがどれだけつらく、また楽しいことでしょうか。
ベンチャーなので不安といえば不安なのですが、これを一緒にやっていく
仲間がいて、そして僕の言葉を信じて業務を遂行してくれるのです。
しばらくはこの世界で僕はこの仕事の仲間とやっていくのです。
そして皆が、楽しく、少なくともお金のことで不安にならない人生を
送っていくことができたらと感じるのです。
悲しんでばかりはいられないので、僕はこの仕事を成功させるために
プランニング、銀行対策をしっかりやっていきたいと感じるのです。
さあ、新しい世界へ行こう。
Broken-hearted
I thought when she kid me.
But, She was serious about breaking up to me.
Feel like stop to long long time.
Actually, flow just a little minute.
It was no use saying to her from me.
Only, I heard to her saying it.
I'm free from her.
But, I feel like a little sad.
びびり
随分を強くなったつもりですが、やはり性分は変わることなく
順調に見えたことも、少しつまづいたり、人との間にわだかまりが
残るようなことがあると、かなりオロオロしてしまいます。
特に今、自分達が起こした仕事をしていることもあって
契約書の修正提案などにはかなりナーバスになります。
そして内心かなりビクビクしながら先方からの返事を待ちます。
心臓に毛を生やしたいと心から思います(;・∀・)
思想と行動
色々な事を経験する中で人は成長して
いくのかもしれないけれど、きっと思想を固めて
しまったときからその成長は止まるのかもしれない。
広く浅く柔軟に対応していくことが望まれる
この世界で私はどちらを支持するべきか、そして自分が
何を基準として生きていくべきかと考えています。
思想を固めないということはある意味で
プロフェッショナルではないといえると思います。
しかし、思想を固めすぎても時代の流れについて
いくことができません。
もしかしたらこの考え方自体が間違いなの
かもしれません。けれども私はこのように考えるのです。
私は広く浅く何でもやりたい、知りたいという気持ちで
幼い頃からやってきました。物心ついたころにはそのような
考え方を既にもっていました。そして、ここまで生きてきました。
それが正しいとも正しくないとも考えていたわけではありません。
しかしながら、きっと幅広い知識や経験などは何かに役に立つに
違いないと思いやってきました。
しかしながら、「何でもできるということは何もできないと一緒だ」と
言う考え方を聞いたとき、そうかもしれないとも思ったのです。
「二兎追うものは一兎も得ず」と言われています。
私は自分なりに解釈をした結果、「幅広い知識を手に入れること」を
一兎として解釈することで、全てを思いのままに得ていきたいと考える
ようになりました。
そして、ここまでやってきました。
しかしながら、その結果私はプロフェッショナルな何かを
持っているわけではありません。ほかの人より少しだけ
他の知識も持ち合わせているに過ぎないのです。
今、ある程度の年齢を迎え、これから自分が生きていくうえで
自分の武器とは何かを考えるようになったとき、自分はどのように
何を生業として生きていくことが最善のことなのだろうかと
考え込んでしまうのです。
しかしながら、今までの自分がある程度積み重ねてきた
ことに何か後悔をしているわけではありません。
きっと今から僕の武器になるのは幅広い知識であると感じます。
ある程度のことを幅広く知っているからこそ全体を見渡せるのだと
感じるのです。
私自身の生きるための思想が何かを知っていくことです。
そして、どのような作用をそれが引き起こしているのかを
社会で起こっている現実に当てはめて考えていくことです。
だからこそ幅広い知識を身に着けなければならないし
身に着けたいと思うのです。
それが自分の思想となり、自分の行動の幅、知識の幅をこれからも
広くしていき、私自身が成長していければと感じるのです。
愛しい気持ち
法律の書籍を手に取りました。もともと法律の勉強をしていて
僕はまさか友人と会社をやるなんて考えてもおらず、本当は
今年留学をする予定でした。
国は違えど弁護士資格を取得するために僕はアメリカに留学する
予定でした。それで、英語の勉強にしぼるために日本語の法律の教科書や
関連書籍はダンボールにいれてしまってあったのですが、国際取引に関係する
法律を参照するためにそれらを引っ張り出してきました。
書籍の紙の感触が気持ちよく、ページをめくっていると
それがなんとも愛しい行為であろうかと思ったのです。
恋に似ている感じで、またそれ以上の感情が沸きあがり
ました。
僕はその書籍を抱きしめて、そして「また戻ってきたんだ」と
なんとなくそんな気がしました。
また、いづれ近い内に戻る学問の世界に久しぶりに触れ
やはり僕は本が好きで、学問が好きなのだと実感がわきました。
愛しいという気持ちは人に対してばかりではなく
このような無生物、物に対しても生まれる感情であることも
実感した一日でした。
心と金
けれども、お金がなくて暮らせるかといったらそれはNoです。
では、お金がない中で愛を育むことができるのでしょうか?
お金が全てではないことくらいだれでも知っています。
けれども、皆口に出して言わないだけで、お金の上に
人の心が成り立っている事実がそこにあるのです。
結婚をして子供を育てるためにはお金が必要です。
そもそも恋人として愛を育む段階ですでにお金はいります。
デートもしなければならないし、一緒に楽しく過ごすために
何かを買ったり、映画に行ったり、とそれにはお金が必要です。
お金が全てではないかもしれませんが
実際はお金がないと話にもならない事実が
僕たちの住んでいる世界なのです。
お金がなくても心がきれいなら何不自由なく暮らしていける
というなら、金が全てではないと言い切ることができるかもしれませんが
今は少なくともそのような時代ではありません。
お金がないと、はじまらないのです。
愛とか恋とか、そんなことにもダイレクトにお金は
関係してきます。
お金だけではないことを皆が知っているのです。
でも良く考えたら人との繋がりも、交流もお金があるからこそ
できるのです。鶏が先が卵が先かというようなことになって
しまうような話ですが、お金という土台の上に人の心が
成り立っているような気のする今日この頃です。
What do you doing this place
It's to my business it.
I write document when I thought "What do you doing this place?"
Really, I hope it what?
Where am I going to place? My heart asked to me.
I don't know, I don't see the future.
But, there are a lot of hopeful.
I take a peace of Dream.
I walk in my life.
I can see In front of The Future.
All right of all.
どんな文章を綴っていこうか
しないと決めましたが、何を書いていいのかすっかり思い浮かばなく
なってしまっているこの頃です。
何を書きたいのか、何を伝えたいのか・・・
今はきっとそこまでの命題を自分自信が感じられない
時期になったのかもしれません。
でも、このようにタイピングしていることは
大変気持ちの良いことです。
ただ好きでこのように、どのような意味があるか分からない
文章であっても、自分が遺した文章であって、そしてこれを
タイピングしている今自分が気持ちよいということが何より
大切で尊いことなのだと感じています。
健康であり、何かを考えることが出来、そしてタイピングできる
この幸福に感謝をしながら、僕は文章を綴っていきたいと感じるのです。
自分のブログでも過去の記事を読み返してみると、まるで
自分が書いたとは思えないような書き方があったりして、そのような
過去の記事を見つけると、文章を綴らなかった空白の期間が大変
勿体無い気持ちになります。
こうして文章を綴って、自分の目にも見える形で
遺していくということは、自分にとっての無形財産であると
思うのです。だからこそ、些細なことでも、どのようなことでも
文章にしていきたいと最近は思います。
しかしながら、毎日更新するという時間が少なくなって
きたことも事実で、なかなか短編集を書いたりする時間が
取れませんが、思想的な事柄や日々の生活の中で心が揺れたことなどを
綴っていきたいと思います。
そしてブログのタイトルである「愛」についても考察を重ねて
いきたいと思うのです。例え、記事がその愛というテーマに直結して
いなくても深い部分でそこに繋がっていると感じるので、僕は文章を
綴っていこうと思うのです。
第920回「卒業」
卒業と一口にいっても学校の卒業ばかりではありませんよね。
FC2 トラックバックテーマ:「卒業」
卒業と言っても、人には色々な場面で大切な区切りがるとおもいます。
卒業というと学生の卒業ばかりを思い浮かべますが、人は自分が変わる時に
きっと何かから卒業しているのだと感じます。
一つのことから抜け出して、また一つ大きな視野を持つことも
狭い自分という世界から卒業することなのかもしれません。
卒業と同時に又、新しい生活がやってきます。
そのなかでしっかりと自分を見失わないようにして
やっていきたいと感じます。
僕は何から卒業したのかは解りませんが
きっと、今は変わるときなのだと思います。
自分自身年齢を考えても何かの転換期にあることは
間違いないのですから、自分自身に良い卒業にして
新しい変化の中で精一杯やっていきたいと思うのです。
皆さんはどうですか???
良い卒業ができそうでしょうか???
過去の自分と未来の自分
それは過ぎてしまったこと
過去の自分がいくら駄目な人間であろうと
それも過ぎてしまったこと
過去の自分を見返して
何か後悔するならば
今、この瞬間の自分の行動を
見つめ直してみよう
それが
明るい未来へと続いているのだから
第918回「マスターしたい語学は?」
こんにちは!トラックバックテーマ担当の加瀬です!今日のテーマは「マスターしたい語学は?」です。国際社会の今となっては、英語以外にも、何ヶ国語も自在に操る人は珍しくなくなりましたね。世界中の言葉を覚えて、いろんな人と話す事が出来たら…なんて夢をよく膨らませます皆さんは、もし習得出来るなら、どの国のどの言葉が良いですか私は、ドイツ語をマスターしてみたいです!浦沢直樹先生の「MONSTER」を読んでから...
FC2 トラックバックテーマ:「マスターしたい語学は?」
マスターしたい語学はやはり英語です。英語が出来なければ次の語学にすすむことは
出来ないと感じています。
どの国でもある程度、学を修めている人々ならば英語少なからずできます。
100%通じるわけではありませんが、簡単なことならば何とかそれで通じますから
やはり、英語をやってから次の言語を習得するべきだと感じています。
しかしながら、中国の企業と取引していかなければならないので
私には中国語も大切な言語です。しかしながら優先順位をつけるならば
英語がやはり先に来ます。グローバルに活動している企業であれば
そのカスタマーセンターには必ず英語の出来る人が配属されています
から英語が最優先であると心から思います。
日々英語も仕事をしながら勉強して、どんどん使えるようになって
いきたいと感じる今日この頃なのです。
経済発展と夢
その場所は中国四川省です。
そこは中国でも内陸のため、発展が沿岸部に比べて
少しばかり遅れていますが、着々と経済発展していました。
そこにいる人々の瞳は生きていました。
日本とは違う明るい未来を直向に信じるその瞳は
真剣そのものでした。
また、「まだ良くなる」という確信のような心を持って
皆が生きているようなそんな印象を受けました。
日本とは違うなと感じました。日本でも勿論そのような
生き生きとした人々はいますが、それとは種類の違う全体的な
活気がありました。
そして自分の視野の狭さを認識しました。
語学の大切さも再認識しました。
英語が多少は出来るので、心底困ることはそこまで
ありませんでしたが、興味本位で少しホテルから出て露店に
行くと全く言葉が通じませんでした。
経済発展とその波に乗り遅れている人々。
それが、混ざっていてなんとも言えない気分になりました。
しかし、それが悪いことだとも思いませんでした。
さて、経済発展とは一体何なのでしょうか。
これは、これで自分の大きな命題なのかもしれません。
皆変わっていく
私自身随分と変わりました。精神面から、対外的性格まで
随分と変化して20代も後半を迎えました。
良い方向に変わっていると思います。
しかしながら、逆に悪くなっている面もあると思います。
しかしながら、何かが変わるとき、それに反して悪くなる部分は
必ずあると私は思っています。
それ自体が何か悪いことというわけではなくて
私が変わっていく過程で、今までいたその場所に馴染めなく
なっていくのは必然でそれは仕方のないことなのだと感じます。
自分の中で何かが変化していく時、環境が自分の心に
合わなくなっていくのは当然のことだと思っています。
もう、今の場所は僕のいるべき場所ではなくなりました。
前を向いて、私は新しい事へと進んでいきたいと思うのです。
最後はなんとか気持ちよく、今までいた場所とサヨナラをしたいと
思いますが、もしかしたら何かしこりのようなものが残るかも
しれません。
しかしながら、その時はその時で仕方ないことです。
とにかく私は既に変わってしまったのです。
もう、今いる場所は、既に私のいるべき場所ではなくなりました。
早くその場所からサヨナラをして
新しいことへ、変わっていく自分に、そしてその環境に
順応していきたいと思うのです。
ということで三日程、新しい仕事の為に日本を離れます。
そこで新しい環境を人生の大切なスタートが待っているのです。
この第一歩目を実りある歩みにしたいと強く願います。