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事業の資金調達

 資金の調達というのは本当に大変なことだなと感じる
今日このごろです。
 私事でしかも愛についてではない内容なのですが
今、私は事業資金の調達に奔走しています。

 だいたい1億くらい集まればなんとか
やっていけると思います。

 取引先は海外なのですが、そちらとの契約は殆ど確定し
こちらの準備次第ということになります。
 資金が調達できれば殆ど成功したも同然なのですが
資金調達は大変に困難な状況になっています。

 取引ゼロ、実績ゼロ、新規創業なのでこれまた一苦労です。
いくら事業計画が立っても、それがいかに優れた内容であっても
それが回収可能という保証はないのですから、なかなか融資はおりません。

 さて、この困難な状況が一番楽しい時でもあります。
刺激のない人生はとてもつまらないと感じます。
私はこんな刺激の中で生きています。

 時々、本当に疲れてしまいますが、
やはり刺激がないと人生は味気がないと感じるのです。
この資金調達は自分の良い経験になると感じています。
どこまで出来きるかは未知数ですが、今の私の仕事は
少しでも多く資金を調達することにあります。
 それが、今の私の仕事なのです。

 こんなんな状況ほど楽しくしなければなりません。
困難でも未来が明るいと想像すると、なんともワクワク
するではありませんか。

 構成員たった3人の若い若い新規創業がどこまで出来るのか
大変楽しみであります。ファイナンス、企画営業、企画責任は
私にあります。
 今はファイナンスの問題でつまっていますが、きっとクリアーで
きると感じます。

 とにかく、やれるところまでやっていきたいと思います。
きっと、うまくいくはずです。
 大丈夫、大丈夫と自分に言い聞かせる朝方でした。
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2010-01-29 : ただ書き綴る : コメント : 2 : トラックバック : 0 :

意味のある文章を綴りたい~ そしてまだまだ学習

 なるべく意味のある文章を綴りたいと考えています。
日々の日記を書くことも意味のあることだとは思うのですが
自分が感じたこと、体験したこと、又は自分が持っている知識を
使って文章を綴り、それを読んだ方が少しでも何かを得て頂ける様な
そんな文章を綴りたいといつも思っています。

 でも、そのような文章を書くことは随分と大変なことだとも
思います。しかしながら、せっかく文章を綴るのですから
自分なりに意味のあると思える文章を綴っていきたいと感じます。

 それは日記でもショートストーリーでも詩でも
どのような文章であっても根本のそれは同じです。
何か意味のあることを綴りたいと思うのです。

 その為には、たくさん経験をして学習を続けていかなければ
ならないと感じるのです。
 きっと、もっと良い文章を綴ることが出来るようになると
信じて文章を綴っていこうと感じるのです。
2010-01-28 : ただ書き綴る : コメント : 3 : トラックバック : 0 :

仕事と文章

 僕の今の仕事は文章を書くことばかりです。
海外との取引の仲介を行っていますので企画書を書いたり
現在の日本市場の現状を説明し、市場の中でどのように
動いていくのかというストラテジーを提案したり。

 とにかもかくにも僕は文章を通じて仕事を行うことが
通常となっています。もともと文章を書くことが好きで
タイピングをしているその時間が好きなので苦にはなら
ないのですが、やはり考え、情報を集め、最適なものに
するということと、英語で書かなければならないという
のはいくら文章が書くことが好きでも、それを書き終わると
かなり疲れます。

 でも、懲りずにブログの更新をしたりしながら
僕は文章を書き続けています。
 今回は随分とのんびりしてしまいまして、先方に提出するための
文章をまだ書いていません。今日と明日で書き終えて提出しなければ
なりません。

 しかも、今日は眠るタイミングを逃してしまい、
いまこのブログを書いているのは午前三時です。
 これは参りました。眠いのに眠るタイミングを
逃すと大抵は5時くらいまで眠れません。

 あれこれと考えていると、目を閉じたままでも
眠れずに何時間も経過していることがあります。
困ったものです。

 夜11時には眠る生活習慣を取り戻して
健康的に仕事もプライベート充実させていきたい
ものです。

 やはり規則的な生活をして、たくさんの事を
感じる体力をつけなければ良い作品は書けないかも
しれないと感じる今日この頃なのです。
 もちろん仕事は健康ではないと良い仕事が出来ない
のは言うまでもありませんので体調管理には気を使って
いかなければならないなと切に感じています。

 今日の眠るタイミングを逃したのは大失態です。
明日といいますか、今日は夜11時には就寝しようと思います。
2010-01-28 : 作品作成日記 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :

個人が個人として注目される時代

 最近は文章、音楽、芸術、その他の表現活動が
個人レベルでどんどん発信される時代になりました。
youtubeなどでは日々、名前も知られていないギタリストや
バイオリニスト、パフォーマーの人々が動画をアップし
そして実際にたくさんの人から注目されるようになっていたりします。

 インターネットのおかげでプロとアマの境目が
随分と曖昧になってきたと思います。
 良いことか悪いことかは分かりませんが本当の
実力社会が到来したのだと感じるのです。

 テレビでは殆ど知られていなくとも、ネットの世界では
有名な人もたくさんいます。
 そして、その表現活動が人を感動させています。

 今までプロと言われてきた人々の人気を遥かに
越えることも、そう珍しいことではなくなってきました。

 個人が個人として注目される時代の到来に
胸を躍らせないわけにはいきません。
 どんなに小さな反響であっても、自分を支持してくれる
人々が実際にいて、そして表現できるというこの素晴らしい時代に
感謝しつつ。またより良い作品を作っていけたらと感じるのです。

 もうしばらく、何かを文章にして作品にするには時間が
かかるかもしれませんが日々感じたことなどを文章にしていくことは
続けていきたいと思います。

 その中で自然に作品が生まれてくると感じるのです。
個人が個人として評価される時代に、僕は何を伝えていけるのか
又、どのような文章を遺していけるのか、楽しみです。

 皆様これからも、どうぞよろしくお付き合い下さい。
2010-01-27 : 作品作成日記 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :

神の遊び

God og GAME

 私の趣味の一つに囲碁があります。
この囲碁は歴史を遡ってもいつからこのようにゲームとして
遊ばれるようになったのかははっきりと分からないそうです。

 碁盤と碁石は占術の道具であったと言われています。
碁盤には星と言われる場所が9箇所、その中心にある星を天元といいます。
碁盤を占いたい場所や地理に当てはめ、その不安要素と利点を白石と黒石で
区別をして、どれだけその場所に建築物を建てることにメリットがあり
そして不安要素があるのかを考えたそうです。

 また、碁盤に星があることから、天文学の道具であったのではないかと
言われることもあります。
 万物は宇宙から生まれ、そしてその動きに支配されていると考えると
この碁盤は宇宙と考えるべきなのかもしれません。

 囲碁はとても奥深い遊びです。
私は父の影響で5歳の頃から囲碁を見ていましたが
本格的に打ち出したのはごく最近のことでまだまだ腕は
立たないのですが、一人で白、黒の二つを持ち一人で碁を
打ちます。

 二つの石を持ちますから、面白いことに二つの自分が
碁盤の上に存在します。私はそれをもっと明確に区別する
為に、白石は右手、黒石は左手で打ちます。

 すると不思議なことに白石を持った時はあれこれ考える時間が長く
黒石の時は感でさらりと打つ割合が非常に高くなります。

 こうやって一人で打っているとき私自身は一人しかいないのですが
黒石の私、白石の私、傍観者としての私の三人が存在し普段では感じられない
感覚を味わうことができます。

 人と打つのも楽しいのですが一人で落ち着いて打つ碁も
また私には大変楽しいのです。
 大切な趣味の一つです。
2010-01-26 : 作品作成日記 : コメント : 2 : トラックバック : 0 :

最近の作品作成模様

 ここ最近文章を綴っていて、途中まで書いて
アップをやめるという事を繰り返しています。
 書きかけの文章がたくさんできてしまいました。

 最後まで上手くたどり着けないのです。
文章を綴りたいけれど、何を綴ろうか、それが本当に
綴りたいことなのかと考え、そしてその文章を途中で
保存し、アップしないままになっています。

 こんな時もあって良いと思っている自分がいて
こんな時こそ、のんびりと自分の内面を見つめて
そしてまた文章を綴っていこうと思うのです。

 書きたい瞬間は突然やってくるものです。
何かを考えている時に突然それはやってくるものです。
なので、こんな時は無理な書き方はせずにのんびりと
時間を取りつつ、色々なことを見つめてみようと
思います。

 また仕事の関係で事業計画書を書かなければならないので
その最中にきっと書きたい瞬間は生まれてくると思います。
いつも何か文章が生まれるのは、疲れが頂点に達する
少し前の段階なのです。

 書きたい瞬間が、すぐにやってきますので
それまではちょっとのんびりやろうと思います。
2010-01-26 : 作品作成日記 : コメント : 4 : トラックバック : 0 :

天命 使命 運命 

 前回の記事「せめて人間として」でアジアの子ども達のことを
綴りました。

 天命 使命 運命 ということを考えていて
私は、例えば人身売買の対象になる子どもたちや若者は
どうして、そのようなことに巻き込まれなければならなかったの
だろうかと悩みこんでしまいました。

 宗教的概念から言えば、この世界は学びの世界であって
前世で得られなかった学びをするためにこの世界に戻ってくると
考えれています。また、生まれながら過酷な状況を選ぶのも
自分自身で選ぶのだと言います。

 悪いことをしたから、現世でそのような状況になるのではなく
自分から輪廻転生の過程で、自分の学びの為に状況を選ぶのだそうです。

 そのように宗教的輪廻転生の概念を用いれば
説明することは一応できるのですが、どうも納得が
いかないのです。

 少しばかり、何をどのように考えるのかを整理しなければ
ならない気がします。この手の問題に関しては殆ど答えを見つける
ことが出来ませんが、考えることでそれに近付けると信じて
考えるのを止めないようにしていこうと感じます。

 これに関しては、また機会をみて文章に綴っていきたいと
考えています。
2010-01-25 : 作品作成日記 : コメント : 2 : トラックバック : 0 :

It needs nothing

I need to expect nothing anymore
A star shines if I look up at the night sky
It is the one of the dear, holy phenomena

I will stare at the existing dear event
before eyes now in front of expecting something

I intend to find it before expecting it
I intend to stare at the personal event
Before expecting something
2010-01-25 : 英語学習中 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :

せめて人間として

 臓器移植は日本で行おうとしても、現在では順番がなかなか
回ってこないというのが現状のようです。
 しかしながら、海外に行くとそれが容易に出来るという現状も
確かに存在するそうです。

 例えば有名な話でタイで臓器手術を受ける患者の8割が
日本人という現実です。さて、臓器はどこから提供されるのでしょうか。
それはタイの貧しい家の売りに出された健康な子どもの体から
無理やりむしりとるのです。日本円にして約3000万程の金を積めば
人の命を買い取ることが出来てしまう現実があるのです。

 また、臓器をとられるそれまでの過程も酷く
売春宿で働かせられ、そこで病気になればゴミのように
捨てられたりするのです。 

 アジアの国々の現状は、日本で生活してきた僕にとって
それは悲惨で、想像を絶するものが確かに存在しています。
 僕だけではなく、誰がみてもそれは悲惨で、それは
この世の地獄としか表現できません。

 場面は変わって日本の話をしましょう。
難病の子ども、例えば臓器移植を受けなければ助からない
子ども達が日本にもたくさんいます。その両親の感情を
考えればもちろん臓器移植を受けて生きれるのならば
受けさせたいというのが両親の想いであるかと思います。
その両親達にとって移植手術が受けられるというのは
大変に嬉しいことであるのだと思います。

 でも、タイで手術を受けるために、
そのように人道的に、又、倫理的に間違ったことが裏で
起こっているということを知っても、上記の両親たちは
きっと自分の子どもに手術を受けさせるでしょう。

 どちらが間違っているとは私には到底言えません。
でも、ただ言えるのはいづれ来るであろう悲しみを
先延ばしにしたということです。
 そして、もしそのような事実を大人になったとき
その手術を受けたこはどのように感じるでしょうか。
どのような痛みを背負っていかなければならないのでしょうか。
 それを考えると僕はなんとも言えぬ気分になるのです。

 その事実を、自分が望まずに背負った子どもは
大人になったときに何を想い、どんな想いを抱くのかと
思うと、私はもし自分の子どもが生まれそのような境遇に
陥ったとしても、タイなどで安易に受けられる手術の
誘惑にかられないようにしなければならないと感じます。

 どんなに悲しくても、そのような状況になったとしたら
迷うかもしれませんが僕は自分の子どもに与えられた天命に
全てを任せようと思います。

 悲しい現実の先延ばしのしわ寄せは必ずどこかの
世界をひずめてしまう気がします。
 あくまでも、僕は自然の流れに任せようと思うのです。

 吐き気がする現実を作っているのも、愛であって
その生贄も存在してしまうのがこの世界です。
 だからこそ愛は難しいと感じるのです。

 しかしながら、せめて人間としての判断は誤らず
あくまでも自然の流れに任せたいと思うのです。
2010-01-21 : 作品作成日記 : コメント : 5 : トラックバック : 1 :

愛結さんへ コメントへの返信

【愛結さんへ】
随分と時間が経過し、ブログの記事が随分下になって
しまいましたので、トップまでもう一度もってきました。
下記は愛結さんからコメント頂いてその後そのお返事として
記事に書いたものです。加筆、訂正はしていません。
以前の記事のままです。

 

 はじめまして、愛結さん。
深く考えさせられるコメントを頂ましたので、私は誠心誠意愛結さんから頂いた
コメントの問いは記事にしなければならないと思いましたので、誠に勝手ながら
愛結さんへの返信は記事にさせて頂きました。

 またご訪問して下さっているのかは分かりませんが誠心誠意
真剣に考えて文章を書きます。

 まず、はじめに私の書いた文章によって愛結さんを大変
傷つけてしまったことに対して私は深く陳謝しなければならないと
思います。
 本当に申し訳ございませんでした。私の文章力が至らないばかりに
又、配慮が行き届いていなかったことをお詫び申し上げます。
私は決して愛結さんや、コメントで仰られていた境遇の子ども達に対して
愛される資格がない、愛する資格がないと言いたかったわけではありません。
でも、結果として私の文章の不完全さから愛結さんを深く傷つけたことを
誠に深く陳謝致します。
 
 私は全ての人が愛されるべきだと想いますし、また愛すべきだと思っています。
これだけは、ご理解下さい。決して、愛を求めることが傲慢でそれが罪だという意味の
文章を書いたつもりではないのです。

 私がこの文章を書いた経緯と想いについて愛結さんに
説明したいと思います。
 私はこの文章を、愛結さんが仰る愛を知らない子ども達を
背景にいれて書いていません。
 ただ、愛されることばかりを望み自分からは愛さない、愛せない
方々を想定して少しでもそのような人々が「怖がらずに一度でも愛してると言ってみよう」と
思って頂けたらと思い、なかなか恋人同士で上手くいかない人々に多少でもヒントになれば
と思いこの文章を綴ったのです。
 もう一つご理解頂きたいのは、愛を求めることが罪、傲慢だと言いたいのではなく
私が言いたいのは、愛を求めるばかり、つまりは受身だけのままで関係を深めていくことが
出来ないと伝えたかったのです。

 愛結さんがコメントで仰っていた通り愛は誰かに愛されて
知ることが出来るということは私も同意致します。
 なので、私は愛結さんが仰る現実を抱える子ども達に対して愛しなさいと
言うつもりはありません。でも、いづれにせよその子達も年齢を重ね大人に
なっていきます。その中で、その子達の孤独感や、怖さ、臆病になってしまう気持ちが
あることを私は理解したいと思います。
 しかしながら、そこを乗り越えて人から愛されることを望み、そして愛され、自分からも
愛することを出来るようになって欲しいと心か想います。
 確かに苦しいこと、葛藤があってなかなか前に進めないということも
あるかと思いますが、でも何とか克服して本当に幸福な笑顔になってほしいのです。

 私は愛結さんのコメントから本当に苦しんでいる人がいて
愛されることに罪を感じたり恐怖を感じたり臆病になっている人が
たくさんいると学ばせて頂きました。私は私なりに、そのような問題を
抱える人の事を真剣に理解したいと想っています。本当の気持ちです。

 
 愛という概念は古くから人間の感情として存在し学問としても
研究されてきましたが、やはりその定型化、定義を未だに出来ずにいるのが
私達人間です。
 
 私も愛とはなんだろうか、と問うている身です。
また未熟な文章になってしまったかもしれません。
 しかしながら、私は精一杯文章にしました。

 もし、愛結さんが嫌でなければまたブログにご訪問下さい。
私の視野の狭さと文章の書き方がまだ幼いと教えてくれた
愛結さんのコメントに深く感謝致します。

 本当にありがとうございました。
そして、傷つけて本当にごめんなさい。
 また、気軽にご訪問して頂けたらと心から思います。

最後に、愛結さんが葛藤を乗り越えて愛し、愛され、本当に幸福になって
その笑顔が周りの人をまた幸福にして、又、同じような経験で苦しむ
方々を勇気付けてくれるようなそんな存在になってくれると思っています。
あなたは優しい人なのだと私はそう感じました。
2010-01-20 : 作品作成日記 : コメント : 16 : トラックバック : 0 :

現実と傍観者

 吐き気がするほどの現実の残酷さに
あたしは気づかないふりをしてきた。
この日本という安全な場所からただ哀れみを
かけるだけで、あたしはそれを変えようとした
ことなんて一度もなかった。

 I大学の国際社会科学部に入学してから
あたしは、ただその悲惨で残酷な現実に立ち向かうことも
出来ずに、それをまるで小説を読むように夢中で読みあさって
いただけなのだ。

 あたしに出来ることなんて殆どなかった。
何をどうしたら良いのか、あたしには少しもわからなかった。
NGOとかそのような機関に入って活動すればいいと薦められた
こともあったけれど、なぜかそれも何かが違っているような
気がしたのだ。

 あたしは臆病で、大学の資料室の中で最新の資料を
ただ読み漁る毎日が続いた。この吐き気がする現実を
変えるために何をしなければならないのかを考えるために。

 でも、あたしは愕然とした。
その現実を作り出しているのが自分達の生活それ自体なのだと。
金融資本主義の頂点に君臨し、高度な経済成長を遂げた先進国が
無知な国々を無理やり国際市場という場所に上げて、そこから
搾取しているシステムそれ自体が悲惨な現状を生んでいることに
あたしは愕然とした。

 あたしが、こうして読んでいる紙媒体、本、鉛筆、パソコン
全てがそのような国々からの搾取の結果として得られた豊かさ
だったのだ。
 
 世界的に人権擁護を叫んでいる団体を否定するつもりは
あたしには全くないけれども、やはり諸外国から見たらそれは
金持ちの国の戯言でしかないような気がした。
 また、訴えるべきは人権擁護ではなく、この社会的システム変革で
なければ同じことの繰り返しなのに、そのような団体は誰もそのような
ことを口にはしない。経済支援、募金、とそのようなことばかり言っている。

 それが何になる。
それが悪いことだとは思わないけれども、深い部分で
変革しない限り、問題は解決するわけがないのだ。

 あまりに問題は大きく、あたしはどうしたらよいのだろうか。
例えあたしが一人でパソコンを使うことを辞めたところで、鉛筆を使わずとも
又、消費を減らそうとも、この世界になんの影響も与えないのだ。
システムが変わるわけではないのだ。
 あたしはこの現実を作り出している、自分の生活、自分の所属する社会の
中で何をしていけばいいのか、全く糸口をつかめなかった。

 ただ、一つ言える事は、そのような現実を作っているのが自分の生活だと
しても勉強をやめることは出来ないということだ。知識がなければ何かを
変えていくことなんて出来ないのだから。
 だから、あたしは勉強をやめない。臆病者と言われてもあたしはまだ勉強を
辞めはしない。世界を変える糸口を見つけるために、あたしはまだ勉強を
放棄するわけにはいかないのだ。
 
2010-01-20 : 短編集 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :

It is sometimes English

I forgive a past mistake from today and will live.
I thought so. I can hate it to oneself when
I repeat failure over and over again.
But it is oneself, too and surely thinks because
the experience should not be useless to permit it oneself.

I cannot progress even if seized with past failure,
I turn to in front of and want to walk the way called the life.

I intend to turn to the front from now on to walk the life called oneself.
But I continue having a sincere feeling seriously and intend to walk.
2010-01-20 : 作品作成日記 : コメント : 2 : トラックバック : 0 :

カケラ

パズルを組み立てるように
あなたとの生活の堆積
細切れの記憶を組み立てていく

小さなことさえ
忘れないために
この記憶が世界に遺るように

眠気に襲われて
一人の夜に怯えても
何度も何度も思い出そうとする
あなたの記憶を

背中の傷が治っても
激しいキスの痣が首筋から消えても
心は震えたままで
あなたを想う

あなたの夢のカケラを集めて
今度は僕がそれを実現しよう
あなたを忘れぬために
2010-01-20 : 恋愛詩 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :

ありがとう、パニック障害そして「さよなら」

 パニック障害は大変だと思います。
といいますか、僕はパニック障害を患っていますので
その大変さは良く分かります。

 どうにか治らないものかと思っています。

 随分良くなってきてはいるのですが寝不足になったり
すると、それがトリガーとなって時々パニック発作
寸前のところまでいきます。

 でも、それを一つ一つ怖がらずに乗り越えていくんです。
大丈夫、大丈夫と。

 倒れても、気を失っても絶対に死ぬことはないのだから
いっそのこと「来い」と最近は開き直ることで、発作寸前のところで
それが止まります。

 もう少しで完治です。
たくさんの事を教えてくれたこの病気もそろそろ僕から
離れていく時期に来たと思います。

 たくさんの事を教えてくれた、もう一人の自分のような
このパニック障害に、僕はありがとうと囁き、そして
もう、そろそろ笑って「さよなら」と言おうと思います。

 パニック障害、ありがとう、そして今度こそ「本当にさよなら」
2010-01-18 : 作品作成日記 : コメント : 4 : トラックバック : 0 :

自分に与えられた時間 そして限られた時間

 自分に与えられた時間がどれくらいあるのか
それは僕には分かりません。どれだけの時間が僕に残されて
いるのでしょうか。

 一応僕の体は健康です。
でも時間は限られていることに違いはありません。
どれだけ僕が今若いと言われている年齢であっても
僕もいづれ年を重ねていき、若い世代ではなくなります。

 時間は過ぎていくのです。
否応なしに、望まなくとも、例えそれを望んでいたとしても
それは平等に時間が過ぎていくのです。

 だからこそ、僕は時間のことをよく考えなければ
ならないのです。その過ぎ去っていく切なさと、その時間の
愛しさを感じて文章にしていかなければならないのです。
それは色々な事を体験しながら、この過ぎ去っていく有限な
時間の中での出来事を僕はこの世界に遺していかなければ
ならないと思うのです。

 きっと、これが僕の最高の仕事であると感じます。
何をして、何を感じて、どこを通過していくのかは
僕には分かりませんが、きっとその通過点には様々なことが
待っていると思います。又、その時に感じたことを書く
その文章は何かを伝えられるはずだと感じます。

 そう、僕の人生は何かを感じて、それをこの世界に遺すことに
あるのだと、僕はそう感じるのです。
 だからこそ、脈絡がなくとも思うことをこうして書き綴って
いかなければならないと思うのです。

 別れも悲しみも、全ては愛しさを感じるための手段であって
それこそ、この宇宙が有限であって、又、愛すべき存在だと証明する
ことなのだと感じるのです。

 僕の心は震えだしました。
時々は疲れたり、嫌になったりするのでしょうが
きっと、もうこの振動が止まることはないでしょう。
そう感じるのです。

 もう、止まることはないのです。
きっと、僕の時間が全て使い尽くされるまで
僕の心の振動が止まることは、もう二度とないでしょう。

 そう感じるのです。
ただ、何となくそのように感じるのです。
そう、ここからが僕の人生なのだとも。
2010-01-16 : 作品作成日記 : コメント : 6 : トラックバック : 0 :

自分を信じるという信仰

 日本にはたくさんの神々がいます。
正しく言えばそう信じられています。
例えば身近な鉛筆にしても、ノートにしても
全ての物に神が宿ると言われています。
簡単にいうと、これが神道です。

 神道というと国家神道を思い浮かべる方が多いようで、
右翼だとか靖国神社のことなどを混同される方がいますが、
国家神道と純粋な古来からの神道は全く別のものです。

 もっと言えば、国家神道は神道ではないです。
なぜなら天皇は神ではありませんから天皇を神のようにあがめた
国家神道は純粋な神道観念から見れば神道ではないと言えます。

 神道にはその神々によって神格の違いがあり、どの神を信仰するかで
宗派が変わります。伊勢神宮、出雲大社、熱田神宮など色々ありますが
基本的にどれかを信仰したら、他の神を信仰してはいけないという決まりが
ないのが神道の特徴です。
 神道には唯一絶対の神は存在しません。どの神も人間のように不十分な部分を持っており互いに、
足りない部分を補い合い自分の神としての力を発揮しているのです。
 まるで人間のようではありませんか。

 又、基本的に他者を排除するという思想もその中には含まれていません。
すごく人間的な信仰が神道そのものであるのです。

 私はこの自分なりの理解から、神道の究極の信仰対象は
自分自身が自分という可能性を見出し、それを信じる
ということにあるのだと思っています。

 人間らしい温かい心を持ち他人を思いやり万物に感謝する。
その中で自分の能力を信じてそれを他者の役に立てる。
これこそが神道の根源であるような気がしています。
 
 私の理解では個人、各々が自分の中に自分という
神様を持っているのだと思っています。
それは無限の可能性を持っていますが、それを自分が信じられないばかりに
悲観的になったりするときもあります。だから、人間の中にある可能性を文章や
物語などで表したものが神道なのだと私は理解しています。

 もし自分を信じられなくなった時、休息がてらに観光もかねて有名な神社などに
行って神頼みするのも良いかもしれません。そうすることで、また自分の可能性を
信じられるようになるのなら、神頼みもしてみては如何でしょうか。

 でも、神様がいるのではなく、あなたの中に無限の可能性を秘めたあなたという
存在がいるのだということは忘れないで欲しいと思います。
 あなたの中の無限の可能性それ自体が神様のようなものなのですから。
2010-01-14 : 精神世界 : コメント : 4 : トラックバック : 0 :

虚しい戦争という行為

 最近戦争のこともよく考えます。
戦争は何の為に行われるのか。

 私は戦争が罪か善かという議論ではなく
それがどのように社会に影響してくるのかということに
大変興味があります。

 それは社会学で言うところのパワーエリート達が何を考えて
戦争を起こし、そしてどのような利権を手に入れているのかに
興味があるということでもあります。

 端的に考えて戦争を指揮し傍観する側は戦争それ自体で
危険にさらされることがない人々です。戦争によって彼らは
自分達の技術を誇示し、そしてお世辞を言い合っているのでしょう。
戦争はパワーエリート達にとっては遊びなのだと私は理解しています。

 どのような理屈をつけて見たところで大掛かりなチェス、将棋のような
ものくらいにしか考えることは出来ません。
 どのように言葉を飾ってみたところで私に戦争はパワーエリート達の遊びに
しか思えません。

 考えて、それについて学べば学ぶほどに
私にはそれ自体がとてもくだらないことに思えてなりません。
語るほどのこともないような気にさえなります。

 誰がどのように戦争を勇ましく語ったところで
私には虚しく響くだけす。
 たかが、そんな戦争を起こすべきではないですし
たくさんの人々がそれによって心を失うべきではないと感じます。

 正直、それなら戦争などせずチェスなどで争えばいいのです。
私は本気でそう感じます。何も武装して殺し合いをする必要など
ないと本気で思うのです。

2010-01-13 : 作品作成日記 : コメント : 4 : トラックバック : 0 :

HIV検査~ そこから感じたこと

 この一週間で色々とHIVと恋愛のことを考えました。
その事を忘れないように書き綴っていきたいと思います。
忘れてはならないと思うので、しばらくはこの事について
もう少し考えていきたいと思います。
 愛を語るとき、恋、恋愛、家族愛などが美談として語られる
事が大変に多くそれは素敵な物語が多いのですが、それを語る前に
HIVの危険性が誰にも同じように存在します。
 だからこそ今回の経験は忘れないようにしっかりと思い出し
それを文章として綴っていこうと思います。

【考えていたこと】
 
 好きな人と繋がりたいという気持ちは誰もが同じだと思います。
そして、家族を作って温かく幸福に暮らしたいという想いは誰もが
持っている感情だと思います。

 そんな想いを抱いて真っすぐに誰かを好きになって
そして子どもが欲しいと望む時に性行為をします。それ自体が
危険な行為であると言われたら、なんとも言えぬ悲しい気分に
なります。

 どうしてなのでしょう。
ただ人を好きになって愛しくて、その人とする性行為に
どうしてそんな危険があらねばならないのでしょうか。
 人間の中にある自然な行為自体が危険な行為になるという
のはなんとも悲しいと感じるのは私だけでしょうか。

 でも事実として、今はHIV感染が若者の間でどんどん増加している
そうです。先進国と言われる国の中で、若者の間で増加し続けている
割合が一番高いのが日本だそうです。
 その背景にはHIVに関するしっかりとした認識の
欠如があげられると言われています。

 思い出してみれば、義務教育の中でしっかりとした性教育が
なされていたという覚えはありません。
 まずはSEXをしないこと。SEXは悪いことのような教えられ方を
したような記憶があります。

 確かにSEXをしなければ殆ど100%の確率で感染することは
ありませんが、それではどのように恋愛をし家族を作っていけば
良いのでしょうか。それについての最善の策を教えられることは
まず無いのが今の現状ではないでしょうか。
 また各家庭で親が性教育を放棄し、それを国の教育だけに
頼るという甘さもあるのだと感じます。又、その両親たちも
そこまでの危機感がないということも問題なのだとも思います。

 まともに安心して恋愛を出来てこその愛である感じます。
その為には、HIVや性病に関する知識を思春期に身につける
必要性があると思います。
 そして、どのように安全に恋愛をするかという事を
教えていく体制も必要であると感じます。
  
 私もそうでしたが、女性とお付き合いする前に二人で
血液検査にいくということをしたことがありません。
 それは、安心だとたかをくくっていたからです。
しかしながら、今考えるとそれがどれだけ危険なことだったのかと
感じます。そして自分は間違っていたとも思います。

 しかし、そのような心配をして血液検査に行こうと言っても
「信用していないの」というような疑問を抱かれることもしばしばです。
そのような態度を示す人が大半であって、それが人間性の否定であるかの
ような受け止め方をしてしまうような知識しかない状態をどうにか
していかなければならないと思います。

 恋愛は燃え上がるように激しく、互いに求め合うという部分が
人にとってどれだけ素敵な体験かということは理解しますが、そのような
気持ちを持てる相手となら、まずは性行為の前に血液検査に行くという
ことが大変重要であると思います。

 もっと理解を深め、そしてこのような事を人に伝えていかなければ
ならないと思います。
 これを伝えることも愛を語る上で私には重要なことなのだと感じます。

 これを読んで頂いた方には一度血液検査デートをして
もらいたいと思います。
 そしてその後に互いに安心して愛を深めて下さい。
  
2010-01-12 : ただ書き綴る : コメント : 0 : トラックバック : 0 :

HIV血液検査~ 恋愛とHIVの関係

 先週HIVの血液検査をしました。
今日結果が出ました。
陰性ということで心配ないとのことで一安心したところです。

 私は恋愛や異性との関係の中で性愛は重要なファクターで
あるとも思っていますが、同時に危険因子を含む行為であるとも
認識しています。けれども、私はこともあろうか血液検査を
せずに恋愛を重ねました。そして、最近気になり初めてHIVの
血液検査を受けたのです。

 この検査結果が出る間の時間は濃密なもので、また実際にHIVで
あった場合にどうしようかと考えたりしていました。
 
 その中で想ったことが、本当に好きになった人と純粋に恋愛をし
性行為をしたにも関わらず、それでHIVに感染したり、若しくは感染
させてしまったりしたらどんなに悲しいことかと思ったのです。

 確かに恋愛の中で、血液検査に行ってから性行為をするというのは
ロマンのかけらもないかもしれませんが、愛する人にHIVを感染させる
危険性を考えたら、そのロマンの方が幻想ではないかとさえ思います。

 どのような恋愛のはじまりであっても血液検査をしてからの性行為が
重要であると感じます。
 少なくとも予防を考えることが重要であると思います。
つまりは、コンドームの着用です。

 不特定多数の人と性行為がないとしても、自分のパートナーからの
感染も実際にあることで、結婚して子どもがうまれて初めて自分がHIVで
あること知るというのも実際のところあります。

 正しい知識、予防、危機感と認識をしっかり持って
パートナーと愛していけたらよいと思います。

 ある程度の恋愛遍歴を重ねている方も多いと思います。
もし検査を一度もしたことがないとしたら、この記事を読んだ
機会に一度検査に行ってください。

 自分とパートナーを守る行為であることは間違いないことなのですから。
2010-01-12 : 作品作成日記 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :

永遠なんてないんだよ

 君は女性で、僕は男性で僕たちは恋をした。
はじけるような気持ちで、まるで高校生のように
二人はしゃいでいたんだ。

 でもね、僕は時々君が寂しそうな顔をして
煙草の煙を空に吐き出していること知っていたんだ。
君が何を抱えているのか僕にはわからないけれど
大きな問題を抱えていることだけはなんとなく分かっていたんだ。

1)
 「もしもね永遠なんて本当にあるとしたら・・・・」と彼女はうわごとを言った。
大抵彼女は僕より早く眠ってしまう。僕はもともと寝付きが悪く、彼女のすやすやと
眠る顔を微笑ましげに眺めてから、また再び目を閉じることが日常となっていた。
 けれど、今日のうわごとは何となく悲しい感じがしていつもと違う気がした。
彼女の頬には涙が伝い、その涙に月明かりが反射していた。
 彼女はそれ以上のうわごとは言わなかった。
 僕は再び目を閉じて彼女のうわごとを何度も何度も反復した。そしてそのうちに
僕にも深い眠りの波が訪れた。ふわふわとして、そして温かな眠りが訪れ。

2)
 彼女はあるひ突然僕の一人暮らしの部屋にやってきた。
簡単な荷物だけをもって、「一緒に暮らしたい」といってこの微笑ましい
共同生活がはじまったのだ。

 僕らはとっくに成人していて、すでにそれから6年という歳月が流れていた。
もう分別のある大人になっていた。けれども、彼女が来てからは僕はまるで
高校生の恋のような気分ではしゃいでいたのだ。大好きな彼女がそばにいる
ということ。仕事が終わって帰れば彼女がいるということ、そして同じベットで
二人で子供みたいにはしゃぎながらそして眠りにつくこと、全てがささやかな
ことだけれども、奇跡のようで、僕には特別な時間のように思えた。

3) 
 
 「永遠なんて本当はないんだよ」と彼女が苦笑しながら僕に言った。
それは突然のことで僕にはさっぱりなんのことか理解できなかった。
「突然どうしたの」僕は困惑して、彼女に言った。
「あたしね、もうこの世界からいなくなってしまうんだ」彼女は笑った。
海よりも深い悲しい表情で、彼女は笑っていた。
 彼女が僕に何を伝えたいのか理解できなかった。もうすぐこの世界からいなくなる
という意味が全く理解できなかった。
「何を言っているのか僕にはよく理解できないんだけど・・・」

 現実というのは冷たいものだった。
彼女は笑った。
「あたしは、あなたと時間制限付きでも少しでも永遠を感じられて
本当にうれしかった」

 僕にはまだ意味が理解できない。ただ、それがとても重要なことで
とにかく彼女とはもう二度と、この先会うことができない、一緒に眠ることも
笑うことも、全て出来なくなるということだけは理解できた。
 僕には彼女に返す言葉は何もなかった。ただ、彼女の言葉を聞くだけだった。

「あたしね、あなたと付き合う少し前に医者から余命宣告されてたんだ。
もともと、あたしは心臓に持病があって心臓移植しか助からないって言われて
いたんだけど、あたしは自分の胸に大きな傷を作ってまで移植はしたくなかった。
だから、なるように、定められた運命に全てを任せようと思ったんだ。でもね
あなたには言えなかった。ずっと、この三カ月。」

 さよならは言わなかった。
でも、彼女はそれを言い終わると荷物を持って僕の部屋を出ていった。
僕は追うことができなかった。最後まで一緒にいたいとか、そこまで
僕の気は回らなかったのだ。あまりにもショッキングな内容に僕の
心の時間は止まってしまったのだ。

 もう、それ以来彼女は僕の部屋に戻ってこなかった。
「永遠なんてないんだよ」という言葉が頭の中をぐるぐると
駆け回る。
 そして僕は一体、今どこで何をしているのかさえ自分でも
認識できなくなっていた。

 僕は一体どこにいるのだろうか。
ここは一体どこなのだろうか。何も分からない場所まで
来てしまっていた。

 ただ、僕が右手に強く握りしめていたのは彼女が
いつもつけていたネックレスだった。
 そのネックレスは永遠を象徴した形のものだった。
 
2010-01-10 : 短編集 : コメント : 4 : トラックバック : 0 :

星屑日記(孤独の向こう側)

 夜空の星屑の下ではウソなんて付けないな。
僕は煙草を口に加え火をつけた。そして、空を見上げのだ。
星屑は嘘はつかなかった。けれど、僕はいつまでたっても孤独で
星屑の下だけで本音を語っても幸せとは言えなかった。

 「人は何をしたら幸せになれるんだ。」僕はこの難問に今
ぶち合ったっているのだ。人生を懸けた命題と言ってもいい。
この問題はいつ解けるんだ。

 数学の塾講師になって、いくつもの数式を覚え、それをもとに
与えられた問題を解くことは出来ても、自分の考えを一貫させ
数式を作り出すことが僕にはできなかった。
 僕は暫くジャングルジムの頂上で夜空の星屑を眺めていた。

 「ねえ。ここはあたしの場所なんだけれど」とジャングルジムの
下から僕に声をかける少女がいた。彼女は高校の制服を着ていた。
今時の女子高生という感じだが、どことなく陰があるように見えた。
「君の場所なの。」僕は彼女に言った。
「そうだよ。いつもは人なんて来ないし」と言いながら彼女は
ジャングルジムを上り始めた。そして頂上まで来て、僕の横に座った。
「どうしてこんなところに一人でいるの。しかもジャングルジムの
頂上でぼんやりしているなんて変な人みたい」彼女は屈託なく
笑った。
「君こそね」僕も笑った。
「間違いない。」彼女はくすくすを笑った。
とても綺麗な女の子だと思った。
「それで、何してるの」彼女は言った。
「星見ているんだ」
「ナルシストなの」
「違うよ。昔からこうなんだ。何かに悩むと星ばかり見てた。
君こそ何しに。いつも来てるみたいだけど」
「別に・・・ただ悲しくて」
「それなら、友達と一緒に居れば良いじゃない。君くらいの年なら
学校の友達がたくさんいるだろ」
「確かに。でも、その中に居ても孤独なんだ。何かに押し潰されそう
な気分になるの。息苦しくて、自分がカラッポで」

 この女の子の言うことは何となく僕にも覚えがる感情だった。
確か高校生の頃、自分もそんな風に思ったことがあった。
あのとき友人だと思っていた人間は結局、今では連絡なんて取れない
薄い関係だった。一緒にいて心の何かが変わるような関係でも
なかった。本当に繋がっている人間なんて本当にはそこまでは
いないということに気づいたのが高校生の時だったんだ。
 今の自分はそのときの自分から対して変わっていないと思った。

「君はそんな風に思うの。」僕は言った。
「うん。誰と居てもそうなんだ。本当に繋がっている人なんて
本当に少なくて、今にも消えてしまいそうな関係が殆どだって
感じるの」
「それでここに来るの」
「まあ、そうだね。皆と一緒に居て孤独なら、一人の方がずっとマシ
だから。一人で孤独なのは理屈に合うけど、皆と一緒にいて孤独って
理屈に合わないし、あたしはそんな自分の感情がまだ上手く処理
出来るほど大人じゃないし。だから、あたしは星が友達なんだ。

 それから僕たちはジャングルジムの頂上で暫くの間無言のまま
星を眺めていた。

 埋められない感情を背負っているのは僕だけではない。
本当は皆分かっているのかもしれない。もしかしたら素直に
こんな感情になると知っている分だけ、僕も彼女も強い
のかもしれない。この感情に気付かないように群れている方が
実は楽だったりするのだけれど、群れずに考えている彼女と
僕は少しだけ強いのかもしれない。

 いつになったら、幸せになれるのだろう。
もしかしたら、今、すごいことに気付けたのかもしれない。
この瞬間に命題の答えが出てるのかも知れない。
だとしたら僕は今幸せになったんだ。

 
2010-01-08 : 短編集 : コメント : 8 : トラックバック : 0 :

学問と彼女とどちらが大事なんだ

 年末年始には実家に帰省していたのですが、夕食で両親と喋っている時
今の勉強の進み具合にについて話していると父が一言僕に言いました。
「彼女にあたしと学問とどちらを取るのと言われたら、お前は何て答えるんだ?」と。

 僕は一瞬の間もおかずに「もちろん学問を取る」と答えました。
父は少し残念そうに「そうか」と呟きました。

 父も私の彼女のことは知っています。
父も60歳になり、私はまだ学問を修めたいと言っている現状に
多分、父には危惧感があるのだと思います。父は孫が見たいのだと思います。
父も何となく自分の体が少しづつ老体になってきて、そしていつ自分の
命が絶えるのか分からないということも認識しているのだと思います。
だからこそ、父は最近私に結婚の事を良く口にするのだと感じます。

 もしかしたら、私は親不孝なのかもしれません。
でも、私はまだ勉強をやめるわけにはいきません。
それには彼女がどうということではなくて、私が通らなければ
ならない過程だからこそ勉強をやめたくないのです。

 私も既に結婚してもおかしくない年齢になっていますし
私の彼女は私より6つ上ということもあり、その事も父は心配しているようです。
つまりは、高齢出産の危険性を心配してくれているのです。

 確かに私はそのようなことを認識しつつも
まだ勉強を続けているわけですから、彼女に対しても酷な事を
続けているのかもしれません。

 しかし、私を信頼してくれて今までお付き合いしてくれた彼女です。
私はそのお付き合いに責任を持って生きていこうと思います。
だからこそ、過程を通過してそして結婚したいと思います。

 色々な人が支えてくれて、そして心配してくれて
又、心配をかけて私はここまでやってきました。
 その温かい環境に感謝を示せるように私はまだ学問を
続けていきたいと思います。

 しかしながら、自分の中でのタイムリミットも決めています。
私が28歳になるまでの間に学問の過程を通過することです。
毎日出来ること積み重ねていきたいと感じます。

 きっと、努力自体は無駄になることはないのだから。
2010-01-08 : 作品作成日記 : コメント : 8 : トラックバック : 0 :

考える力~ 戦争とその報道を例題として 


 戦争は酷いものだったかもしれません。
たくさんの人々が戦場で悲惨な死を遂げました。
今でも、まだ戦争が続いている国はたくさんあります。
内戦で民間人が毎日死んでいる国々もあります。

 その悲惨さを訴え、国の治安を守るために軍を派遣するのだと
言っている大統領、その他国の最高権力者達がたくさんいます。

 少し考えてみてください。
何かおかしくないでしょうか。
戦争に使うその兵器は誰が供給していますか。

 そこには経済が絡んでいます。つまりビジネスなのです。
つまり権力者達の金儲け、戦争はビジネスそのものなのです。
戦争は破壊し、また物を作り直し、生産を拡大します。
需要が圧倒的に伸び、生産は追いつかなくなります。
しかし、需要が圧倒的に伸びている中で権力者達は自分の
ビジネスで金と権力をさらに拡大していきます。
 生産が追いつかないということは、製品の価値は上がっていきます。
それは戦争をビジネスと見ている権力者達に都合の良いことなのだと
私は理解しています。

 知らない間に、戦争はいけないという言葉を逆手にとられ
それが戦争に突き進む力として利用されているのかもしれません。
「戦争はいけない。だから止めるんだ」と言って軍を派遣する。
それ自体が既に言葉のマジックに騙されているのだと私は感じます。

 ニュースは正しいことを放映しているかもしれません。
でも、その言葉が伝える表面的な意味だけをなぞっていても何も
分からないのです。

 よくよく仕組みを考えて見なければ覆い隠されて
見えない部分がたくさんあるのです。
 覆い隠された部分を自分なりに調べそれを人に伝えると
おかしなことを言っているというような批判をされることがあります。

 でも、それを恐れてはいけません。自分なりに答えを導き出そうと
しなければいけないのです。そうしなければいつまでたっても
本当の自分さえ見つけられないままになってしまいます。

 私達はこれだけ情報が自由になった時代に生きていますが
それでも、上手に考える力に転化できずにいます。
 知が特権階級だけのものではなくなった今だからこそ
考える力を持たなければならないのだと感じます。
2010-01-08 : ただ書き綴る : コメント : 2 : トラックバック : 0 :

自分の役割

 人にはそれぞれ役割というものが存在していると感じます。
なぜなら、人には能力の差というものが存在するからです。
 人生は自分が主体であって、その中で自分がどのように生きていくかを
自分で決めていく場所であると思いますが同時に自分の人生において、
人と関わる中での役割は又、それとは異なったものなのではないかと感じます。

 確かに自分の人生は自分が主体なのですが、少し見方を広げて
自分と数人が何かをしようとしているとき、その主体はその数人で
一つのことを達成することにあると思います。
 その時に於いては自分が主体ということは言えないような気がするのです。
しかしながら、その中で皆能力の差があり、それを埋めあいながら
一緒の目的、目標に向かっていきます。

 そうやって考えた時、つまりは自分が人との関わりの中で
「私の役割とはなんだろうか」と考えたとき私は決して主役になれる
タイプではないのだと思いました。

 悲観的にそう思ったのではなく、何かの物事に於いて私は主役に
なるという役割を持った人間ではないと確信したのです。
 自分が行ったことが正当に評価されるとか、何かを表彰されるとか
そういうことではなく、本質として私は主役になれるタイプの人間ではなく
又、それを願っているわけでもないということを自分の中で確認したのです。

 つまり、私の本質的な役割とはなんだろうかと、過去の人との関わり方を
見ていくと私は人と人を繋げることや、その人の能力を伸ばすこと、助言など
私はどこからどう見ても脇役にいることが多いのです。
 しかも私は自分がする脇役の行動によって、喜ばれることが大変嬉しく
感じるということが多かったのです。

 自分の持てる、知識、能力を使って人を繋げたり
他人のネガティブな考え方を楽に出来たり、それが私の役割なのだと
重ねて認識をしました。

 私の目指している弁護士という職業もやはり脇役です。
それが私の本質であって、私の生き方はそれで良いと
心の底から思いました。

 人々から賞賛を浴びるのも多分気持ちの良いことだと思います。
しかしながら、僕は賞賛を浴びる人たちの脇で上手に事が進んで
いくようにする、それが僕の役割なのだと、そう思いました。


仕事がひと段落した本日
ふと感じたこと
2010-01-07 : ただ書き綴る : コメント : 2 : トラックバック : 0 :

本年の抱負

 新しい年になり、何か変わったかと言えばいきなり
何かが変わるわけでもなく、依然として僕は僕のままなのですが
やはり少しでも自己成長を促進するために抱負を考えようと
思いました。

 一応、私はまだ学問を修めている最中で留学のために必死で
英語に励んでいるのですが、とにかく英語をしっかりとやり
目標の大学院に進学しようと思います。

 その中で文章を書き綴り、自己成長を促進していきたいと
思い思います。英語は本年の8月には試験を受け留学の必須要件で
あるスコアまで持っていかなければなりません。
 よって本年の始まりはまた英語からはじまっていきそうです。

 私事ばかりですが、個人でやっている仲介の仕事で中国企業と
やり取りしているのですが、こちらの商談も3月までには目途を
つけて4月からは実際にビジネスとして動かしいきたいと思います。

 なんとも盛りだくさんにな一年になりそうですが
文章を今までのように綴っていきたいと感じています。
文章を今まで通りに綴るということも本年の課題となりそうです。

 あいまいな抱負ですが、それらをやっていきたいと思います。
もちろん、文章力の向上も本年の課題です。

 皆様、本年もよろしくお付き合いください。
2010-01-03 : 作品作成日記 : コメント : 8 : トラックバック : 0 :

新年あけましておめでとうございます

 新年あけましておめでとうございます。
昨年はご訪問いただく皆様にご指導ご鞭撻賜り誠に
ありがとうございました。

 文章を綴っていく上で励ましのコメントなど
感想、拍手などをたくさん頂きまして自分の書く文章が
何かしら伝わっているのだと思うと嬉しくなりました。

 本年も文章を綴っていこうと思っています。
皆様、今年もよろしくお付き合い申し上げます。
 
2010-01-01 : 作品作成日記 : コメント : 4 : トラックバック : 0 :
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NORI SA

Author:NORI SA
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